中小企業診断士が「中小企業白書」をわかりやすく解説!
課題解決のヒントが見つかる中小企業白書の賢い活用法とは?
膨大な情報量の中小企業白書を効率的に読み解き、スキマ時間を使って中小企業の実情と課題が把握できる見方を中小企業診断士が伝授。中小企業の経営者はもちろん、一般のビジネスパーソンにとっても価値ある情報が収集できる中小企業白書の賢い活用法をお伝えします。
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小路雅也さん
株式会社Pro-D-use
経営コンサルタント/中小企業診断士
中小企業白書という言葉をニュースなどで見聞きしたことがある方は多いのではないでしょうか。しかし、実際に読んだことはありますか?
現在、国内の全企業数は300万社を超え、その99%以上が中小企業であるとされています(※)。中小企業白書には、まさに国が総力を上げて、これら中小企業の動向を調査・分析した結果が、数百ページにわたる報告書としてまとめられています。
しかし、毎年600ページを超える報告内容の全てに目を通すのは難しいでしょう。そこで今回は、白書を隅々まで見なくとも経営課題から身近な業務課題の解決まで、ビジネスに生かすヒントが見つけられる"賢い活用法”を経営コンサルタントで中小企業診断士の小路雅也さん(株式会社Pro-D-use)に解説していただきます。
※2016年の経済センサス活動調査より専門家の分析を無料で、中小企業の“今とこれから”がわかる
——中小企業白書とは具体的に何が書かれているものなのでしょうか。
中小企業白書には中小企業の動向や課題、中小企業に対する国の施策、今後の展望などが記載されています。実態調査の数字をまとめただけのものと思われがちですが、専門家による中小企業が、まさに今直面している問題の分析や今後の情勢予測など、時代を読み解くテーマやトピックが含まれているため、経営の意思決定や経営計画立案の大きな助けになる情報も多く掲載されているのです。
白書は2部構成で、第1部は中小企業の動向を示した、いわば総論。2023年版であれば前年1年間の日本の経済状況の解説にはじまり、中小企業全体の売り上げ状況、為替や気候など激変する外部環境に対する中小企業の取り組み、中小企業の生産性やイノベーションについての現状説明、さらには企業誘致に向けた地方自治体の取り組みなどを解説しています。
第2部は毎年特定のテーマを深掘りする特集で構成されています。例えば2022年版では「事業者の自己変革」をテーマに新型コロナウイルス感染症の流行前、流行中、アフターコロナのそれぞれの局面で事業者に求められる取り組みが記載され、2023年版では「成長に向けた価値創出の実現/新たな担い手の創出」と題して、成長戦略に向けた経営者に必要なマインドや取り組みについて解説されています。
——中小企業白書はどのような機関が作成しているのでしょうか。
経済産業省の下部組織である中小企業庁が作成し、毎年国会に提出しているものです。
正式名称は「中小企業の動向及び政府が中小企業に関して講じた施策に関する報告」で、1964年から毎年発行され、2023年版で60回を数えました。
毎年6月ごろに市販版が発行され、政府刊行物センターや白書を取り扱う書店で購入できますが、中小企業庁のホームページにも全文が掲載されるため無料で読むことができます。
——どのような職種の方が読むべきなのでしょうか。
主に会社経営者や、我々のようなコンサルタントが読んで活用していますが、一般のビジネスパーソンが読んでも参考になる情報も数多く掲載されています。でも、あまり知られていないですよね。
——そうですね。経営者向けのイメージがあります。具体的にどのような部分が、経営者以外のビジネスパーソンにも参考になるのでしょうか。
専門家による市場分析はためになりますが、特に有益なのは、さまざまな中小企業の成功事例や活動状況を解説したコラムです。
大企業におけるビジネスの成功事例は広く伝わりますが、中小企業の成功事例はそれほど知る機会がありません。白書には中小企業がどのように経営上のピンチを切り抜けて組織やビジネスを成功に導いたか、約40の事例も毎年掲載されています。これらは中小企業特有の状況を理解するうえで非常に役立ちます。
23年版のポイント①「コロナ・物価・人手不足」がキーワード
——それでは実際にどのような内容になっているのか、2023年版の白書を例に見ていきましょう。
23年版の白書作成に向けて調査が行われた2022年はコロナの影響が長期化し、物価の高騰と深刻な人手不足が日本の中小企業の経営環境に大きな影響を与えていたため、新型コロナウイルス感染症の流行、物価、人手不足。この3つがキーワードでした。
