「2024年版 中小企業白書」が示す中小企業の勝ち筋とは?

「会社を潰さない」ための経営者の選択

公開日:2024/05/20
「2024年版 中小企業白書」が示す中小企業の勝ち筋とは?

2024年5月に公表された中小企業白書をもとに、中小企業の現状と課題、そして未来への展望について、伴走型の経営コンサルティングを行っている岡島氏(株式会社Pro-D-uce)と中小企業支援に取り組んでいる桐谷氏(Chatwork株式会社)にお話を伺いました。※本文内、一部敬称略

国策を経営の“追い風”にするためにもトレンド理解が重要

——堅いイメージがある中小企業白書(以下、白書)ですが、読むメリットを教えてください。また、どのような方が読むべきでしょうか。

岡島:まず中小企業の経営者は、必ず読むべきだと思います。白書には、国が中小企業を取り巻くトレンドをどのように捉えているのか、国の方針や中小企業に対する見方などが示されています。この「国の意向」の中には、例えば、補助金などの支援策の方向性なども含まれるため、経営者にとってはキャッチアップすべき情報が掲載されているんです。

ただ、毎年500〜600ページ以上にも渡る膨大な情報量、かつ、いわゆる「お役所言葉」というか、分かりづらい独特の表現だったりするので、なかなか読み解くのが難しいのは事実です。ですので、まずは要点がまとめられた概要版を読んでみるのがおすすめです。概要版では、重要なポイントがコンパクトに、数十ページでまとまっているので、数百ページの全体版を読むのは、ハードルが高いという方も、概要版を読んでおくだけで最新の動向が掴めると思います。

桐谷:当社は、Chatworkの提供をはじめ、中小企業向けのさまざまなサービスを展開しているので、中小企業の現状や取り巻く環境の情報収集は欠かせません。そのため私も、毎年、全体版に目を通していますが、中小企業の経営者の方々にとっても、DXの話や人材に関するトピックなど、経営戦略を考えるうえで無視できない情報が多く掲載されています。

中小企業は、どうしても国策に左右されやすい面があります。岡島さんがおっしゃったように、補助金・助成金関連の情報は見逃せません。うまく活用すれば、設備投資や新規事業の際の追い風になるでしょう。一方で、知らない間に法改正されていた、なんてことになれば、国策が”向かい風”になってしまうこともある。会社の規模によって、読む視点は変わってくるとは思いますが、トレンドを掴むという意味では、どの企業にとっても重要な情報源だと言えます。

中小企業白書を効率的に読むコツ

——お二人はどのように白書をチェックされているのでしょうか。

岡島:私もまずは概要版で、大きな方向性やトレンド、重要課題は何か、などを確認して、「大枠」を掴んだうえで、本編の中で特に興味を引いた箇所を深掘りするという流れですね。本編には随所にグラフやデータが盛り込まれているので、客観的な視点を得るのにも役立ちます。

また、章立ても参考になります。その年の特集テーマを見ればある程度の方向性は読めますし、中小企業庁として力を入れている分野も明らかになります。

2024年版 中小企業白書で示された10つのテーマ

[出典:2024年版 中小企業白書 概要版「中小企業・小規模事業者の動向」]

桐谷:私が読む際のポイントは2つですね。1つは、その年の特徴的なトレンドは何か。DXだったり、働き方改革だったり、時代の大きな流れを捉えることに注力します。もう1つは、中小企業の経営者に求められているものは何かを意識しながら読むことです。この2点を念頭に置いておけば、読むべきポイントが自ずと見えてくるので。

端から全部を隅々まで読む必要はありません。むしろ、自社に引き付けて考えられる部分にフォーカスした方が効率的ですし、単なる国の報告書として読むのではなく、白書の内容を自社の経営にどう活かせるのか。そこを常に意識しながら読み進めることで見え方も変わってくると思います。

岡島:あと意外と侮れないのが、コラムや事例の部分ですね。他社の具体的な取り組み事例は、自社の参考にもなりますし、時代の最先端の動きを知る良い機会にもなります。経営者の方にとっては、ここが一番イメージしやすいかもしれません。特に自社の業界や自社と親和性の高い事例があれば、全部を鵜呑みにはできなくても、ヒントとしては十分に役立つはずです。

