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今後10年は「地獄」も予想される建設業界の展望

大正15年創業の地域No.1企業が語る生き残り戦略とは

公開日:2024/09/09
今後10年は「地獄」も予想される建設業界の展望

2024年4月に5年間の猶予期間を経て適用された働き方改革関連法による影響、従事者の高齢化、後継者不足など、建設業界は今、「大きな転換期」であると言われています。今後、さらに経営環境が厳しくなると予想される建設業界において、大正15年に山形県で創業した株式会社後藤組は、地域No.1(※)の信頼と実績を獲得し続けてきました。代表の後藤氏に、建設業界の現状、そして今後10年を見据えた、業界全体を底上げする取り組みについて伺います。
※山形県米沢市の完成工事高

お話を伺った人
  • 後藤茂之さん

    後藤茂之さん

    株式会社後藤組

    代表取締役

縮小する市場で直面する建設業界の厳しい現実

※画像はイメージです。

後藤茂之氏(以下、省略)「建設業のマーケットは1992年をピークに、徐々に建設投資額も減っていっています。一時期は、ピーク時の4割にまで市場が縮小したんです。大手5社(大林組、鹿島建設、大成建設、清水建設、竹中工務店)の売上でいえば、2兆円から1兆円程度まで落ち込みました。

需要が減少した背景には、新設工事の減少や公共投資の抑制があります。特に、民主党が政権交代を果たした際の『コンクリートから人へ』のマニフェストのもと公共事業予算が大幅に削減されたことは、大手はもちろん、地方の中小企業にも大きな打撃を与えました」


ー後藤氏は、この状況下で多くの建設会社が苦境に立たされたと言う。


「建設工事への投資が減っていく中で、当時は、積極的に他業種に参入する建設会社がいい会社だと、新規事業を推奨するような雰囲気になっていました。

当社は、以前から食品事業部門で、しめじの製造販売を行っていて、建設業が異業種にということで注目されていたのですが、他社もこぞって新規事業にチャレンジを始めましたね。ただ、地方の中小企業で新規事業を成功させたと言える企業は、ほぼないでしょう。今、建設業は厳しい、厳しいと言われていますし、さらに厳しい経営環境になることは、私自身、経営者として見据えています。ただ、過去十年、数十年を振り返ってみて、これまでも決して順調な環境だったわけではないんですよね」


就業者数はピーク時から30%減

ーこれまでも苦境があった中で、今現在、建設業界が直面する最大の課題の一つが人材不足、とりわけ「技術者の確保」が困難になっているとされている。


「土木の仕事=公共工事のイメージが強く、国の投資が縮小傾向にあることから、建設業界に対して先細りの印象を持たれてしまった。それに加えて、土木の仕事へのネガティブ・イメージから、土木系学科を希望する学生が減っていき、工業高校や大学の土木・建築学科が減らされてしまったんです。

そのような背景があって、東日本大震災後、急に復興需要が伸びたタイミングで、人材不足の深刻さが露呈しました。しかし、人材を育てようにも、土木工学を学べる環境が減ってしまっていた。だからこそ、技術者の育成や確保は、建設業界だけでは解決が難しい部分もある大きな課題です」


ー実際、建設業の就業者数は1997年のピーク時から約30%減少し、令和4年時点で約480万人。中小建設業者の多くが人材不足に悩んでいる中、この減少傾向に歯止めをかけ、いかに若い人材を業界に呼び込むかが喫緊の課題だ。


「建設業への新卒就職者数は増加傾向にあるといったニュースもあったようですが、依然として『売手市場』であることに変わりはありません。なので、大手ゼネコンも初任給を上げて学生の確保に躍起になっています。大手でさえそのような状況ですから、地方の中小建設業者にいたっては、若手人材の確保に頭を抱えている状況でしょう。特に、ベテランの技術者が減っていく中で、技術職や専門職の若手の確保は難しいですね」


