厳しい医療現場でのウェルビーイングを高める 相手本位で働く医療職だからこそ自分自身を大切に

取材日:2023/05/11

訪問看護事業を展開するソフィアメディ株式会社では、心身共に負担の大きい仕事である医療職のウェルビーイング向上を目指しています。実際にどのような取り組みを行っているのか、詳しくお聞きしました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 宮地麻美さん

    宮地麻美さん

    ソフィアメディ株式会社

    ウェルビーイング推進グループ/グループマネジャー

この事例のポイント

  1. 社員の業務風景を物語で共有し、働く意義を見出す
  2. 心理的安全性を高めて「できない」が言える職場に
  3. 定量評価だけでなく「温かい取り組み」を評価

改革の第一歩は「北極星プロジェクト」

働き方について御社ではどのような課題を抱えていましたか?

宮地:医療業界では、将来的に病床数の減少や終末期医療を受けられない方の増加が予想される「2025年問題」が間近に迫り、医療の担い手不足が深刻な問題です。一方、医療従事者は責任感が強く、患者様のために自己犠牲的な働き方になってしまう傾向があります。その結果、自分の休みを後回しにして無理な働き方をしてしまったり、心身共に疲弊して離職を選んだりする方も多いです。

特に当社は、20代後半から30代の女性社員の割合が高いのですが、ちょうどその年代は結婚や出産などのライフイベントも多い時期。どの業種においても仕事と子育ての両立は課題となっていますが、医療業界の過酷な働き方から産後に復帰しない方が多いという課題がありました。

私たちは「2025年問題」の解消に向け、多くの方に在宅療養という選択肢を提供したいと思っています。そのためには一人でも多くの仲間の力が必要です。したがって看護師をはじめとするスタッフ全員が働きがいを感じ、長く働き続けられる環境を整える必要があると思い、働き方改革に着手しました。

働き方改革を行うにあたって、まずは何を行ったのでしょうか?

宮地:2018年に経営体制が変わったのを機に、働き方改革に向けた取り組みがスタートしました。はじめに行ったのは、私達にとって揺るぎない目標となるミッション、ビジョン、行動指針を定めることです。これを「北極星プロジェクト」と名付け、経営陣だけでなく、管理者や各部門の代表者を巻き込みながら、「私たちが一番大事にすべき考えは何か」を約1年間かけて話し合いました。

ミッションやビジョンという経営理念や行動指針は、「経営方針書」という冊子にまとめられており、毎日朝礼時に読み合わせています。特にミッション”英知を尽くして「生きる」を看る。“には、「病気だけではなく、お客様(ソフィアメディでは利用者様をこうお呼びしています)の人生そのものに寄り添っていきたい」という、創業当初からの思いが込められています。私たちが看護をする際の大事な拠り所となっていますね。

またミッションを心に刻むため、「ミッションムービー」を作成して入社前などに見ていただいています。医療スタッフとお客様との交流の場面を映しているので、思わず涙する方もいます。もちろん泣かせることを目的にしているわけではありませんが、ムービーを見ることで「ここで仕事を頑張りたい」と“心のフタ”が開き、働きがいの創出につながっています。

ミッションやビジョンを実現するための取り組みはありますか?

宮地:ミッション、ビジョンを絵にかいた餅にせず、しっかりと実現するために、社内の仕組みや制度が全て矛盾なくビジョンに向けて一気通貫する価値創造モデル「ぐるぐるモデル」を作成しました。「ぐるぐるモデル」では、採用から育成、訪問の業務、評価制度、お客様・従業員満足度、社内外コミュニケーションなど、50以上の施策が連動してビジョンの実現に向かっています。

そのなかに、お客様の「生きる」を看る医療スタッフ自身の「生きる」も支える「両立支援」があります。お客様に対しては24時間365日対応の体制を整備。そして医療スタッフ自身の働き方も改善させるため、スタッフの意見をしっかりとヒアリングして、働き方支援策「ソフィアメディWOW !(Work for Our Wonderful life!)」を考案しました。「1時間から取得可能な有給」や「ベビーシッターサービス補助」など、スタッフのワークライフバランスを支える制度を整えています。スタッフ自身が生き生きと働くことでお客様にさらなる価値を提供し、ミッションを実現したいと考えています。

当たり前の日々を「物語」にし、働きがいを再確認

御社ではウェルビーイング推進グループが設置されていると聞きました。詳しく教えていただけますか?

