運輸業界の働き方を変えたダイバーシティ経営 「運輸業=男性の職業」を打破し、誰もが健康に働ける組織へ

取材日:2023/07/05

大橋運輸株式会社は、法人向け輸送サービスから個人向け生前整理・遺品整理サービスまで幅広く事業を展開する運輸会社です。男性社会というイメージを抱かれがちな運輸業界においていち早くダイバーシティ経営を展開し、女性や高齢者、外国人、障害者など幅広い人材が活躍の幅を広げています。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 部坂菜津子さん

    部坂菜津子さん

    大橋運輸株式会社

    総務課CSV・ダイバーシティ推進室

この事例のポイント

  1. 正社員の短時間勤務を可能にし、女性や高齢者からの応募が増加
  2. 専属の管理栄養士による指導で社員の健康意識を向上

短時間勤務を可能にしたことで、人材の幅が広がった

御社では、働き方に対してどのような課題があったのでしょうか。

部坂:運輸業はどの業界よりも早く人手不足に直面していた業界であり、人材確保が急務となっていました。その一方、「運輸業界=男性の職業」というバイアスが人材確保を阻んでいたのです。

ドライバーは長時間の運転が求められるため、肉体的な理由から男性の割合が多い職業であるのは事実です。しかしながら、ドライバー以外の職種であっても男性がほとんど。男性ドライバーが歳を重ねるにつれて管理職になり、組織づくりも男性目線で進んでいく、というサイクルから抜け出せずにいました。

業界内の競争も激化するなか、「このままの体制では生き残れない」という危機感が当社のなかにあったと思います。人材確保はもちろんですが、これからは「さまざまな視点での付加価値を提供できる人材」が必要だと感じ、ダイバーシティ経営をはじめとする働き方改革に着手しました。

具体的な取り組み内容をお聞かせください。

部坂:まずは採用の門戸を広げることを目的に、週3日1日4時間勤務を可能とする、短時間パート社員の雇用を始めました。短時間勤務を可能としたことで、子育て中の女性からの応募も増え、女性社員の割合が一気に増えていきましたね。現在は全社員94名中、女性は20名に及びます。

女性社員が増えたことで働き方に柔軟性が生まれ、社内に新たな風が吹くようになりました。次第に外国人採用や障害者雇用も進み、現在は、8人の海外メンバーが在籍しているほか、障害者雇用率は3.52%です。

高齢者の方も活躍しており、男性社会といわれてきた運輸業に多様性が芽生え始めました。「できないことではなく、できることに目を向ける」を意識し、あらゆる社員が働きやすい環境になるよう整備しています。

「女性には無理」の偏見をはねのけ、女性管理職比率6割達成

人材が多様化していくなかで、元々在籍していた男性社員の方からはどのような反応がありましたか?

部坂:最初は思い込みや偏見によるマイナスな意見も多かったと聞きます。特に当社初となる女性課長が就任する際、「彼女は、本当はやりたくないのではないか?」「女性に管理職はできないのではないか」という声が上がったようです。しかしその点については社長が「必ずできる」と熱く訴えたことで徐々に理解が広まり、現在の体制が構築されました。

現在、女性役員は2名、女性管理職は3名になりました。管理職のなかでの女性比率は約6割に到達。そのほかリーダークラスには外国人の社員もいます。

管理職の人材も多様化しているのですね。管理職が多様化したことによって、どのようなメリットがありましたか?

部坂:女性が管理職にも就いたことを機に、育児休暇の取得を会社として積極的に推し進めるようになりました。ちょうどその頃、奥さんが出産を控えた男性社員がいました。男性社員としては育児休暇を取得するつもりはなかったようですが、「家庭をサポートしたほうがいい」と、会社側から育児休暇の取得を推奨。結果として、その後は男性社員も育児休暇が取得しやすくなりましたね。

また管理職が多様化することで、 社員の個性や能力を成長させたり、適正に評価するための“引き出し”も増えると感じています。社員の力を引き出すのは管理職の重要な役目です。さまざまな個性を持つ社員に活躍してもらうためにも、引き続き管理職の多様化に注力したいと思います。

ダイバーシティ経営で顧客満足度が向上、事業の可能性も拡大

ダイバーシティ経営を行ってみて、良かったと感じる点はありますか?

