他者と目標を立てあい、キャリアの可能性を広げる 多くの企業に支持されるワークショップ「タニモク」とは?

取材日:2023/05/24

パーソルキャリアは、自分の目標を他人に立ててもらうワークショップ「タニモク」を展開。2020年からは社内でも導入しているそうです。今回は、「タニモク」誕生のきっかけや効果などについて教えていただきました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 三石 原士さん

    三石 原士さん

    パーソルキャリア株式会社

    経営戦略本部/ミッション共創推進部

この事例のポイント

  1. コーチングの技術を活用し、メンバー同士でキャリアデザイン
  2. コミュニケーション不全の解消や働きがいの創出にも効果

「なぜ目標は1人で立てるのか?」逆転の発想でタニモクを考案

「タニモク」とはどのようなワークショップなのでしょうか?

三石:タニモクは、4人1組で「お互いの目標を立て合う」ワークショップです。よく誤解されるのは「他人に目標を決めてもらう」というもの。正しくはグループのメンバーから目標を提案してもらい、最終的には自分で半年後や1年後の目標を決めます。「みつけてもらおう、自分の活かし方」というキャッチコピーが付いているとおり、第三者の目線から自分の強みを見つけてもらえる点や、自分にはない視点から可能性を広げられる点が大きなメリットです。

このワークショップが生まれた発端は、当社のオウンドメディアで「こんなワークショップがあったら面白いのでは」という記事を書いたことでした。記事は反響を呼び、外部から「ぜひワークショップをしてほしい」という声を受けて2017年にイベントを開催。イベントは非常に好評で、口コミによって企業や教育機関などで活用されていきました。

そこで2018年には当社で本格的にプロジェクト化。2020年からはオンラインイベントも開催しています。

「お互いの目標を立てあう」という発想は、どのようにして生まれたのでしょうか?

三石:私はマーケティングや企画の仕事に長く携わってきましたが、企画をする際、自分1人の考えだけで決めることはほとんどありません。さまざまな人に「何かいいアイデアない?」と聞きながらアイデアをもらって、新たな発想が生まれていきます。皆さんも普段から当たり前に行っていることではないでしょうか。

しかし自分の目標や将来のことを考えるとなると、なぜか自分1人だけで立てようとしてしまいます。1人では視野が狭くなりますし、自分の強みは他者のほうが正しく分かることもあります。事業を企画するときのように、自分の目標も他者と一緒に考えることで可能性が広がるのではないかと思ったことから、タニモクを提案しました。

お互いにコーチングをし合える仕組みを構築

ワークショップの流れを教えていただけますか?

三石:タニモクの流れは以下のとおりです。

1.主人公(=目標を立ててもらうひと)が悩みやもやもやしていることをメンバーに話す
2.主人公の悩みに対してメンバーが質問をする
3.「私だったらこんな目標を立てる」とメンバーが主人公に提案をする
↓人数分のワークを終えた後
4.最後に自分の目標をそれぞれが自己決定する

実は主人公目線でいうと「話をじっくりと聞いてもらう」「質問や提案をしてもらう」「話をした内容を相手が承認し、客観的に目標や行動のアイデアを提案してもらう」「提案してもらった内容を参考にして自分で自己決定して行動に移す」という流れは、コーチングのプロセスと同じです。タニモクは、参加者が互いにコーチングをしている状態を作り出しているんです。

実際、コーチングの専門家からアドバイスをもらいながらマニュアルや進行用台本を作り込み、誰が開催しても一定の効果が得られるようにしています。

タニモクを会社内で行う際の注意点などはありますか?

三石:安心して本音で話せるように、グループのメンバーは他部署の人間同士にするなど、利害関係のないメンバーで行うようにするのが特徴です。

また、より効果的なワークショップにするために、以下の「4つのTIPS」を設定しています。

1.目標は数値化・詳細化しなくていい
2. 質問に重点を置く
3.仕事だけでなくプライベートの話もする
4.目標を提案する際は「私が〇〇さんだったら……」という枕詞を付ける

上司との面談のような堅苦しい場にならないよう、気軽に、そしてフラットに会話するためのルールとして設定しています。

また、たくさんの質問を受けることで内省するきっかけになりますので、質疑応答の時間を長く設けていますね。

ワークにおける心理的安全性の確保に注力されている印象を受けます。

三石:心理的安全性の確保については、とても意識しています。特に大事なのは、「私が〇〇さんだったら……」という枕詞を付けることです。

タニモクは、他者からの対話を通して多様な選択肢があることを知ったうえで、「自分で目標を決めること」が一番重要なポイントです。そして正解を求めるものでもありません。

