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「学ばない日本人」が学ぶ習慣を身につけるコツ

〜学び・高め合う組織にするために企業がすべきこと〜

公開日:2025/02/19
「学ばない日本人」が学ぶ習慣を身につけるコツ

人的資本経営やリスキリングの人気が高まり、人材開発や育成への関心は高まる一方です。しかし、実は日本のビジネスパーソンは諸外国に比べ、圧倒的に「学ばない」のが現実です。学びに関する調査を行い、『リスキリングは経営課題 日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)の著者でもあるパーソル総合研究所上席主任研究員の小林祐児さんは、「学ぶ動機を個人に求めるのは無理。組織の仕組みで学び合いを促す必要がある」と力説します。日本のキャリア構造に由来するという学ばない背景や、企業が学び合いの組織になるためには何が必要か、小林さんに伺いました。

お話を伺った人
  • 小林祐児さん

    小林祐児さん

    パーソル総合研究所

    上席主任研究員

学ばないことが「習慣化」している

——「日本人=勤勉」のイメージがあると思うのですが、日本のビジネスパーソンや企業は本当に学んでいないのでしょうか。具体的なデータをもとに説明していただけますか。

実際に15歳までは学力が非常に高いです。OECDによる最新のPISA調査(15歳対象の学習到達度調査)でも、日本は加盟37カ国中「数学的リテラシー」と「科学的リテラシー」が1位、「読解力」が2位と世界トップレベルです。しかし、社会に出ると学びの習慣が激減します。

パーソル総合研究所の調査(2022年)では、「社外学習・自己啓発を何も行っていない人」の割合が日本では52.6%に達します。対して、欧米諸国では20%台以下です。読書を含めた数字ですので、日本のビジネスパーソンの半数は本も読んでいないことになります。学校という「箱」の中でしか勉強していない人が圧倒的に多いのです。また、経済産業省による「企業の人材投資(OJTを除く対GDP比)」のデータによれば、日本企業は欧米に比べて「学び」への投資が著しく低いことがわかります。

つまり、日本では個人も学ばないし、企業も人材に投資していません。学ばないことが「習慣化」しているのです。

——「学ばない」ことに特段意識を向けなくなりますね。

学習しない理由についてのアンケートなどを取ることがあると思いますが、回答の選択肢に「忙しいから」「余裕が無い」などを用意してしまうと、当然ながら「忙しいから」が、一番多くなってしまいます。もちろん「忙しいから」は本質的な理由ではありませんので、これではアンケートの意味がありません。本質は、「学ばないことが普通になっている」から学ばないのです。

日本の人事制度が「学び」を阻害している

——なぜそのような状況になってしまったのでしょうか。

一言で言えば、日本企業の人事制度がそうさせてきたからです。日本企業はジョブの内容を企業が管理し続ける仕組みになっています。そのため、数年ごとに社命での人事異動が行われ、社員は異動先でのOJTを通じて業務を学ぶ形が一般的です。このため、特定の専門性を深めるよりも、異動先の仕事に適応することが重視されがちです。さらに、日本の賃金制度では「職能等級制度」があり、特定の専門スキルを磨かなくても、年功や人事評価によって給料が上がる仕組みがあります。つまり、職務はたらい回しにされるけれども徐々に給料は上がるし、頑張れば職務に関係なく幹部を目指せる。「勉強しなくてもキャリアが形成される」構造ができあがっているのです。

これは決して日本人が悪いわけではありません。このような人事制度のもとでは、どこの国でも同じことが起きると思います。

——では、欧米ではどのような制度・環境が一般的なのでしょうか?

勘違いされやすいのですが、欧米の企業でもジョブローテーションはあります。ただし対象は経営幹部候補となる学歴エリート層がメイン。エリート層以外はジョブに就いた時点でその会社での自分の最終キャリアが見えます。それを乗り越えようと思えば勉強するしかありません。職務ごとに明確なスキルセットがあり、それを証明する資格制度や職業訓練が整備されています。

もちろん学ぶ選択をしない人もいます。全員が等しく学ぶ国など存在しません。今の給料のままでいいからワークライフバランスを重視したり市民活動でボランティアに力を入れたりする人がいるわけです。日本の場合は、その選択をする前のレベル。企業内での昇進が主なキャリアパスとなっており、転職市場が未発達なため、専門性を磨くインセンティブが低くなりがちです。

さらに、職場での教育においても、「上司の指示を受ける」という受動的な学習が一般的であり、主体的な学びが推奨されにくい文化が根付いています。例えば、研修プログラムがあっても、受講すること自体が評価されるだけで、多くのケースで、実際にその知識を活用する場は少ないのではないでしょうか?学びを実践に生かせる環境がないため、形だけの学習が増えてしまうのです。