部坂:まずは業務改善が進みました。たとえば社内で整理整頓をする際も、誰にでも使いやすいよう高さを調整したり、分かりやすい配置にしたりと、仕事がしやすい環境が整ってきましたね。

またコミュニケーションが得意な女性社員や高齢の社員がいることで、サービスの品質向上にもつながったと感じています。当社ではBtoC事業として遺品整理・生前整理のサービスを展開しています。しかしプライバシーに関わるものでもあるため、勝手に家の物に触れられることに抵抗を感じるお客様も多くいらっしゃいました。お客様に寄り添って対話をしながら業務ができる人材の需要があったなか、女性スタッフが増えたことでニーズを満たすことができました。多様な人材がいることで、会社としての可能性が広がってきたと感じています。

採用面での影響はいかがですか?

部坂:ダイバーシティ経営をはじめとした働き方施策を開始した2011年は、年間求人者数が約40名ほどでした。そこから年々増加し、2020年には約140名に。さまざまな応募者のなかから、業務への適性はもちろん、当社の理念に添った人材を選べるようになったのは大きな成果です。

さらに人材の幅を広めるため、オープンポストも設置。本業があるけど業務委託として当社の仕事を手伝ってくれる方、まだ離職はしていないけど転職先を考えている方などに、気軽に問い合わせをしてほしいという狙いがあります。オープンポストでは職種を定めずに募集をするため、こちらが予測していなかったスキルや個性を持った方が来てくれます。組織に新しい価値が生まれるきっかけになっていますね。

人材が多様化することで、マネジメント面での大変さはありませんか?

部坂:ダイバーシティ人材だから大変ということはないのですが、個々に合わせた働き方や職場環境づくりをするためにマネジメントが複雑化してしまう部分はあります。

したがって、勤務管理をタイムカードから指紋認証管理にするなど、個々の勤務体系に応じて業務のデジタル化を進めています。同時に社内のワークシェアにも着手。業務内容を可視化できる一覧表を作成したり、マニュアルを作ったりと、誰かが休んでも周りがサポートできる体制を整えています。

管理栄養士のパーソナル指導で社内の肥満率が39%→18%に!

健康経営にも力を入れているとお聞きしました。詳しく教えていただけますか?

部坂:年金の受給が60歳から65歳に伸び、60歳を過ぎてからも現役で働くことが当たり前の時代となりました。しかしドライバーは、ドライバー以外のキャリアパスが難しいという現実があります。長時間の運転は体力が必要であり、ドライバーとして働き続けるためには健康が大切です。そこで、社員の健康状態を向上させる施策を積極的に取り入れています。

代表的な取り組みは管理栄養士による食事・生活指導です。2018年に管理栄養士を雇い、専属部署を設立。「治療より予防」の考えを社内に広めることを目的に、健康施策を展開してもらっています。

管理栄養士の方の具体的な業務を教えてください。

部坂:たとえば、LINEを活用して健康に関する情報発信をしたり、個々の健康診断の結果を分析してアドバイスしたりしています。また、社員から日々の食事内容を写真で送ってもらい、個別に指導するなど、まるでパーソナルトレーナーのような存在ですね。現在は、社員の9割以上が、そのようなやり取りのできる社内LINEに登録しています。

食事や生活指導を受けたことによる効果は実感していますか?

部坂:効果は大きいと感じています。特に顕著だったのは肥満率が大幅に減少したことです。2019年には肥満である社員の割合が39%だったのに対し、2021年には18%と半分以下に。また気軽に健康情報が聞けるのもありがたいですね。「病院に行くほどではないけれど、少し調子が悪い」という時も、よく相談に乗っていただいています。

当社で雇っている管理栄養士は、中国で医学を学んだ経験を持つ方で、医学知識にも精通しており、非常に頼りになる存在です。最近では精神保健福祉士の方も仲間に加わったため、今後はメンタルヘルスの面からもアプローチができたらと思っています。

旬の野菜配布や趣味補助金で社員の“ライフ”を充実

ほかに健康経営としての取り組みはありますか?

部坂:健康を意識してもらうための取り組みとして、年に6回ほど、社員に旬の野菜を配布しています。以前は、自身の健康維持のために使ってほしいという狙いで現金を支給していました。ところが、健康に関係のない趣味や娯楽などの用途に使用されてしまうケースがあったため、健康に直結する「食」に絞った補助をしています。

野菜の配布とは面白い取り組みですね。

部坂:今の時期だとサクランボなどが配布されるのですが、普段自分では買わないような果物や野菜がもらえるので、社員としてもわくわくした気持ちになりますね。

このほかに社員に人気の取り組みとして「趣味応援企画」というものがあります。こちらは、社員の趣味にかかるお金を1万円〜10万円の範囲で補助する制度です。当社では 「仕事も人生も楽しく」をモットーにしており、プライベートを充実してさせてほしいという願いから始まりました。

趣味というと、どのようなものでもよいのでしょうか?

