複雑化する地域課題解決の鍵は民間との協働 「一緒に働きたい」と思われる自治体になる秘策

取材日:2023/04/25

長野県塩尻市では、市外の人材と職員が一緒に地域課題の解決に取り組んでいます。中には、これまで同市とは縁もゆかりもなかった人が、プロジェクトをきっかけに熱量高く地域の発展に奔走しているケースも。多くの人材を惹きつけてやまない、チャレンジングな取り組みについてお話を伺いました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 古畑久哉さん

    古畑久哉さん

    塩尻市産業振興事業部

    部長

  • 横山暁一さん

    横山暁一さん

    NPO法人MEGURU

    代表理事

  • 三枝大祐さん

    三枝大祐さん

    一般財団法人塩尻市振興公社

    シニアマネージャー

この事例のポイント

  1. 民間企業・人材との協働で職員の意識改革を実現
  2. 市民のニーズの多様化・専門化に合わせ外部の人材を活用
  3. バックキャストで課題を抽出、必要なリソースを定義し人材を募集

民間企業のスピード感や当事者意識が職員を変えた

塩尻市では、民間企業や個人と一緒に市の課題解決に取り組んでいます。いつ頃から取り組まれているのでしょうか?

古畑:当市は、2015年から2023年までを計画期間とする「第五次塩尻市総合計画」を策定する過程で、民間の持つ機能を最大限活用し、行政経営の効率化と効果向上の両立を推進すると決めました。
外部の人材やリソースを活用し、地域のあらゆる課題を解決していく姿勢を打ち出し、さらに「地域課題を自ら解決できる『人』と『場』の基盤づくり」というプロジェクトの展開も盛り込んだ形です。

また、総合計画は3つの中期戦略から成り、第一期中期戦略期間中である2016年には、民間企業とともに「MICHIKARA(地方創生協働リーダーシッププログラム)」を開始しました。

このプログラムでは、ソフトバンク株式会社と株式会社リクルートといった民間企業と塩尻市の職員がチームを組み、市の課題について1カ月、基本的にリモートでの議論やフィールドワークを重ね解決策を検討しました。そして、プログラムの最終日には、民間企業の皆さんに当市に来ていただき、小口利幸市長(当時)に提案をプレゼンするというものです。全6回、5年間にわたって実施しました。

成果はいかがでしたか?

古畑:最も大きな成果として、市の職員が民間企業の当事者意識やスピード感に触れて、意識改革やスキルアップなどの人材育成につながった点が挙げられます。

解決策を考えるにあたっても、本質的な課題の構造化やリサーチの手法、事業の組み立て方に関する学びは大きかったですし、単にプレゼン資料の作り方にしても、勉強になる点はたくさんありました。

民間との交流が、行政にプラス効果を生み出すと実感したのですね。

古畑:この経験を活かし、2017年に策定し、2018年から2020年までを実施期間とする第二期中期戦略では、プロジェクトの中に「新たな課題解決の仕組みの創造」が盛り込まれました。

具体的には、多様な知的資源が集積し、地域・社会の課題の解決につながる新しい事業やビジネスを持続的に創り出すイノベーションの場の創出を目指すものです。

その後、2018年にシビック・イノベーション拠点として「スナバ」を開設。ここは、地域の人たちが、自分たちが抱える疑問や課題を持ち寄り一緒に解決する場であり、地域課題を解決する際、その一端を地域の人が担えるのではないかと仮説を立てたため、開設に至りました。現在は、市の職員や地域おこし協力隊などがコーディネーターとなり、さまざまなプログラムを進めています。

外部人材に求められるのは地域に溶け込める人柄

第二期中期戦略の実施期間中に行った取り組みを教えてください。

古畑:地域の課題を解決しつつ関係人口を増やすため、当市の「特任CMO(最高マーケティング責任者)」と「特任CHRO(最高人事責任者)」を、ハイクラス人材募集のプラットフォームを利用して募集しました。条件は、副業限定、リモートワーク、契約期間は3ヶ月です。すると、予想を上回る100名以上の方にご応募していただき、塩尻市と縁のある方だけにとどまらず、多くの方に関心を持っていただけました。

その後も「特任CxO」として、外部のプロフェッショナル人材が担う役職を拡大。地場産業のPRや販路開拓などの分野でも、副業として当市で働きたいと意欲を持つ人材と出会うことができ、共にプロジェクトを進めてきました。

個人と協働する場合、相手の能力が未知数であり、市が期待する成果を残してくれるのか不安はありませんでしたか?