ー後藤組では約13年前から新卒採用を本格化している。少子高齢化社会の到来を見越しての判断だった。


「だからこそ、我々は早めに行動を起こしたんです。世の中の変化が起きてから顕在化するまで約12年かかると言われていますから。

中途採用だけでなく新卒採用にも本格的に力を入れ、さらに新卒入社の社員が、数年後に後輩の新卒社員の面倒を見る育成環境も整えました。

建設業界の『見て覚えろ』の因習をなくして、先輩がしっかりと面倒をみる。こういった体制は、人材がしっかり育つのはもちろん、会社全体の雰囲気も良くなるし、結果として、離職率の低下にもつながっています」


ーこの新卒採用の成功は、単に直近の人手不足の解消だけでなく、「倒産ラッシュ」とまで言われる建設業において、会社の将来を担う後継者を育成する観点からも重要だと強調する。


「後継者不足による事業承継の問題は、私も耳にしています。ただ、経営が順調であれば、後継者がいなくてもM&Aによる売却で、会社自体は存続できますよね。実は、当社にも毎日のようにM&Aの話がきます。

でも、私は自社で育てた人材に託したいんです。彼らは単なる従業員ではありません。一緒に会社を作り上げてきたパートナーですし、彼らなら必ず会社の文化や価値観を守ってくれると信じていますから。

だからこそ、自社で人材を育てる仕組みが重要になる。今、当社では採用の新卒比率が50%を超え、若い力が会社に新しい風を吹き込んでくれています。未来を担う人材としてはもちろんのこと、彼らの柔軟な発想や、デジタル技術への適応力は、会社の変革には欠かせません」


3Kのイメージ払拭に向け、SNSで情報発信

※画像はイメージです。
ー人材育成の体制づくりと並行して、根強く残る建設業のネガティブ・イメージの払拭が課題となっている。そこでポイントとなるのが、SNSの活用だ。


「建設業は、まだまだ『3K(きつい・汚い・危険)』というイメージが根強いですが、実際は技術革新や安全対策の進展で、かなり労働環境は改善されています。でも、あまり知られていないので、若い世代に向けて伝える努力が必要です。

当社も、インスタグラムなどSNSで社内の雰囲気や、仕事の様子を発信しています。インターンに来た学生さんが『インスタで見た通り、本当に雰囲気がいいと分かって安心した』と言ってくれました。知ってもらうきっかけづくりや、積極的な情報発信。これは各会社でできることですし、注力すべき取り組みです」


ーまた、地元の高校や大学との連携も強化するなど、オフラインの情報発信にも力を入れていると言う。


「東北芸術工科大学から、毎年十数人もの学生が会社説明会に来てくれていますし、東京の大学からの参加者もいます。こういったつながりができたのも大きいですね」


材料費高騰に苦しむ建設業界

ー人材不足だけでなく、近年の建設資材の価格高騰も業界を悩ませている。後藤氏は、この問題に対して冷静な見方を示した。


「材料費が上がれば見積もりも上がるだけです。問題は、お客さんがそれを受け入れるかどうかです」


ー公共事業では、契約締結後に、鉄筋やセメントなどの資材価格が大幅に上昇した場合、その分を、工事費に反映し、請負金額を見直すことができる制度「物価スライド条項」が適用される。この仕組みにより、建設会社は予期せぬコスト増加のリスクを軽減できる。


「民間工事では、(物価スライド条項のような)保護がないため、材料費高騰への対応が難しいのは事実です。価格上昇分を工事費に転嫁しようとすると、競争力の低下や受注機会の損失につながってしまうでしょう。特に住宅分野では、十数年前に比べて住宅の単価が1.5倍くらいになっています。昔のローコスト住宅が、今ではローコストとは言えない価格になってしまった。あまりにも価格差があるので、本当に(この価格でしか)家が建てられないのか?と、疑われることもあると聞いています。最近は、新築を諦めて中古住宅を買ってリフォームする人も増えていますよね」


「省人化」の取り組みは利益率を上げる意味でも重要

※画像はイメージです。
ー労働力不足への対策は、人材確保だけではない。「省人化」も推進すべき課題とされている。日本建設業連合会(日建連)が、2015年に策定した長期ビジョンには、2025年度までに建設業界全体で10%(35万人)の労働力削減を目標することが盛り込まれた。実は、後藤組は「DXによる業務効率化」で、日本各地から100名を超える見学者が訪れるほどの、DX成功企業でもある。