白書から国が「頑張る企業」に集中し始めたことがわかる

——では、最新の「2024年版 中小企業白書」から見えた中小企業の業況と経営課題について教えてください。

岡島:最新の中小企業白書では、アフターコロナの中小企業の姿が如実に表れている印象です。社会全体としては回復基調にあるものの、コロナ禍で何もアクションを起こさなかった企業は、厳しい経営状況に直面しているようです。コロナ融資などである程度持ちこたえてきた企業群があるわけですが、それも限界が近づいているというのが実情でしょう。

政府のスタンスとして、「コロナ禍で何もしていなかった企業は、もう助けられない」という辛辣なメッセージすら感じ取れるほどです。これまでは、ある程度広く支援の手を差し伸べる方針だったと思いますが、そこから一歩踏み込んで、「頑張る企業を集中的に支援する」という方向にシフトしたように感じました。これは転換点だと思いますね。

桐谷:倒産件数の推移を見ても、コロナ融資で持ちこたえてきた企業が、ここにきて資金繰りに窮している様子がうかがえます。返済時期を迎え、その負担に耐えられない企業が増えてきている。特に、飲食業や宿泊業などのサービス業での倒産件数が目立つ印象でした。

もう1つ注目すべきは、事業再構築の動きの広がりです。アフターコロナを見据えて、事業ポートフォリオの見直しに着手する企業が増えてきました。強みを活かせる分野に経営資源を集中させる一方、撤退すべき事業は思い切ってカットする。選択と集中を迫られる局面だからこそ、経営判断のスピードが問われるわけです。そういう意味では、まさに経営者の真価が試されていると言えるでしょう。

実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)を利用した企業の割合

◾️政府系金融機関による実質無利子・無担保融資

◾️民間金融機関による実質無利子・無担保融資

[出典:2024年版 中小企業白書「第 1-2-25 参考 2 図」]

人手不足の解消には積極的なアウトソーシングを

——人手不足や賃上げについてはどうお考えですか。

桐谷:超少子高齢化の影響もあって、生産年齢人口はどんどん減少しています。そもそも働ける人が少ない、という問題はすぐに解決できるものではないので、発想の転換が必要です。まず、社内の人材にどう活躍してもらうか。今いる社員一人ひとりの能力を最大限に引き出すこと。それが経営者に求められる最も重要な役割の1つだと私は考えます。評価制度の見直しや、教育研修の充実など、地道な取り組みの積み重ねが欠かせません。

また、それに限らず人材は今後も不足し続けるということを前提に、ノンコア業務は積極的にアウトソーシングすることも必要です。アウトソーシングの活用には、人手不足に対応しつつ、人件費を抑制するメリットも期待できるので、コア業務にあたる正社員への賃上げにもつなげられるのではないかと思います。

岡島:人手不足は、ほとんどの中小企業にとって喫緊の課題ですよね。有効求人倍率を見ても、全国的に高止まりが続いています。特に深刻なのは、建設業や運輸業、介護などの分野。若者のなり手が少ないうえに、賃金水準も高くない。そういった構造的な問題を抱えている業界です。

ただ、人手を得るために安易に賃上げに走るのは得策ではありません。人件費の増加は、中小企業の経営を直撃するからです。

だからこそ、桐谷さんもおっしゃったように、思い切ってアウトソーシングすることは、人手不足解消だけでなく、経営リスクの回避の側面からも必要な取り組みになると思います。自社の強みを発揮できるコア業務に経営資源を集中し、それ以外は外部に委託する。そうすることで、人件費を変動費化できます。景気変動の影響を受けにくい体質を作り上げることが可能になるのです。

中小企業のDXは「導入」ではなく「ツール運用」が真の障壁

——白書では、人手不足をITツールの導入などによる省力化投資で解決する方向性も示されていました。中小企業におけるITツールの活用を成功させるコツを教えてください。

桐谷:ツールありきで考えてはいけないということです。大切なのは、まず自社の業務を棚卸しし、課題を洗い出す。そのうえで、課題解決のために最適なツールを選ぶ。こういう順番で進めないと、かえって非効率さを生む原因になってしまいます。

ツールの導入=(イコール)生産性の向上ではありません。実際、「ツールを導入しても、作業工数や負担は変わらない」なんて話はよく耳にします。これは、そもそもデジタル化や自動化すべきタスクの選定を誤ったために起きることです。業務プロセスの見直しと、デジタル化すべきタスク、ツールの導入、そして、運用までを一連で考えるべきなのです。