しかし人生経験が豊富な方ほどときに「あなたはこうすべき」というような、自分の意見を押し付けてしまう言い方になりがちです。「こうすべき」と言われてしまうと、言われた本人のやる気も主体性も失われてしまいますので、「私が〇〇さんだったらこういう目標をたててみる、こんな行動をしてみる」という伝え方を徹底してもらっています。

タニモクの魅力について教えてください。

三石:自分で考えるよりも大きな目標にチャレンジしやすいというメリットがあります。自分で目標を考えようとすると、どうしてもリスクを避けようとする心理が働いてしまいます。一方で他人への提案だと大胆なことを言いやすくなりますので、可能性も広がるのではないかと思います。

また参加してくれた方々の声を聞くと、タニモクは「良い目標を立ててもらえた」というよりも、「真剣に自分の話を聞いてもらえた」という満足度の方が大きいようです。

会社での1on1では、上司の視点や会社都合でのアドバイスになってしまうことがあります。タニモクの場合は会社の都合に関係なく話せますし、否定せずに承認してもらえますので、気持ち良く本音で対話できるという魅力もありますね。

目標達成をサポートする「モクサポ」でモチベーションを維持

タニモク終了後は、皆さんスムーズに目標を達成できているのでしょうか?

三石:多くの企業で実践していただく中では、タニモクだけでは目標達成に至らない事例があることが分かりました。タニモクを実施していただいた他社さんのケースを検証したところ、モチベーションを維持するためのアフターフォローを必要とするケースもある、という結論に達したのです。

その理由は、どんなに良い目標を決めたとしても、タニモクに参加しなかった社員から「そんなことしなくていいよ」と後ろ向きな言葉を掛けられてしまうと、一気にやる気が失われてしまうというものです。また、1人では怠けてしまうという方もいて、ある程度のピアプレッシャー、つまり、いい意味での同調圧力が必要だと分かりました。 そこで目標達成をサポートするために「モクサポ」という制度を追加で構築しました。

モクサポとはどのような制度でしょうか?

三石:ワークをしたグループをチーム化し、コミュニティマネージャーを設置してチーム内でお互いの目標達成状況をシェアする取り組みです。

コミュニティマネージャーは、メンバーに対し、「こんなことやってみたら?」「この人を紹介するよ」など、おせっかい焼き屋さんのように目標達成をサポートしつつ、チーム内でそれぞれの目標進捗などの情報交換を活性化させる役割を担っています。

モクサポの実施方法についてはチームごとに任せていますが、ランチミーティングなどでフランクに目標を振り返るケースが多いですね。メンバーの達成状況を聞くことは刺激になり、モチベーションの維持につながっています。

目標達成のためには、タニモクとモクサポの両輪で行うことがポイントですね。

愛される秘訣は「簡単」「役立つ」「楽しい」「自慢できる」

タニモクはどれほどの企業に活用されてきたのでしょうか?

三石:タニモクはオープンソースとして公開しているため、正確な利用者数は把握できていないのですが、当社の調査によると、人事担当者の認知率は約21%。広く普及していることが分かっています。

そのほか心理的安全性AWARDやWORK DESIGN AWARDを受賞するなど、多くの方にタニモクを支持していただいていると実感しています。

タニモクが多くの方に愛されるワークショップとなった秘訣はありますか?

三石:私はワークショップを構築する際、「簡単」「役に立つ」「楽しい」「自慢できる」の4点を重視しています。

ルールが簡単かつ自分の人生や業務に役立つのはもちろん、資料のデザインもポップにするなど、自発的に「やってみたいな」と思ってもらえるように工夫しています。気軽に参加できることを意識しているため、参加を強制したり、堅苦しい成果報告を設けたりすることもしません。

そして実は「自慢できる」という点が大事なポイントです。自分の強みを教えてもらったり、素敵な提案をしてもらうと、「私はこんな目標を立ててもらったんだ」と自慢したくなり、モチベーションの向上にもつながります。

特にオフラインでのタニモクでは、紙に目標を書いて提案し合うのですが、最後は自分に向けて書かれた紙がプレゼントされます。なかには、その紙を自宅の壁に貼って仕事の励みにしている方もいますね。

