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新卒社員が5日間の1人旅、研修の目的とは ユニークな人材育成の背景に「職場風土を変える」トップの意識

取材日:2024/04/24

主にパナソニック製品の卸売事業を主体とする山陰パナソニック株式会社。新卒社員の1人旅研修や「変人類学プロジェクト」など、ユニークな取り組みが注目を集めています。その内容、背景にある「職場風土を変える」という思いについて、お話を伺いました。※本文内、一部敬称略

お話を伺った人

  • 船井亜由美さん

    船井亜由美さん

    山陰パナソニック株式会社

    総務センター人事グループ兼ブランディング担当

  • 宇森茜さん

    宇森茜さん

    山陰パナソニック株式会社

    総務センター人事グループ

この事例のポイント

  1. 新卒社員を対象に、青春18きっぷを使った1人旅研修を実施
  2. 社長の鞄持ち、変人類学プロジェクトなど独自の人材育成
  3. 背景にあるトップの危機感と、「職場風土を変える」という思い

一人旅をする新卒研修、「サンパナジャーニー」の目的は?

最初に、「青春18きっぷ(※)」を活用した新入社員研修について、概要を教えていただけますか。

船井:この研修は青春18きっぷを使って全ての新卒社員に一人旅を経験してもらうというもので、名称は「サンパナジャーニー」です。当社では、入社3年目までの社員を対象にした研修プログラムを組んでおり、この研修も、そのうちの1つに位置づけ実施しています。毎年、配属が決まる10月1日から計画づくりに着手し、新卒社員たちが「宿泊費含めて予算は1日1万円」、「SNSを使って旅の記録を伝える」など、いくつかのルールのもと、旅をするんです。2022年度から開始し、今年で3回目になります。

※JR全線の普通列車の自由席が5回乗り放題となる乗車券

ユニークな研修ですね。どのようなきっかけでこの研修が始まったのですか?

船井:発案したのは、当社の社長です。採用面接や内定者との懇談などで、社長が「何か質問はありますか?」と彼らに聞くと、決まって「社会人になるまでに何かやっておくべきことはありますか?」と質問されるらしいんですね。そのときにいつも「経験を積むために旅でもしてきたらどうでしょう」と社長が答えていたことから、旅を実際に研修に取り入れたらどうだろうと考えたのが最初のきっかけです。

具体的には、どのような目的のもと、この研修を企画したのでしょうか。

船井:非日常の旅を通じていろいろな経験をすることで、社員が知らなかった本当の自分に気づいたり、成長したりすることが目的です。この研修で、何か定量的なものや目先の成果を得られるとは思っていないのですが、数値で測れない多くものを得られるはずと思い実施しています。

実は私自身、青春18きっぷで一人旅をしたことがあるんです。その旅で多くの経験をし、その時の思い出や印象は今でも胸に残っています。

例えば、どこに泊まり何を食べ、何をするのか。限られた予算の中では、自分の旅の目的や優先度を考えて計画を立てなければ、すぐに行き詰ってしまいます。その時は、なるべくインターネット検索に頼らず、その土地の人たちに聞く・話す、を心がけて旅をしたので、地元の人と話したからこそ知ることもたくさんありました。

サンパナジャーニーに参加するのは、新卒社員なので、経験不足や知識不足から、旅の途中で失敗や予想外のトラブルに見舞われることも多々ありますが、そうした経験から得られる計画力や対応力は、仕事にもプラスに働くと考えています。

また、この研修で得られる一番大きなものは「旅をちゃんと最後まで1人でやりきった」という達成感ではないかと思うんです。まだ仕事を任せられる機会がない新入社員にとって、一つのことを自分の力で完結させるというのは、得難い経験です。ちゃんと旅を終えたということが一つの自信になって、その後の社会人生活における何かの形につながっていくのではないかと考えています。

ありがとうございます。宇森さんは、このサンパナジャーニー実施の最初の年、2022年度入社と伺っています。最初にこの研修について聞いたときは、どのように感じましたか。

宇森:「正直...行きたくない」というのが最初に聞いたときの率直な感想でした(笑)。私は高校を卒業してすぐに入社して、そもそも電車に乗ったこと自体、人生で数える程しかなかったんです。しかも、誰かと一緒にしか乗ったことがないのに、その電車で一人旅をするなんてとんでもないと思いました。親も心配して「行かせられない」と最初は言っていて、寂しいし、緊張するし、どうしようという不安ばかりでした。

電車もほとんど乗ったことがないのにいきなり一人旅は、確かにハードルが高いですね。実際に旅をしてみて、どうでしたか。何か印象に残った出来事はありますか。

宇森:私は出雲を出発して、広島、大阪、京都、岡山に行き、岡山から出雲にもどるというコースにしました。予算が足りなくて途中コンビニのおにぎりで我慢するなど苦労もありましたが、最終的には、すごく楽しい旅になりましたね。

特に、印象に残っているのは、旅の途中で出会った人たちとの触れ合いです。一日10人以上と話すというルールがあったので、広島から大阪に行く電車を待っているときに、年配の2人組の女性に思いきって話しかけてみたんです。そしたら、偶然にも青春18きっぷで旅をしている方たちで、すっかり意気投合してしまって。

地図を広げてお互いのルートを話したり、お菓子をもらったり、大阪までの道のりを楽しく過ごすことができました。自分から知らない人に声をかけるなんて、絶対に自分にはできないと思っていたのですが、実際に話しかけてみると、皆さん快く対応してくださったので、楽しい思い出をたくさん作ることができました。

特にトラブルなどはなく無事に終えることができたんですか?