この3つのキーワードを軸に、企業の取り組みや政府の対策が分析されています。
——新型コロナの影響に関して、白書にはどのような記述がありますか。
まず、中小企業全体の売上高から新型コロナが流行する以前の水準に戻りつつあることがわかります。
宿泊業や交通、外食産業など、業種によっては依然として厳しい状況が続いているものの、社会経済活動の正常化が進んでいる背景が見て取れるでしょう。
その一方でコロナ関連融資の返済期限が迫り、収益力の改善や事業再生支援が重要であるとの指摘もされています。
企業規模別に見た、売上高の推移
——コロナの影響をどのように克服するべきかについての分析もあります。
白書が厳しい状況であると指摘した宿泊や外食産業の中でも、企業努力により売り上げを伸ばしているケースが見受けられます。
訪日外国人の客数が回復し、年間の延べ宿泊者数も増加に転じる中で、顧客ターゲットの変更や提供サービスの見直しなどの取り組みにより、コロナ流行前よりも大きく収益を増やした事例も取り上げています。
例えばある温泉旅館は、コロナ禍を経て変化した旅行需要に対応するため、従来の団体客をターゲットにした経営ではなく、個人特化旅館に刷新しました。スイートルーム宿泊客を対象とした特別なサービスを提供し、高級旅館としてのブランド価値を構築して売り上げを向上させたのです。企業がコロナの影響から脱するためには、ビジネスの切り口を変えることが求められていると指摘しており、いち早く「時代に合ったニーズ」へと舵を切る、この考え方は他の中小企業にも参考になるでしょう。
——物価に関する分析はどのような内容になっていますか。
物価高騰は中小企業にとって大きな課題であり、原材料費の上昇や輸入コストの増加が企業収益に直接的な影響を与えていることがわかります。掲載されている調査結果によると、物価高による業績への影響が「大いにマイナス」「マイナス」と答えた企業の割合は、2020年は39.6%でしたが、2022年には65.2%まで増えています。各社が物価高にどう対応しているかも触れており、「既存製品、サービスの値上げ」「人件費以外の経費削減」「業務効率改善による収益力向上」が上位を占めています。
一方、物価そのものは、鉱物性燃料の価格下落や為替変動により輸入物価が下がっており、今後は徐々に落ち着いてくると分析しています。
輸入物価指数の推移
[出典:2023年版 中小企業白書 第1-1-29図]
賃金引き上げのみでは限界が見えてきた「人手不足」への対応
——人手不足に対する認識と取り組みについてはいかがですか。
中小企業は業種を問わず人手不足が深刻な課題として指摘されていますが、特にIT系人材の不足、そして、一部の業種・業務では時間外労働の上限規制への適応という課題に直面していることがわかります。
人材不足や労働環境の改善に向けての対応策としては、これまで賃金の引き上げや、残業の削減といった方法が採られてきました。実際に効果が上がったことも多かったでしょうから、企業サイドとしては再び同じ課題に直面した時に、同じ施策を継続しがちです。
しかし昨今、この対応策には限界も感じられます。働き方が多様化しているので、より働き手や求職者の目線に立った新しい施策の立案が求められています。白書には、男性の育児休暇を義務づけることで離職率を劇的に改善した企業の事例が掲載されています。
——どのような事例ですか。
金属加工を手がける滋賀県の企業は、かつて離職率が40%と非常に高い水準でした。そこでジョブローテーションによる従業員の多能工化を導入し、互いに業務をカバーし合うことで7日間連続休暇が取得可能な体制を構築しました。また、男性従業員には7日間連続で育休の取得を義務づけ、子育て世代の従業員にとって働きやすい環境を整えています。
その結果、離職率は数%台にまで改善し、人材が定着するようになりました。この企業は地域でも「働きやすい企業」としての評価を得て、人材確保にも寄与しています。
他にも、佐賀県の食品容器製造・販売業がECサイト構築のために専門家を副業人材として採用し、販売高を大幅に伸ばしたケースや、半導体製造装置を運送する熊本県の企業がデジタル化で配車業務を効率化した事例も紹介されています。
23年版のポイント②「3つの好循環」も分析
国内投資の拡大、イノベーションの加速、賃上げ・所得の向上といった「3つの好循環」を実現することが重要と指摘されている点も注目したいポイントですね。
具体的には、賃上げを促進させるために生産性を向上させ、価格転嫁を取引慣行として定着させること、そして生産性向上はDXやGXに挑戦する機会となり、投資の拡大やイノベーションの実現が重要であるとの見方を示しています。