リモートワークによる組織課題解決にタニモクが一役

タニモクは御社でも導入しているそうですね。

三石:もともとは社外向けとして行っていたのですが、新型コロナウイルス禍の2020年、当社でも導入しました。

多くの企業さんと同じように、当社でもリモートワークによって社員のつながりが希薄になるという課題がありました。特に新卒や中途入社の方は、誰に相談したらよいのかも分からないまま一人で悩み、なかには退職を決断する方も。部下をサポートするために1on1やコーチングを強化しようとしたのですが、そうすると中間管理職の負担がどんどん増えていきます。社員の孤独と中間管理職の工数ひっ迫が組織課題としてありました。

解決策を考えた際、タニモクならば社員同士のコミュニケーションにもなるし、互いにコーチングをして自立をサポートできると思い、社内での導入を決めました。

タニモク導入の効果はいかがですか?

三石:タニモクでのコミュニケーションは、社員の働きがい創出につながっています。 たとえば、コロナ禍に入社して広島に配属された新入社員がいたのですが、同じ職場には同期もいなく、仕事のやりがいを見つけられずにいたそうです。あるときオンラインでタニモクに参加した際「私が今のあなたなら、社内の新人賞を目指す」という提案を受けました。そこで「地方配属の私でも新人賞を目指していいんだ」と、まさに目から鱗だったようです。

その後は上司に「私は新人賞をとります」と宣言。仕事の取り組み方が変わり、実際に新人賞を獲得しました。その後は人事に異動。タニモクのファシリテーターを務めるなど、活躍の場を広げています。

タニモクで提案を受けたことによって、自分の可能性が広がったのですね。

三石:そうですね 。 また「背中を押された」という声もよく聞きます。営業職の社員のなかに、漠然と「企画職をやってみたい」と考えていた方がいました。タニモクの場で提案してもらった内容は、以前に自分でも考えたことがある目標だったようで、実際に行動を起こす勇気になったそうです。

実は私も元々、人前に出て話すのが苦手でした。しかし仲間から「私だったらタニモクのファシリテーターをやる」と提案してもらったことがきっかけで、タニモクのワークショップを開催したという経緯があります。

やはり自分の可能性は、自分では気付きにくいものです。上司に限らず、さまざまな立場の方から提案をしてもらうことで、新たな可能性が広がっていくと思いますね。

御社ではタニモクをどのようなタイミングで開催しているのでしょうか?

三石:現在は入社時や各部署のキックオフイベント、女性向けダイバーシティ研修などで活用しています。

なかでもダイバーシティ向けのタニモクでは内容をアレンジし、より個人の価値観や考えを言語化できるワークにしています。

職場での上司と部下との対話は、気持ちや感情まで拾い切れていないのが現状です。どうしても「今月の業績はこうだった」というような、「事象」に対する振り返りになりがち。しかしそれでは、本人がどのような気持ちを抱えているのか、何に悩んでいるのかまでアプローチできません。

ダイバーシティ向けのタニモクは、「こういうことを悩んでいるなら、あなたはこんな価値観を大事にしてるのではないか」と相手の感情やパーソナルな部分をより深く探っていきます。そのうえで目標提案を行うことで、腹落ちもしやすくなっています。

タニモクで「未来への対話」を増やしてほしい

日本社会において、現在の組織にはどのような課題があると考えますか?

三石:コロナ禍の影響もあり、社内のコミュニケーション不全を課題に抱えている企業さんは多いのではないでしょうか。社員同士のコミュニケーションが減ると、事業として新たなアイデアも生まれにくくなってしまいます。

最近は組織改革として1on1を強化している企業さんも増えていますが、これだけでは縦関係ばかりが強化されて、チームとしての関係性はむしろ悪化してしまうといったデータもあるんです。もちろん1on1 も大事なのですが、それと同時にメンバーが均等にコミュニケーションを取れる関係作りが大切だと思います。

今後、タニモクをどのように活用していきたいですか?

三石:1回きりのキャリアの棚卸しでは、過去の振り返りで終わってしまいますが、タニモクを複数回行うことで、半年後、1年後などに向けた「未来の対話」が増えます。自分の強みや経験、価値観を大事にしながら選択肢を増やし、社員それぞれが生き生きと活躍できる環境を作っていきたいと思います。

スキルも経験もあるのに、組織で活かされていない人材はまだまだ多く存在していると感じています。自分の強みが発揮できていないと仕事も面白くありません。個人を活かしながら縦横斜めのつながりを形成し、網目のように連携できる、強い組織を目指していきたいです。

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