宇森:いえ...(苦笑)。最終日が大雪だったので、電車が大幅に遅れたうえに、岡山から出雲まで電車で帰る途中、寝落ちしてしまい、乗り換えの駅を乗り過ごしてしまったんです。目が覚めて、なんだか電車が反対方向に進むなと思ったら、折り返して来た方向へ戻っている最中でした。

慌てて電車を降りたら、そこは、バス停のような小さな無人駅で...。周辺に家もなく、マイナス5度の雪の中、1時間以上も次の電車を屋根しかないホームで待ち続けることになったんです。あまりに心細かったので、その間は、船井さんとずっと電話をしながら、一緒に待ってもらいました。結局、電車が来ても米子までしか戻ることができず、そこまで父に車で迎えに来てもらい、無事に帰宅することができました。

大変でしたね。それでも、結果として、行ってよかった、楽しい旅だった、と。

宇森:そうですね、大変なこともありましたが、本当に行ってよかったと強く感じています。それまで、自分一人で外食することもできないほど、一人での行動が苦手だったのですが、一人旅をやり切ったことが自分の中で自信になっていて、今では、やりたいことは、一人でもどんどん挑戦できるようになりました。

ちなみに、親御さんは帰った時に何かおっしゃっていましたか。

宇森:やはり最終日はすごく心配したみたいです。家についたら、やっと帰ってきた、と安心していました。もちろん帰った直後は、旅での経験をたくさん話しましたが、今でも、あの時行ってよかったねという話を時々するくらいです。

私は三人兄弟の末っ子で兄が二人いるのですが、親からも常に心配されながら育ってきた感じがあり、一人で行動するよりは誰かが面倒をみてくれるという環境が多かったんです。何かあるたびにすごく心配されていたのですが、この旅をきっかけに、ちょっと手離れしたというか、どこかに行くというときもあっさり送り出してくれるようになりました。親も成長を感じてくれているのかもしれないですね。

このサンパナジャーニーを経験した新卒社員の皆さんからは、どのような感想、意見があったのでしょうか。

船井:一番多かったのは、知らなかった自分の一面、本当の自分を知ることができたという声ですね。宇森のようにできないことができて自信がついたという人もいましたし、逆に、自分は大丈夫と思っていたのに、行ってみたら思ったように全然できなかったという人もいました。

先ほど、研修の具体的な数値による成果は測りづらいとおっしゃっていましたが、例えば離職率などに変化はありましたか?

船井:サンパナジャーニーを始めた2022年度に入社した社員は、幸いにして全員残ってくれています。それでいくと、今のところそれ以降の3年以内の離職率はゼロです。

以前より当社の離職率は10%台で推移していて、一般的に30%以上と言われる3年以内の離職率の平均値に比べると低い水準にあったのですが、それでもやはりゼロというのは達成するのが難しい数字でした。その点を達成できているのは、非常に大きな成果ではないでしょうか。

また、目に見えた成果が出始めていることで、新卒研修に対する社内の理解も深まっているように思います。サンパナジャーニーも、最初は「やる意味があるのか」、「何かあったらどうするんだ」と否定的な声も少なからずあったのですが、今ではみんなが積極的にサポートしてくれて、「大人の18きっぷ研修はないのか」なんて言う人もいるくらいです。

"サンパナポーズ”を決める2024年新卒社員の皆さん(写真前列)

社長の鞄持ちを通じて芽生えた「会社は一つの組織」の意識

サンパナジャーニーの他にもユニークな研修があると伺っています。そのうちの一つ、「社長の鞄持ち研修」の内容を教えていただけますか。

船井:これも、「若手の話を聞きたい」という社長のアイディアが発端で始まったものです。新卒2年目の社員が対象で、2、3人ひと組になって朝から社長の社用車に一緒に乗り込み、1日社長の鞄持ちをするんです。2年目の社員は、1年目とまた違った悩みや課題を抱えています。1年目は周りからも何かと気にかけてもらい、手厚いサポートを受けられますが、2年目は自分のお客様ができるなど任される仕事も増えて少しずつ独り立ちする時期です。仕事の悩みや感じている課題などについて、普段あまり話をする機会がない社長と車の中で話をすることで、何かを得てくれたらと、研修の中に取り入れました。