DXや設備投資、賃上げについては23年度版に限らず毎年同じような内容が記されますが、経営者にとってはそれぞれが新鮮な内容と言えるでしょう。外部環境の変化や関連する取り組み事例も把握することができるためです。
2023年版の特集「成長に向けた価値創出の実現/新たな担い手の創出」では、競合他社と異なる価値創出の方法を通じて差別化を図ることが、競合他社が少ない市場への参入や新市場の創出を生み、結果として企業の成長につながると指摘しています。こうした戦略の構想・実行を進めるためには価値創出を継続し、試行錯誤に取り組んでいくことが必要とも述べています。
白書には円筒・円錐状のピンの製造を手がける神奈川県の企業が、価格競争を避け「細い領域」でのピン製造に特化することで、独自の市場ポジションを確立。他社が行っていない特殊な形状や加工に対応できるようになり、半導体や自動車、医療の各分野へ進出を果たした事例が紹介されています。
今だけではなく、未来を予測した経営改善策の「根拠」となる
——中小企業診断士としてクライアントから経営相談を受けたり提案をしたりする際、白書をどのように活用しているのでしょうか。
原材料費が高騰し、私のクライアントである中小企業の多くも価格を見直す必要に迫られています。その際、他社はどのように対応しているのかを知り、どのような対策が求められるのかを考えてもらう「初手」として白書を活用しています。
また、白書には今後物価が落ち着く見通しも示されています。そういった点を、私の見解だけではなく、確固たる根拠を基にして伝えることができるので、単に物価高騰だけに意識を向けるのではなく、今後の予測を踏まえた対策を考えることの重要性が経営者の方に伝わりやすいですね。
例えば物価高騰の影響を受けて仕入れ先から価格交渉された場合、原材料の調達コストが上がるケースは多く見られます。
しかし、物価が落ち着くトレンドになった場合、価格を下げることが可能になるはずですが取引先から価格を下げる交渉が入ることはまずないでしょう。そのため、調達コストを下げるタイミングは意外と難しいものなのです。
もちろん取引先が多ければ相見積もりをとるだけで仕入れ価格を下げることができますが、一つの仕入れ先に依存している場合は、相手から示される価格が全てです。そこで白書で示された実態をもとに、「他の企業は原価が下がっています」と説明し、「物価は落ち着く傾向にあるため、今後は価格が下がる見込みです」と伝えます。白書が、本当に今の仕入れ値が適正かどうかを再考するための経営判断の根拠となるわけです。
——白書を使って現状の認識をすり合わせ、そこから本格的に解決策を模索するわけですね。
さすがに白書を読んだだけで自社の対策が明確になるわけではありませんが、現状の認識を共有するためのスタートラインとして非常に有効です。
そのうえで、私たちは仕入れ先の新規開拓や原材料の多角化を提案し、実際に支援する動きになるわけです。経営者に長年取引している信頼のある仕入れ先を変更する提案をしても受け入れにくいと言われることも多いのですが、白書を根拠として示しながら、一緒に進めていく形でサポートしています。
課題が深刻化する前の「必要な対策」が見つけやすくなる
——実際に白書を参考にして業務改善へのコンサルティングが成功したケースを教えてください。
人手不足を解消するために人件費を増やすのではなく、業務プロセスを見直した事例が白書に掲載されていますが、これをベースに提案した和菓子の製造販売を行っている企業の改善例があります。
具体的には、業務管理システムの導入により、仕入れから製造、販売まで一元管理できる仕組みを整えました。これにより、原材料の調達部門、製造部門、総務部門からそれぞれ1人分の業務を削減でき、これだけで人手不足への対応が可能となりました。
中小企業にとって、3人分の人件費削減は年間で見ると大きな効果があります。コンサルタントとして多くの相談に対応してきた経験から、このような提案がうまくいく見込みがあるとは感じていました。しかし、相手からすると、この提案が信頼できるかどうか、他の企業ではどのようにしているのかといった疑問が必ず生じます。そうしたときに白書を示して、同じようなやり方で成功していることを知ってもらうと、施策への不安がより払拭されるため、受け入れられやすくなります。
——成功事例を見せると、相手の反応や意識は変わりますか。
提案した施策が相手に響かなかったり、取り組みが進まなかったりすることもありますが、実際に成功している事例を見せることで相手の考え方や雰囲気が変わることがあります。
特に、経営者にとって多くの企業が同じような問題に直面していることや、深刻化する前に対策を講じることの重要性を理解してもらうのは、未来に向けた経営判断をする重要な材料となるはずです。