——とはいえ、どこかで日本的なキャリアプロセスから脱しないといけない時代になったわけですね。

1回身に付けたスキルが何年持つか。分野によっては20年持つものもあるでしょう。しかし、デジタル領域であればそれはありえません。社会もビジネスも変化する中で、必要なスキルの変化速度が速くなればなるほど、OJTで身に付けた職場のノウハウをキャッチアップするだけの社員は厳しい立場に追い込まれると思います。

例えば、企業がDXを進める際、多くのケースで外部から専門家と呼ばれるような人を招くことがあります。本来であれば、経営層や現場の社員が学びながら対応すべきですが、日本の企業ではその姿勢が不足しているため、外部に依存する傾向が強いのです。ビジネスにおける速度感と学びの習慣のなさは、非常に相性が悪いのです。

——時代に応じた知識や技能という点でリスキリングという言葉は一般化しましたし、国も旗振っています。

リスキリングをやりなさいという話自体は方向性としては間違っていません。ただ日本では正社員に対するDXやイノベーション関連にしか話がつながらないですね。

本来、世界的な潮流を考えるならば、職を失うリスクの高い非正規雇用の人に対してリスキリングをどうするか考えないといけないのです。しかも雇用形態別で見ると正規雇用より非正規雇用の人ほど学んでいないのが実情です。

一方、海外のリスキリングの根本にあるのは失業対策なのです。「業界構造や産業構造が変わっていくのにスキルも変えていかないとクビになりますよ、だからリスキリングしていきましょう」ということ。日本は全体の失業率が低いことや正規・非正規格差を背景に、誰をどうリスキリングするかという点で海外とは少しずれています。

——それでも昔から英会話教室に通う、資格取得の勉強をするという人たちは、一定数はいましたよね。

もちろんです。最初に示したデータは、見方を変えれば何らかの形で学んでいる人が47%程度はいるとも言えます。さらには、非正規雇用の人より正社員、正社員の中であれば管理職など役職者の方が勉強している割合は増えていくと思います。ただ、全体の割合が増えない。変化の激しい時代において、学び直しの重要性や必要性は長年指摘され続け、リカレント教育や生涯学習という言葉にあおられてきましたが、学ぶ人の割合は一向に増えていない。これが現実です。個人の力に期待するだけでは、もうどうにもならないでしょう。

着手すべきはキャリア構造とMBOの変革

——それでは、学ばない状況を変えるにはどうすればよいのでしょうか。

企業側がキャリア構造を変えていく必要があります。

社内公募制や社内副業の制度を取り入れる企業が出始めましたが、手を挙げる人が少なくうまく成立しないケースもあります。事業部サイドが案件を出さない、キャリアパスを「見える化」しないという問題もあるでしょう。また社員側も自身のジョブに関する意識が十分に育たず、個人のキャリアも「見える化」されていません。会社主導の異動ではなく、企業全体がキャリア育成への視点を持つ必要があるでしょう。

——かなり難しそうです。

簡単ではありません。ジョブローテーションは経営的なメリットが非常に大きいため、見直そうとする企業はほとんどありません。とはいえ、学ばない日本人が経営層になってしまえば、会社自体が成長できなくなります。

——経営者は何から手を付ければ良いでしょうか。

何から変えていいかわからないと経営側から言われたとき、私は「目標管理制度(MBO)を見直してください」と言います。

日本企業はMBOで目標管理するのが大好きですが、私たちの調査からも、ほぼ形骸化しているのが現実です。それは、MBOが本人の成長や学びに繋がるものではなく、社員が書いた目標達成度を人件費の配分に結びつけているだけだからです。

しかも企業は評価する上司に対しての研修は行いますが、メンバーへの被評価者研修はやらない。社員にとって等級制度と日ごろの仕事をつなぐタッチポイントは、基本はMBOしかない。それだけ重要なものなのに、どんな目標をどう書くか全く研修しないというおかしな風習が残り続けています。

先ほど話したキャリアの「見える化」や自律を促すためにもMBOは大切です。例えば、学ぶ社員を作るためには、学びや挑戦を評価項目に入れる会社もあります。「新しいアイデア出さないと評価しません」と言っても良いでしょう。そして上司が新しいことをやらなきゃいけないと思っている組織なら、部下も新たな提案をするために学びます。社内に「みんなも学び、新しいことを歓迎してくれるはずだ」という空気=予期を作ることが重要です。それは、「チャレンジしよう!」という掛け声=規範では作れません。

また、学びの機会を広げるためには、業界横断的な取り組みも必要です。日本では企業ごとに閉じたキャリアが一般的ですが、欧米では企業横断の資格制度が整備され、労働者が市場価値を高めやすい仕組みがあります。日本もこのような制度を整えるべきでしょう。