加えて、ツールを使いこなせる人材の育成も欠かせません。せっかく高価なツールを導入しても、活用できる人材がいなければ意味がありません。そういう意味では、DX人材の育成は、待ったなしの状況ですし、中小企業の至上命題の1つだと言えます。

岡島:業務の棚卸は本当に重要だと思います。まずはここからやるべきですね。現状の業務プロセスを細部まで可視化し、ボトルネックとなっている部分を特定する。そして、そこにメスを入れていく。こういったアプローチが不可欠です。業務を細分化し、仕分けるプロセスは、地道な作業ではありますが、この作業を怠ると、投資対効果は望めません。

ただし、例えば、製造業であれば、付加価値の高い製品を生み出せるコア技術は何か、サービス業なら、顧客に選ばれ続けるための独自の強みは何かなど、徹底的に洗い出し、強みを損なうような省力化は避けるべきでしょう。

私がコンサルティングしている中でよく目にするのは、ITベンダーの言いなりになって、安易にツールを導入して失敗するケースです。中小企業では、特に、ツール導入などの入口状況ばかりが注目されがちですが、真の課題は、ツールの運用にあると思います。

いかにツールを運用して、真の目的である生産性の向上や事業成長を達成できるかは、業務の見直しと最適化、そして、省力化するタスクの見極めが重要ですね。

——導入がゴールにならないように、ということですね。それでも、何から手をつけてればいいかわからないという経営者もいると思うので、アドバイスをください。

岡島:外部の力も借りるべきだということです。コンサルタントなど、客観的な視点を持った専門家の知見は、内部だけでは気づきにくい課題の発見に役立ちます。社内の慣習に縛られず、新しい視点を取り入れることが、イノベーションを生み出す近道になるはずです。

もちろん、コンサルタントを使えば必ず成功するというわけではありません。経営者自身が覚悟を持って取り組む姿勢が何より大切です。他力本願では、真の変革は遂げられないでしょう。

桐谷:外部の目線を入れるということは非常に重要です。ただ、いきなりコンサルタントに依頼するというのは金銭的にも心理的にもハードルが高いという企業も多いかと思います。そういう場合は、コア業務ではない部分から小さくてもよいので、外部に運用を依頼してみると「こんなやり方があったのか」という気づきを得られるケースもあるかもしれませんね。

海外需要の取り込みは中小企業の生き残り戦略に1つになる

——次に概要版でもテーマの1つになっていた「海外需要と日本企業の決算状況」を見て感じたことを教えてください。

岡島:輸出額は増加し、株価は過去最高を更新しているものの、多くの中小企業は海外展開に慎重な姿勢を示しているように見受けられます。特に下請け型の企業では、自社独自で海外市場を開拓しようとする意欲が少ないと思われます。多くの場合、大手企業の要請を受けて海外進出をすることが多いのが現状ではないでしょうか。

桐谷:大企業とは状況が違いますからね。投資余力も限られるし、リスクを取れる度合いも少ない。一歩間違えば、会社の存続にも関わりかねません。しかし、グローバル化の波が中小企業にも押し寄せていることは確かです。国内市場だけでは、大きな成長は見込めない。少子高齢化で市場が縮小する中、海外需要を取り込むことは、中小企業の生き残り戦略の1つでもあるでしょう。

直接輸出・直接投資企業割合の推移(企業規模別)

◾️直接輸出企業割合

◾️直接投資企業割合

[出典:2024年版 中小企業白書「第 1-3-39 図」]

「脱・1社依存」と「他社との連携」で価格交渉力を高める

——白書では価格転嫁の重要性も示されています。

岡島:価格転嫁は、多くの中小企業にとって大きな悩みの種だと思います。特に下請け型の企業では、大企業との力関係もあって、なかなか価格交渉に踏み切れない。白書の価格交渉の実施状況を見ても、受注企業からの価格交渉は苦渋の状況であることが見て取れます。そのしわ寄せが、中小企業の収益を圧迫しているのが実情です。

価格転嫁の問題を解決するには、仕入れコストなど、外部要因の影響を最小化するための中小企業自身の努力も必要です。具体的には、自社の製品やサービスの付加価値を高めることでしょう。価格競争力だけでは、大企業には太刀打ちできません。品質や独自性など、競合他社にはない強みを磨き上げる。それが、価格転嫁を実現する近道だと思います。

また、取引先との関係性を見直すことも大切です。中小企業は、1社依存の状態になりがちですが、その場合、価格交渉の余地はほとんどありません。販路を拡大し、取引先を複数化する。そうすることで、リスクを分散しつつ、交渉力を高めていくことができるはずです。