部坂:はい。何でも大丈夫です。過去には、釣りやドローン、パーソナルカラー診断、ギター教室など、さまざまありました。ただし、希望したら誰でも補助を受けられる、というわけではありません。熱意のある方に活用してほしいと思っているため、申請書類に趣味に対する思いや目的などをしっかり書いてもらい、社内審査を経て採用しています。

プライベートが充実したり、趣味をきっかけに社員同士の会話が増えたことで、社内の雰囲気も明るくなったと感じています。

健康経営でドライバーの安全管理意識も向上した

社員の方の健康に対する意識は変化しましたか?

部坂:健康施策を始めた当初は、「健康」という長期的な目標になかなか向き合ってもらえませんでした。「なぜ会社が野菜なんかを配るんだ」と理解を得られなかったこともあります。

ただ、人間誰しも体の不調を感じたりすることはありますよね。そういった時に、改めて健康維持の大切さを実感するなど、会社の健康に対するさまざまな取り組みへの理解も少しずつ得られるようになりました。

当社では「現役時代に良い健康習慣を身に付け、定年後も健康で暮らす」という健康経営理念を設定しているのですが、この言葉通り、健康は習慣がとても大切です。1日や2日で成果が出るものではありません。会社での取り組みを通じて、良い健康習慣を身に付けてほしいと思います。

健康経営を行ったことで、事業面にもメリットはありましたか?

部坂:社員の健康施策に力を入れるようになってから、安全運転を評価されるAランクドライバーの割合が増えました。2015年はAランクドライバーが53%だったのに対し、2021年には100%を達成。達成した理由としては、健康面が改善されたことでメンタル面も良くなったことが挙げられると思います。長時間トラックを操作するドライバーにとって、健全なメンタリティの維持はとても大切です。健康面、安全面ともに良い影響が出ていると感じています。

また当社の健康施策が評価され、2017年から毎年、国から「健康経営優良法人」の認定を受けています。認定を受けたことで、他社さんや求職者の方からの問い合わせが増えたり、取引先からの評価が高まった点もメリットだと感じています。

地域の健康寿命を伸ばす鍵は中小企業にあり

社内にとどまらず、地域でも健康に関する活動を展開しているようですね。

部坂:当社がある愛知県瀬戸市は高齢化率が非常に高い地域です。「社内で蓄積した健康のノウハウを地域にも活かせないか」という思いから展開しました。具体的には、管理栄養士が地域の皆様から栄養相談を受ける場を設置したり、一緒に運動や折り紙をしたりしています。私たちはBtoC事業を展開しているため、地域の皆様に会社を知ってもらうきっかけにもなっていますね。

地域の健康寿命を延ばすためには、中小企業の働きかけが不可欠だと思っています。現在は官民連携で健康に関するセミナーを開催するなど、さらに活動の幅を広げています。

社員の個性を発揮できる職場づくりを続けていきたい

これからさらにダイバーシティ経営や健康経営を進めていくうえで、課題はありますか?

部坂:今後は社員の評価制度の構築に力を入れていかなければならないと感じています。当社が社員の評価をする際に着目していることは、その人にとっての自己ベストかどうか。現在も、1人の上司に評価を委ねるのではなく、役員層、管理者層、リーダー層など複数人の目線から適正な評価をするよう心掛けています。しかしながら、どうしても評価基準が曖昧になってしまうのが現状です。ダイバーシティ経営から次のステップにいくためにも、評価制度の整備は必要と考えています。

最後に、今後の展望を教えてください。

部坂:当社の人事理念は「社員をはぐくみ、付加価値を提供できる人材を蓄える」です。現在はダイバーシティ経営や健康経営の取り組みによって、さまざまな人材が働きやすい土台ができた段階。今後は「付加価値を提供できる人材を蓄える」という部分に注力し、さらに社員一人ひとりの個性が発揮できて、顧客満足度向上やサービス品質の向上につなげていけるような取り組みを展開できたらと思います。

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