悩み相談でも、社長は経営者なので、現場の先輩とはまた違った視点からのアドバイスを受けることができるはずです。この研修は社員からも好評で、アンケートを取った全員が参加してよかった、また頑張れそうだという回答をしてくれました。中には仕事の話だけではなくて、恋愛相談をしている社員もいると聞いています(笑)。

宇森さんはこの研修に参加していかがでしたか。どんな1日だったんでしょうか。

宇森:大きな声で挨拶をして、1日中緊張しながらピシッとしないといけない雰囲気かなと思っていたんですが、朝お会いしてすぐ社長から「堅くならないでいいよ〜」と言ってもらって、意外とフランクな感じで取り組めました。最初は何を話せばいいのかとわからず懸命に話題を考えていたのですが、気がついたら私も恋愛相談をしていました(笑)。

それから、1日社長と一緒にいて感じたのは、社長って本当に忙しいんだなということです。大きな椅子にドンと1日中座っているイメージを勝手に抱いていたのですが、実際はお昼ご飯を食べる時間もないぐらいのスケジュールをこなされていて。会社のために、ものすごいエネルギーで行動している姿を間近で見て、私も会社の一員として頑張りたいなと、自然に前向きな気持ちになりました。

すごくかけ離れた存在のように感じていた「社長」が、この研修を経て、実は自分たちと近い距離で仕事をしているんだと感じましたし、改めて、会社って一つの組織として成り立っているんだと実感できた気がします。

社員の意識改革、新しい事業創出を目指し「変人類学」を導入

新卒社員を対象とした研修以外に、既存の社員の育成や教育についてはどのように考えていらっしゃいますか。

船井:当社は現在、新しいものにチャレンジしづらい、イノベーションをなかなか起こせないという課題を抱えています。

ビジネス環境が変化し、ダイレクトマーケティングが活発になる中、卸売業は、業態自体が縮小傾向にあります。新しいことを始めないと会社として生き残れないという危機感がトップにあるんです。しかし一方で、今まで既存事業では赤字になったことがないため、今まで通りしっかり仕事をしていれば大丈夫という意識がどうしても既存社員の中には根強く残っているんですね。なかなかこの考え方のギャップが埋まらないという現状があります。

そこで、社員一人ひとりの意識を変え、そして職場風土を変えていくために立ち上げたのが、「変人類学プロジェクト」です。いろいろなものにアンテナを張ってイノベーションをおこす第一歩として、新しい考え方を受け入れる土壌を作り、変化することの大切さを社員に認識してもらおうといろいろな取り組みをする予定です。変人類学研究所を立ち上げた東京学芸大学の小西公大准教授と、多くの起業家や政治家を輩出している松下政経塾にご協力いただいて、人材育成のプログラムを開発中です。

ちょっとアカデミックな内容なので具体的な実践イメージが湧きづらいと思うのですが、例えば先日は松江市内で、「気になったものを写真で撮影し、気になった理由を共有する」というフィールドワークを行いました。仕事と関係するもの、形が変わったもの、看板の面白い文字など、何が気になるかは人によってさまざまです。

もちろん「正解」はなく、そうやって他の人が切り取ったもの、その理由を知っていくと、自分と他の人との考え方には違いがあるということがまずわかる、そして、今度は自分もやってみようかなと、新しい視点をもてるようになっていく…という効果を狙っています。まずは頭を柔軟にして、いろいろなものの見方ができるようにするという、取り組みですね。どんなやり方がベストなのか、みんなでトライアンドエラーをしながら進んでいる最中です。

最終的には、イノベーションが生まれるとか新規事業のアイディアがどんどん出てくるとか、そうした未来像を描いているのでしょうか。

船井:そうですね、そこまでいけたら100点満点だとは思うのですが、現時点ではあまり結果は焦らずに、5年10年かかっても徐々に風土を変えていければ、という気持ちでやっています。これまでのやり方や自分の考え方に固執するのではなく、まずは人との違いを知る、自分の考えと違うものや新しいものを受け入れるというベースがないと、一足飛びにそこには行けません。サンパナジャーニーなどの新入社員向けの研修も合わせて、会社がもっと変化するための下地づくりをしている、というところですね。

もともと当社は仏壇商から始まり、創業以来、山陰のこの地にない新しいものをどんどん取り入れて、商売をしてきた会社です。現在は事業が安定しているので、入社以来ずっと同じ仕事をしている社員も多いかもしれませんが、そうではなく、今後は未来の世の中に対して新しいことを先駆けてやっていく組織に変わっていかなければなりません。その考え方に基づき、今、「さきがけ」というキーワードで会社のブランディングにも取り組んでいるところです。

さまざまな研修を通じ、世の中に先駆けて今後も新しい価値をどんどん生み出していく、そんな会社になっていけたらと思います。

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