桐谷:同業他社との連携も有効な手段の1つです。1社では交渉しづらかったとしても、複数社が手を組めば交渉力も高まります。これは価格転嫁に限りません。共同での設備投資や研究開発など、スケールメリットを活かした取り組みは、付加価値向上につながるでしょう。

同じ志を持つ仲間を見つけ、ともに手を携えていく。そんな発想の転換も中小企業に求められているのではないでしょうか。

価格交渉の実施状況

[出典:2024年版 中小企業白書「第 1-4-10 図」]

中小企業に多い「黒字倒産」の背景にある後継者の不在

——事業承継の現状と課題について教えてください。

休廃業・解散企業の損益別構成比(企業規模別)

◾️(1)中規模企業

◾️(2)小規模企業

[出典:2024年版 中小企業白書「第 1-3-28 図」]

岡島:事業承継の問題は、中小企業の継続性を左右する重要なテーマだと認識しています。中規模企業における休廃業・解散企業の黒字割合は55.8%、小規模事業者においては49.6%となっています。つまり、事業不振以外の理由で事業が継続できなくなる中小企業が非常に多いわけです。その原因の一つが、後継者不足ですね。特に、地方の中小企業では、後継者の不在が深刻な状況であるケースも少なくありません。

単になり手がいないという問題のほかにも、事業承継がうまくいかない理由として、大きく分けると2つの問題があると思います。1つは、先代経営者と後継者の意識のズレです。価値観の違いから、なかなか経営の承継がスムーズに進まないケースがよくあります。

桐谷:特に創業者一代で築き上げた企業では、トップの強いリーダーシップが特徴的ですよね。そのため、後継者がなかなか自分の色を出せない。独自の経営スタイルを確立できずにいるケースが多いんですよね。

岡島:もう1つの問題が、株価の算定です。非上場企業の場合、後継者の負担が大きくなりがちです。株式の評価方法を巡って、先代経営者と後継者の間で溝が生じることも珍しくありません。

こうした問題を解決するためには、早めの準備が肝心だと考えています。大切なのは、先代経営者と後継者の対話です。お互いの考えを率直に話し合い、認識のズレを埋めていく。経営理念や将来ビジョンを共有することが、円滑な承継の第一歩になるはずです。

事業承継を成功させるためには、専門家の力も借りるべきでしょう。税理士や中小企業診断士など、事業承継のプロフェッショナルは数多くいます。早い段階から相談し、適切なアドバイスを受けることが大切ですね。

桐谷:事業承継の問題は、どの中小企業にとっても避けて通れない大きな壁だと思います。でも、この問題に真剣に向き合っている経営者は、まだまだ少ないのが実情ですよね。先々の話と考えて、つい後回しにしてしまう。そんな風潮が、問題をより複雑にしているように感じます。

事業承継の本質は、経営資源の引き継ぎです。ヒト・モノ・カネ・情報など、企業の競争力の源泉を、いかにスムーズに次の世代に託すか。そこが問われているわけです。単に経営者の座を譲ればよいという話ではありませんからね。

特に大切なのは、「ヒト」の承継です。技術やノウハウを持った従業員をどう引き留めておくか。優秀な人材が流出してしまっては、事業を継続していくのは難しいでしょう。後継者の育成はもちろん、幹部社員の承継も考えておかなければならない。そういう意味では、事業承継は、トータルな人材マネジメントの問題とも言えるでしょう。

——M&Aを活用した事業承継も増えてきているようですね。

桐谷:後継者がいない場合、第三者への譲渡も選択肢の1つになります。ただ、M&Aにもリスクはつきものです。自社の企業文化を守れるのか、従業員の雇用は守られるのか。そういった点を慎重に見極める必要があり、安易にM&Aに走るのは、避けるべきだと私は考えています。

いずれにせよ、事業承継は経営者の責任です。自分の代で会社を閉じるつもりなら、また話は別ですが、会社を存続させたいのなら、専門家のアドバイスを受けて早めに行動を起こすことが肝心です。