古畑:実は塩尻市には、チャレンジできる風土があるんです。小口市長(当時)は「まずはチャレンジしてみて、ダメだったら俺が謝りに行く」というスタンスを大事にしていました。もちろん事業としての一定の成果は目指しますが、まずはチャレンジする姿勢を後押ししてくれたのは大きかったです。

では、応募者の選考基準は何ですか?

古畑:最終的には熱い想いを持っているかどうかですね。

「特任CxO」を選ぶ際は、書類選考時に当市で成し遂げたい事柄を明確に記載してもらいました。書類選考時に「ビジョンの提示」というハードルを設けた結果、軽い気持ちで応募したりお金が目当てだったりする人はふるい落とされたと思います。そのうえで、面接では、人柄や熱量を見極めました。

三枝:十分なスキルセットは前提条件ではありますが、「協働」する以上は、人柄も大事です。大企業が副業で働く人材を採用するのとは違い、市で募集した人材は地域の中に入っていくわけですから地域になじめるかどうかも重要ですよね。

人選ミスは、地域のみなさんからの我々への信用にも影響します。そのため、採用は多角的な判断ができるよう、かなり慎重に仕組みを整えました。

人材募集にあたっては「仕様書=ラブレター」と心得て作成

副業で自治体と一緒に働きたいと考える外部人材は、どのような層でしょうか?

横山:首都圏にいながら、ほかの地域に関わってみたいと考えている人材は、年齢層によって、目的や背景が異なると考えています。

1つ目は、自分の経験を会社とは異なる分野で社会に還元したいと考えている40~50代のビジネスパーソンです。「特任CxO」に応募された方は、この層が多いですね。

2つ目は、もう少し若い層です。大企業で細分化された仕事の一部を担う中で、自分自身の成長をなかなか実感できず、新たな経験を積んだり、違う分野に挑戦してみたいと考えている人が多く見られます。

数多くの市区町村がある中で、外部人材から「塩尻市と一緒に働きたい」と思ってもらえた理由は何だと考えていますか?

古畑:職員の人柄だと思います。熱意とやる気があったためでしょう。行政の職員は杓子定規な対応をしがちと思われていますが、そうした対応をせず、相手のニーズにしっかりと耳を傾ける姿勢もあったからではないでしょうか。

三枝:古畑が熱意を挙げていましたが、「仕事だからやる」のではなく、職員一人ひとりが自分の中にある課題を解決したい理由を深掘りし、相手に伝わるように言語化をしていく。それができたからこそ、民間の人材が集まってきてくれたのだと思います。

外部人材と協働するうえで、これまでの経験から学んだポイントはありますか?

三枝:「MICHIKARA」で学んだのは、職員がビジョンを持つ大切さです。民間の人材側からすると、「なぜ自分がこのプロジェクトに関わらなければいけないのか」「自分の経験やスキルを本当に活かせるだろうか」「参画して自分も地域のワクワクできる未来をつくれるだろうか」を考えています。

それに対し職員が、バックキャスト思考で、地域のありたい未来から課題を抽出し、その課題を解決するにはどんなスキルや機能を持ったリソースが必要なのかを定義すれば、民間の人材は自分たちが関わる意義を見出せます。

横山:当市では、プロジェクトを実施する際、仕様書を作成しています。仕様書には課題、ありたい姿、外部人材に求める力やスキルを記載します。この仕様書があったおかげで、職員と外部人材が同じ目線に立ち、ゴールをしっかりと言語化・共有できるので協働できていると思います。

三枝:私は仕様書作成研修の講師も担当しているのですが、そこでは仕様書はラブレターだとお伝えしています。「この地域にはあなたが必要だから一緒に仕事がしたい」。そんな感情を込めつつ、その気持ちを言語化して作成した結果、人を惹きつける仕様書になる。その気持ちに惹きつけられた人とは、仕事が終わっても関係は続いていくと考えています。

ニーズの多様化・専門化で外部との役割分担は必須

外部の人材や地域の人材を活用するうえでの課題は何ですか?