DX一つとっても、東京や大都市圏では多くの企業がDXに前向きで、その影響を受け周辺の企業も取り組みを進めていく流れができています。しかし地方の企業ではDXに対する意識が低い傾向にあるため、「東京はITの活用が進んでいるから御社もDX頑張りましょう」と口頭で提案するだけでは話が進みません。白書を活用してDXに取り組む会社が増えている実態とその成果を示すことで、経営者の意識を変えることができます。特に地方の企業経営者にとって有用です。
国が全業種を網羅し調査、群を抜く信頼度
——どのケースでも改善策の提案時に白書の影響力の大きさが感じられます。
世の中に出回っているデータの中には信憑性に欠けるものもありますから、国が実際に中小企業を調査してまとめた白書の信頼度は非常に高く、説得力も大きいのです。
だからこそ、情報は軽視できませんし、経営者や多くのビジネスパーソンにも、もっと注目していただきたいですね。
——白書以外のデータには、データの信憑性を疑うべき、いい加減なものも多いのですか。
一概には言えませんが、たとえマーケティング会社がしっかりとした調査を行っても、公開されるのはその概要だけです。相手も商売ですから、詳細な内容を把握するには高額な料金が必要とされることがあります。無料で得られる情報は素人レベルの人がまとめた、内容の薄いものが多い印象です。もちろん中には正確に書かれているものもありますが、その場合でも特定の業種に関して内容が充実している反面、それ以外の業種に関しては情報が少ないのが現状です。白書は中小企業のほぼすべての業界を網羅しており、その強みは群を抜いています。
ただ、白書も万能とは言い切れません。事例は多数掲載されていますが、成功に至るプロセスについて必ずしも十分に記述されているわけではありません。
組織体制の変更や新部署の設立が行われたとしても、どのような人が関与し、どのように組織化したのかといったプロセスの詳細がもっと記載されれば、より参考になるのではと期待しています。
スキマ時間だけで「白書の重要点」を把握する4つのポイント
——中小企業診断士の目線から、毎年の白書の内容を効率よく理解するポイントはありますか。
最初に第1部の総論を読むのがおすすめです。そのうえで、関心のあるキーワードについては該当するセクションを深く読み込むと効率よく、必要な情報がキャッチアップできるのではないでしょうか。
例えば、私は新規事業やデジタル化のコンサルティングを多く手がけているため、これらのテーマに関する内容に特に注目しています。
白書を読み解く際に意識するポイントは4つです。1つ目は中小企業を取り巻く市場動向を把握すること。2つ目は政策環境を理解すること。3つ目は中小企業が直面している課題や対策、成功事例を確認すること。そして4つ目は投資判断のための情報を得ることです。
例えば、製造業の企業が大規模な設備投資を計画している場合、中小企業庁や国の施策として新たな設備投資に対する支援金や補助金が検討されている場合があります。その開始時期が明らかになっていれば、補助が受けられる時期を待ってから投資する方がよいでしょう。白書はその意思決定を行う際の重要な参考資料となります。
——白書をすべて読み解くのは難しいですが、読み方のコツはありますか。
総論を読んだ後、自社や関連する業界に焦点を当てて情報を収集するのが効率的です。といっても最初は難しいでしょうから、おすすめしたいのは概要版です。白書とともに中小企業庁のホームページに掲載されていますが、概要版は、全体の内容を30〜40ページのPDFファイルにまとめたものです。グラフやデータを利用しているため視覚的にも理解しやすく、代表的な事例も網羅されています。これにより白書の全体像が把握しやすくなります。
——白書本体も冒頭に「概要」(エグゼクティブ・サマリー)がありますね。これが最も読みやすくて理解しやすいのではないでしょうか。
エグゼクティブ・サマリーは内容が箇条書きで簡潔に記されており、一見すると非常に理解しやすいのですが、詳細が不足しているため、内容の理解が浅くなることがあります。サマリーよりも先ほど紹介した概要版に目を通した方が理解は深められると思います。
それでも難しいと感じる場合は、インターネットで「中小企業白書 ポイント」や「中小企業白書 まとめ」といったキーワードで検索すると、関連する記事を見つけることができます。
また、「中小企業白書 飲食店」など、自分の業界と合わせて検索することで、より効率的に情報を得ることが可能です。最近では中小企業診断士が白書を解説する動画もありますし、中小企業庁のホームページにも解説動画が掲載されています。国が発行している資料は一般に読みにくいと言われますが、内容をまとめた資料や動画を活用することで効率よく理解を深めることができます。