国策は「頑張る企業」に支援を集中させる傾向に

——これまでのお話から、中小企業を取り巻く環境には多くの課題があるように思います。そこで「今」特に危機感を持つべきこととすれば何でしょうか。

岡島:中小企業が今、危機感を持つべきポイントとして、国の方針の変化が挙げられます。私個人の所感ではありますが、最新の白書からは、これまでの「みんなで一緒に助かりましょう」「生き延びましょう」という国のスタンスが、これからは「良質な経営を目指す中小企業だけを助けますよ」という方向性に、明確にシフトしたなと感じました。つまり、本当に生き残るために必要な存在にならないと、恩恵を受けられなくなるかもしれません。

桐谷:確かに、国から求められているのは、人材採用・育成、M&A、外需獲得、投資、値上げなど、これまで中小企業の経営者が苦手としていた分野ですよね。ここに本腰を入れていくことで、十分な支援を受けることができるかと思います。

岡島:そうなんです。だからこそ、危機感を持って動かなければいけない。苦手なところにも取り組まなければならないという意識を持つことが大切だと思います。国としての戦略は正しいと思うので、この流れはさらに進んでいくでしょう。

桐谷:社会全体で見ると、そうするしかないというのが現実ですからね。その中でも、中小企業が特に危機感を持つべきは、人材の問題だと思います。今いる従業員の能力を見極め、できることとできないことを整理したうえで、一定の選択とリソースの集中を行う必要があります。

岡島:何でもかんでも手を出すのは難しいですからね。自社の人材ができることを集約し、全員でコア業務に注力する。面倒くさくても、自分たちが得意でないところは思い切ってやめる。人材が足りない中、そこに労力を割いても難しいですから。

桐谷:結局のところ、人材のアロケーションがカギを握るのかもしれません。何に対して自分たちは向き合っていくのか、経営者は真剣に考えなければいけない時期に来ているのではないでしょうか。

まずは身近な経営者仲間とコミュニケーションを

——中小企業の経営者が支援機関を利用する際のポイントは何でしょうか?

岡島:中小企業白書が示す「専門家の支援」の定義には税理士なども含まれています。確かに多くの中小企業が税理士を利用していますが、税理士や金融機関は主に財務的な専門家であり、売上アップや投資回収などの専門家でないケースもあるはずです。成長投資や事業拡大については、税理士や金融機関に頼るだけでは不十分で、経営全般についてアドバイスできる専門家が必要だと思います。

桐谷:ただ、実際に経営やオペレーションに関与できる専門家はなかなか見つからないのが現状です。表面的なアドバイスだけでは物足りないですからね。

岡島:この点は中小企業の経営者自身のスキルも問われます。同じ税理士でも、どういう観点から相談するかで得られる助言は全く違ってきます。財務諸表の見方を聞くのか、業界内での自社の位置づけや有意性を聞くのかなど、社長の問題意識によって専門家の使い方も変わるはずです。専門家をうまく活用するには、経営者側のヒアリング能力が重要です。

桐谷:公的な支援についても課題がありますね。例えばDXの分野では、表面的にはIT導入補助金のような支援体制があります。これ自体は非常に素晴らしい取り組みとして機能していますが、これだけで十分かといえばそうではありません。ITベンダー側も中小企業におけるツールの運用の障壁や課題の解決に伴走しながら真摯に向き合うスタンスでなければ、ツールを入れて終わりになっているケースもあると聞きます。中小企業にとって本当に必要な支援とは何か、支援する側にももっと理解が必要だと思いますね。

岡島:適切な専門家を見つけ、継続的な関係を築くことが大事です。案件が終われば終わりではなく、伴走型の支援を受けられる機関を見極める目を養う必要があります。Chatworkさんのように、ビジネスとして中小企業支援に取り組む民間企業なども増えてきましたし、そういった選択肢も視野に入れるべきでしょう。

——白書には、支援機関を活用している中小企業ほど業績が良いというデータもありますね。これは、どう理解すればよいでしょうか?

桐谷:確かに中小企業白書にはそういったデータが示されています。ただ、これは因果関係まではわからないですよね。もともと経営課題の解決に前向きで、成長意欲の高い企業ほど、支援機関を活用しようとする傾向があるのかもしれません。支援機関を活用すれば必ず業績が上がるわけではなく、活用しようとする姿勢自体が業績アップにつながっているのだと思います。

岡島:そうですね。支援機関に相談したから売上が上がった、といった単純な話ではないはずです。経営課題を外部に相談するということは、自社の状況を客観的に捉え、打開策を模索しようとする姿勢の表れだと思います。そういう意欲的な経営者が支援機関を活用し、結果として業績にもよい影響が出ているというのが真相ではないでしょうか。

桐谷:IT化やDXの推進など、中小企業が単独で取り組むのは難しいテーマについては、やはり支援機関の力が必要です。ただ、現状を見ると、そういった分野でも中小企業の期待に十分に応えられている支援機関は少ない。真に役立つ支援を行える機関を増やしていくことが、中小企業の業績向上につながると思います。

——中小企業には、経営者が1人で孤軍奮闘して経営してきた会社も多いと思います。支援を得るには、まず何から始めればいいのでしょうか?