人事担当者レベルに話す時は、もう一つ「学びのコミュニティ化」を勧めます。

「同調圧力」と「もらい火」を学びに生かす

——学びのコミュニティ化?詳しく教えてください。

日本人は自己効力感が弱く、「個」が弱いというか、「個」よりも協調性が重んじられる環境で育った人が多数です。ですから強い「個」がたくさん生まれて、やがて組織が強くなるという期待感を抱いても、なかなか実現するのは難しいでしょう。

よく自律的な学びのトリガーとして、内発的動機の話が持ち出されますよね。私は「ろうそく型」と呼んでいますが、一人一人が自分の気持ちに火を付けていくようなやり方に期待するのは限界があります。一方で、周りの人が学んでいると、自分も学ばないといけないというプレッシャーを感じるものです。日本人が明日から学ぶようになるのは、自分以外のチームメイト全員が学ぶようになったときでしょう。つまり「同調圧力」をポジティブに活用することが、学びの習慣を根付かせるカギになります。

周囲が学んでいたり、学ぶ意欲を持っていたりする人の同調圧力からの「もらい火」だったら学ぶ意識が向上することは、統計的分析からも示されています。

——部や課単位で「もらい火」につながるようなやり方はあるでしょうか。

学びを共有する文化を勉強会を通して作ることができます。部の中には1人くらいは「火をつけたい」と思って学んでいる人がいるのです。でもそこから「勉強会をしましょう」と誘うのはなかなかハードルが高いので、その「もらい火」障壁を下げてあげる。「メンバー募集手伝うよ」「会議室使っていいよ」、どうしようか悩んでいるようなら「相談に乗るよ」。これができれば火が徐々に広がります。もっと言うと、勉強会よりも読書会や事例共有会、失敗事例共有会ならさらにハードルが下がります。ちなみに私が見た中で一番簡単に人が集まるのは「読まない読書会」です。

——読まない読書会?

読んでいない人でも参加できる会です。タイトルは知っているし話題になっているけど読んでない、「積ん読」になっているなど本に興味ある人は誰でも参加していい会を作ると、人が集まります。読んでいる人は参加者の1割くらいでしょうから、残りの参加者はオブザーバーで良いのです。読まない読書会によって「この本を読む気になった」、あるいは「面白くなさそうだ」ということを学んで帰るわけです。

——他者との関わりの中で学びの動機となる「もらい火」を得る機会になるわけですね。

もらい火を仕掛けるのは、既存の研修も活用出来ます。例えば2時間の研修を行う場合、会議室を「2時間半」で予約するのはダメです。私なら「3時間取って、飲み物やスナックを用意しましょう」と提案します。そうすると研修が終わって喋り足りない人や、急いで帰らなくてもいい人は残ります。研修で学んだことを話したり、まったく別のテーマで話題が膨らんだりしますよね。「別件だけどさ…」と話し始めます。せっかく人が集まっているのに「時間です」といって、生まれた火種に水をかけないでほしい。同様に2日間以上の研修の際は、必ず懇親会もつける。そこまでが人事の仕事ですし、コミュニケーションをデザインすることなのです。

経営者は「OFF-JT」への投資を重視せよ

——最後にまとめとして、学び合いの組織になるために最も重要なこと、その第一歩として経営者がやるべきこと、一般のビジネスパーソンが実践することを伺います。

最も大事な発想転換は、「同調圧力を利用せよ」です。個性の無さや同調圧力は大体悪い意味に使われますが、国民性の一つとして割り切って活用すれば、学びを推進する要素としてポジティブに捉えることができます。スローガンは「ろうそく型からもらい火型へ」ですね。数多く実践している研修の場面で、すぐにでも取り入れられるし、かつコストも安い。

経営者が取り組むべき点は、まずOJT頼みの育成をやめること。OFF-JT(研修・学習機会)への投資を増やすことです。日本企業は経営者自身がOFF-JTで学んでキャリアを積み上げていないから、研修なんて意味がないと思っている。けれども研修の意味がないと考えられているのは、職場に持ち帰ってもキャリアの積み上げにつながる新たな挑戦に結びつかないからです。キャリア構造の転換にもつながる話です。MBOやキャリア構造の改革は、オフJTへの投資が前提になるのは言うまでもありません。

一般のビジネスパーソンへのアドバイスとしては、まず「自分のやる気を信じない」ことが大事です。人は、自分の意志だけではなかなか継続的に学ぶことができません。一人で行う自宅でのダイエットやトレーニングはなかなか続かないでしょう(笑)。だからこそ、周囲の環境を変えることが有効です。私たちは社会のネットワークの中で、さまざまな人から影響を受けて生きていますが、それを過小評価しがちです。社会や組織で他者と関わりながら、学びのコミュニティに参加し、学びを共有する経験を積む。学び合う組織を構築する要件と言えるでしょう。

ビズクロ編集部
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