経営者は成長分野の見極めや投資判断に活用を
——これまでの話を総括すると、経営者は中小企業白書をどのように活用すればよいと言えますか。
私からは、活用方法を5点提案したいと思います。
1点目は市場動向の把握です。白書には市場の動向やトレンド、競合他社に関する情報が豊富に記載されています。これらの情報を活用して、自社のポジショニングや競争戦略を構築することができます。
2点目は中小企業に対する支援策の把握です。これによって自社の経営戦略を立案する際の参考にすることができます。また、税制改正に関する情報も含まれています。当然ながら商品やサービスの価格設定に影響を与える可能性があるため、理解しておくことは大切です。
3点目は中小企業が直面する課題や対策についてです。実際に自社が抱えている課題に対して、どのような対策が効果的であるかを学ぶことができます。
4点目は、成長業界や新たなビジネス機会に関する情報の収集です。コロナの影響で現状の事業内容では業績が低迷している場合や、新規事業を検討している場合に、どの業界が伸びているのか、どのようなニーズが存在するのかを知ることができます。
そして5点目は投資判断です。今の市場動向や政府の方針を踏まえて投資するべきか否か、投資する場合は投資先は設備か人か、それとも事業かなどを決定する参考にできます。
これらは企業の規模を問わず、すべての経営者が抱えている問題ですので、白書を読んでヒントを得てほしいと考えています。
——4点目の成長業界を見極めるのは、混沌とした時代だからこそ必要な情報です。
総論には倒産や廃業についての分析がありますが、倒産・廃業が多い業界はマーケットが縮小していると言えます。そのような状況で新規事業を行うことは大きなリスクを伴います。逆に新規参入が増えている業界は明らかに成長している市場です。すぐに事業化しても収益が上がるとは限りませんが、長期的に見れば「金のなる木」になる可能性が十分あります。新規事業の取り組みについても白書は有効に活用できます。
——外部環境を正確に把握する資料にもなるわけですね。
普段から異業種の経営者との交流を持っている企業では、外部環境の変化についても常に新しい情報が入ってくるため、現実の状況をリアルタイムで把握することができます。しかし、一つの業種に特化して経営している企業では、市場や業界の変化を実感しにくいことが多いのです。白書を読むことで中小企業全体の状況を理解し、自社が属する業界の状況も正確に把握することが非常に重要です。
ビジネスパーソンは「自分事」として読もう
——では経営者以外の一般のビジネスパーソンはどのように活用すれば良いでしょうか。
豊富な事例の中から自部署に関わる内容を読むのがおすすめです。白書の索引には「本書で取り上げた事例一覧」があり、企業名や所在地、事例の要点が書かれているので、これを見ながら関わりの深い事例を簡単に探し出せます。
例えば人事部に所属している場合、人手不足問題は避けては通れません。育児休暇や業務プロセスの改善事例を学ぶことで、施策を立案する際の参考にすることができます。また、成長業界や新規事業に関する情報は社会のニーズを反映しているデータと言えますので、事業企画や営業職の人にとっても有益です。
一方で、普段経営や業務の意思決定に直接関わっていない人にとっては、直接的に役立つ情報は少ないかもしれませんが、例えば第1部第3章「中小企業の実態に関する構造分析」には、業種別賃金の推移や賃上げの状況、生産性の向上と賃上げの関係性について示しています。将来自分の給与に影響を及ぼしかねない外部要因の把握や、どのような働き方が賃上げにつながるのかを知っておくことは意味があると思います。
中小企業白書は、決して堅苦しい文書ではなく、経営者にも一般のビジネスパーソンにとっても役立つ情報が詰め込まれた、「ビジネス書」として読むことのできる文書です。
中小企業を取り巻く現状を実データから理解できるのはもちろん、豊富な掲載事例を参考に自社の経営改革・業務改善を大きく促進できるかもしれません。
すでに2024年版も概要版が公開されています(2024.5.7時点)。今回の賢い活用法解説を参考に、ぜひ最新の中小企業白書からビジネスのヒントを探ってみてはいかがでしょうか。
取材・執筆/大崎哲也
※2024年5月に公開された最新「2024年版 中小企業白書」についての対談記事「会社を潰さないための経営者の選択〜「2024年版 中小企業白書」が示す中小企業の勝ち筋とは?〜」も公開しています!ぜひこちらもご覧ください。