岡島:まずは身近なところから始めるのがいいですね。同業他社の経営者との情報交換も立派な外部の知恵の活用だと思います。同じ業界の仲間なら、相談もしやすいはずです。業界団体などが主催する勉強会や交流会に顔を出してみるのもおすすめです。

桐谷:経営者同士のネットワークを広げることは重要ですよね。そこで得た情報をもとに、徐々に公的な支援機関や専門家にもアプローチしてみるといいでしょう。ただ、単に補助金や助成金の話を聞くだけでは不十分です。自社の経営課題を整理し、その解決に向けてどのような支援が必要なのかを明確にしておくことが大切だと思います。

岡島:支援機関の選び方も重要です。繰り返しになりますが、単なるアドバイスで終わらず、伴走型の支援をしてくれるところがいいでしょう。中小企業の立場に立って、一緒に汗をかいてくれる専門家を見つけることが理想です。そのためには、経営者自身が自社のビジョンを明確に持っておく必要があります。ぶれない軸を持っていれば、それに共感してくれる支援者も現れるはずです。

生き残りのカギは、外部支援の適切な活用と経営者の見極め力

——中小企業が今後生き残っていくために何が必要だと思いますか?

桐谷:まずは足元の自社の状況をしっかりと把握することだと思います。自社の強みや弱み、市場での位置づけ、保有する経営資源など、客観的に自社を見つめ直すことが出発点になるはずです。そのうえで、今後どの方向に舵を切るのか、ビジョンを明確にしていくことが求められます。

岡島:自社の強みやビジョンを明確化する際の視点として、変えてはいけないものは何か、を一つの基準にしてみるのもおすすめです。自社の存在意義は何か、どんな価値を提供し続けるのか。その核となる部分を定め、そこに経営資源を集中投下していく。そのためには、事業の選択と集中も避けて通れません。得意分野に特化し、そこで圧倒的な強みを発揮する。そういう戦略が必要だと感じています。

桐谷:デジタル化の波は中小企業にも確実に押し寄せています。DXへの対応は、もはや避けて通れない経営課題と言えるでしょう。ただ、中小企業にとっては一朝一夕にはいかない取り組みであることも事実です。だからこそ支援機関の力が重要になるのですが、残念ながら現状の支援体制は十分とは言えません。当社は、BPaaS(※)事業を展開していますが、今後は官民を挙げて、中小企業のデジタル化を後押しする仕組みづくりにも注力できるようになるのが理想ですね。

※クラウドサービスを活用して、一連の業務プロセスをアウトソーシングできるサービスのこと。

岡島:桐谷さんもおっしゃってたように、ツールありきで考えたデジタル化では、真の目的である省力化や生産性の向上は望めません。自社にとって本当に必要なことは何かを、まず見極めることが重要です。やらされ感のあるデジタル化は、かえって経営の足かせになりかねません。

桐谷:「見極め」は経営者の目利き力が問われるところだと思います。社内外のリソースをフル活用しながら、自社に合ったデジタル化の道筋を描いていく。そのためにも、先ほどお話しした自社の強みや方向性を再確認しておくことが重要になるでしょう。何のためのデジタル化なのか。目的を見失わない経営ビジョンこそが、中小企業の羅針盤になるはずです。

岡島:結局のところ、中小企業の生き残りのカギを握るのは、経営者の覚悟だと言えるかもしれません。変革の時代に必要なのは、変えるべきものと変えてはいけないものを見極める力です。外部の力も借りながら、時代の波に飲み込まれることなく、自社の進むべき道を切り拓いていく。そんな経営者像が、いま求められているのだと思います。

取材・執筆/安部 譲一

撮影場所/WeWork 日比谷FORT TOWER

ビズクロ編集部
「ビズクロ」は、経営改善を実現する総合支援メディアです。ユーザーの皆さまにとって有意義なビジネスの情報やコンテンツの発信を継続的におこなっていきます。