▶️株式会社後藤組|「全員DX」で描く、建設業の新たな未来像

「事務処理については、チャットツールの活用や、組織をあげたアプリケーション開発といったDXの取り組みで相当生産性が上がりました。

例えば、従来は報告書を現場で紙に記録し、現場代理人がオフィスでExcelに入力して作成していました。それを、QRコードを使って作業員自身が、現場でスマホに入力。その内容が、ボタン一つで書類に反映される仕組みになっています。事務作業の省力化については、とにかくまずは二重入力をいかになくすか、に視点を置いて進めていました。

ただ一方で、現場の鉄筋工や型枠工の仕事は、人間がやらざるを得ません。現場作業においては、測量にドローンを使うなどのICT活用は進んでいますが、これは業界全体の取り組みであり、横並びの状況。つまり差別化にはつながらないということです」


IT化を図る際のメッセージは「頑張るな」だった

ー後藤組では、人材育成にもITを活用。業務マニュアルや安全教育にYouTube動画を取り入れている。


「今の若い人たちはYouTubeで情報を得るのが当たり前です。そこで、作業手順や安全ポイントを動画で見られるようにしました。一律で同じ動画を見て学ぶことで、研修の省力化・知識の標準化・離職防止などさまざまなメリットにつながっています。

また、業務のデジタル化を進める際も、『頑張るな』、『頑張ろうとするな』というメッセージを社員に伝えています。頑張るというのは今までと同じことを一生懸命繰り返すこと。そうではなく、『同じ仕事でも半分の労力でできる、楽なやり方を考えよう』と」


今後の中小建設企業は「地域No.1」だけが生き残る

ーさらに、今後10年の建設業界については「地域No.1、No.2か、業界No.1、No.2しか利益が出なくなる」と予測する。


「あえて言葉を選ばずに言いますが、建設業に限らず、日本の中小企業全体が、これから地獄を見ると思っています。

食料もエネルギーも資材もほぼ輸入なので、コストが上がります。でも、日本人はどんどん貧乏になっていると言われている中で、価格を上げられない企業がいる。しかし、人件費は上げないと人が採れない。このジレンマに多くの企業が、もっともっと苦しむでしょう。

特に建設業は労働集約型産業です。人件費の上昇は直接的にコスト増につながるものの、公共工事の予算は簡単には増えません。この状況下で、多くの企業が窮地に陥るのは目に見えています。

そこで生き残るには、『地域No.1』になるしかないんです。

地元に出てくる工場とかの民間投資の案件で、地域No.1の我が社には必ず声がかかります。これはトップの座さえ守れば、どんどん強くなっていける、ということでもある。

もちろん課題もあります。型枠や鉄筋工などの技術者は確保が難しい。でも、彼らがいなければ、現場で物を作ることができません。型枠や鉄筋の会社をM&Aで買収できればいいのですが、職人不足に困っているのは、当社だけではありませんから、なかなか難しい状況です」


鉄砲ではなく「弾を売る」ビジネスモデルに新たな可能性

「うちの会社は、『DX日本一』だと自負しています。ただ自社だけの取り組みで満足するのではなく、成果を業界全体に還元したいという構想も持っています。我々が開発したアプリケーションを他の建設会社に提供して、建設業全体の生産性向上に貢献できたらと思っています」

ー後藤氏は建設業のビジネスモデルを「鉄砲ビジネス」と「弾を売るビジネス」に例えて、新たな可能性を示唆した。


「建設業は、一度売ったらおしまいの『鉄砲ビジネス』なんです。1つ売ったら、なかなか次の機会はありません。だからこそ鉄砲の弾を売るビジネスは、生き残りの大きなチャンスになると思っています。当社が開発した建設業に特化したアプリケーションをサブスクリプション型で提供するビジネスモデルは、まさに『弾を売るビジネス』になるわけです。今、まさにその可能性を探っています」

ー業界全体の発展と自社の成長を両立させるアプローチは建設業界に新たな風を吹き込むかもしれない。技術革新と人材育成、そして業界への貢献。これらのバランスを取りながら、持続可能な成長を目指す後藤組の姿勢は、多くの企業にとって参考になるのではないだろうか。
ビズクロ編集部
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