古畑:行政の一番のリスクは、事業の継続性です。人材活用の分野は、10年20年単位で活動していかなければなりません。にもかかわらず、担当者が異動したり、首長が変わったりすれば、急に事業が終わってしまうリスクがあります。そうした中、地域おこし協力隊で当市で働いていた横山がNPO法人を立ち上げ、人材活用における課題解決に乗り出してくれたのはうれしかったですね。

横山:私は地域おこし協力隊として3年間塩尻市で働き、「特任CxO」のプロジェクトなどに関わってきました。その中で感じたのは、地域に根付いた人材事業は継続されなければ意味がないということです。塩尻市には意欲のある職員がたくさんいますが、異動や予算削減で事業が続けられなくなる可能性は避けられません。行政の外に専門性を持つ人が集まった中間支援組織をつくる必要性を感じ、NPO法人MEGURUを立ち上げました。

NPO法人MEGURUはどんな活動をしているのですか?

横山:地域の人材課題を解決するのが目的で、いわば塩尻市全体の「人事部」を目指しています。地域における人の課題は、中小企業の人材確保、中核を担う人材の育成、学生のキャリア教育、女性・障がい者、シニアの就労など多岐に渡ります。

例えば、市役所と商工会議所は、それぞれに事業を推進していますが、連携した方が有益な事業もあるはずです。そこで各機関と連携し実働の部分を担うのが、当法人です。

古畑:昔は行政が担う範囲はある程度決まっていましたが、時代の変化により、市民のニーズは多様化・専門化してきています。財源面でもリソース面でも、すべてを行政の職員が解決できるわけではありません。ですから、行政と民間の役割分担は必要だと感じています。

横山のように、当市で働いた人が課題解決の担い手となってくれることはありがたいですし、職員だけでは拾いきれない地域の課題を、中間支援組織がサポートしてくれる体制の構築は、地域にとっても非常に有益だと思っています。

関係人口数や実証事業数の増加を目指し取り組み進める

現在は第三期中期戦略の実施期間ですが、どのような施策を進めていますか?

古畑:関係人口に関しては、KPIとして「副業等により課題解決事業に関わった関係人口数」を2023年度までの3年間で累計45人に増やすことを目指しています。実現するための施策の1つとして、オンラインサロンや副業を通じた関係人口プラットフォームの構築を進めています。

一方、2021年には、官民連携推進課を立ち上げました。同課のミッションは「行政のみでは解決できない地域の本質的な課題に対し、都市部の企業やプロ人材、地域人材の民間リソースを活用し、課題解決に資する社会機能を実装する」です。現在は、組織変更により、先端産業振興室とし、官民共創による実証事業数を2023年度までに4件まで増やすことを目的に活動しています。

実証事業として、どんな事業を進めていますか?

古畑:例えば、「塩尻MaaSプロジェクト」を進めています。免許を返納された方や観光客の移動手段の確保など、移動に対するニーズが高まる一方でさまざまな課題が明らかになり、より暮らしが便利になる公共交通を実現すべく、2020年に開始しました。

具体的な取り組みとしては、自動運転やAI活用型オンデマンドバス「のるーと しおじり」の実証実験など、モビリティに関連した各種サービス構築を進めています。

このプロジェクトは、当市の地方創生プロジェクトの1つである「KADO」をきっかけとして生まれました。「KADO」は、働く意欲はあっても、時間的な制約などから、就労が難しかった人材に好きな時間に好きなだけ働ける機会を提供する仕組みです。

「KADO」は、公設のクラウドソーシングのようなもので、具体的には、塩尻市振興公社が窓口となり、自治体や企業から依頼された案件を、KADOの登録者にアウトソーシングするという業務形態になっています。

このKADOにおいて、自動運転に用いる高精度3次元地図の製作を受注したことをきっかけとして、2019年に自動運転技術の実用化に向けた包括連携協定を締結、各種実証事業を開始した、という流れです。

各プロジェクトで生まれた民間との関係が、新たな形で結実しているのですね。最後に、今後の展望をお聞かせください。

古畑:今後も市民の皆さんに便利だと感じていただけるようなサービス提供に努めていきたいです。提供に至る過程において、職員も市民も外部人材も一緒に協働できるのが理想の町だと思います。

外部人材と協働するプロセスを通じ、見習うべき点は見習い、職員のスキルアップが促されることも期待しています。ただ、地域によって実情は異なりますので、民間のやり方をそのまま受け入れるのではなく、現状に合わせてカスタマイズできる力も職員には身につけてほしいと考えています。

次に読みたいおすすめ事例

ビズクロ編集部
「ビズクロ」は、経営改善を実現する総合支援メディアです。ユーザーの皆さまにとって有意義なビジネスの情報やコンテンツの発信を継続的におこなっていきます。