宮地:2020年、経営者の考え方を学ぶ「経営塾」に参加した際、「もし自分がもう一つ上のポジションになったら何をしたいか」を発表する場がありました。そこで私が発表したことは「医療スタッフがもっと楽しく働けるよう、社内に“幸せ研究所”を創りたい」というものでした。医療スタッフは自分自身にも同僚にも厳しいうえに、お客様からクレームをいただくこともあるなど、八方塞がりな状況に陥りがちです。そんな医療スタッフを支えたいという思いが常に自分の中にありました。

その発表を受けて、社内でウェルビーイング推進を目指すグループが設立されることに。現在は私を含め4人が、他部署との兼任で所属しています。

具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか?

宮地:取り組みはさまざまあります。なかでも、お客様とのエピソードや、今まで何を大切にしてきたのかをスタッフ自身が語る、いわゆるナラティブ(語り)の機会を設けました。

ウェルビーイング推進グループがスタッフにインタビューし、働く姿や思いを物語にまとめ、全スタッフに向けて発信しています。

ナラティブにはどのような効果があるのでしょうか?

宮地:ナラティブが、当たり前だと感じていた業務のなかで、働く意義や楽しさを、改めて見出す機会になってほしいと考えています。

訪問看護は、私たちを笑顔で迎えてくれるお客様がいて、時間いっぱい1人のお客様に向き合い、「ありがとう」という言葉をいただける非常に幸せな仕事です。しかしスタッフは業務に忙殺されるうちに、目の前のつらいことで頭がいっぱいになってしまう。

そんなとき、自他の物語に触れることで「何のために働いているのか」「訪問看護で何がしたかったのか」と原点に立ち戻り、働きがいを再確認できることで、日々を乗り越える糧になればと思っています。

同僚の物語を聴くことは「私もこんな看護がしたい」という目標が生まれるきっかけにもなります。看護スタッフだけでなく、事務スタッフも、「自分の仕事の先にお客様との温かな交流があると分かり、もっと仕事を頑張ろうと思った」と言ってくれて大変うれしかったですね。

働く意義の創出だけでなく、仲間意識の形成につながっているのですね。

宮地:訪問看護は基本的にスタッフ1人でお客様のもとへ向かいます。病院のような、仲間と同じ空間で働くという業務形態でない以上、仲間に「自分の働く背中を見せる」ことは難しいものです。同じステーションの仲間であっても、その人がどのような看護をしているのかまでは分かりません。しかしケアマネジャーさんやお客様から伝え聞いた言葉から、「こんなにいい看護をしていたんだ」と気付かされることが、これまで多々ありました。

ナラティブによって、スタッフ同士のノウハウの共有や仕事に対する思いをつなぐことができたらと思います。そして、「私には素敵な仲間がいる」ということも実感してほしいです。

「70点のあなたでいい」SOSを出せる環境を作る

ウェルビーイング推進グループでは他にもさまざまな取り組みをしているようですね。なかでも「おせっかいお人好しの部屋」というユニークな取り組みもあると伺っています。

宮地:入社1年目のスタッフを中心にオンラインで相談できる場を「おせっかいお人好しの部屋」と名付けています。自由参加してくれた人を毎回3人〜4人のグループに分け、日々の業務での大変なことや辛いこと、自分がやってみたいことなどをライトに吐き出せる場を作りました。

特に入社1年目は、新しい環境に対する緊張感や不安、思うようにできないもどかしさを抱え込んでしまい、辞める決断をしてしまう方が多くいます。そこで「何かあったときは、ここを頼ればいいか」という安心感を持ってもらえるよう設置したのが「おせっかいお人好しの部屋」です。

自由参加の場合、参加者が限定的になってしまうことはありませんか?

宮地:おっしゃる通りです。加えて「おせっかいお人好しの部屋」に来る方は、基本的に退職を考えるタイプではないことも分かりました。というのも、自らこのような場に参加できる方は、誰かに助けを求められる人であるためです。

しかし本来私たちが手を差し伸べたいのは、自分で悩みを抱え込んでしまう方。そこで2023年からは新入社員の必須の研修として形を変えて運用しています。

新入社員の伴走、心の拠り所として運用されているのですね。

宮地:私たちの分析によると、特に入社1ヶ月目にささくれを持ってしまう方が多いことが分かりました。

1ヶ月目というと、先輩の訪問への同行などが多い時期。当社に入社する方は皆経験者であるため、当初、同行の時期は、大きな負担にはなっていないと思っていました。しかし、いくら経験者であるとはいえ、新しい環境での仕事は不安が大きいものだったんですよね。

例えば、同じ「看護」であっても、訪問看護と病院での業務は大きく異なります。お客様一人ひとりの環境に合わせて応用する能力が求められ、「自分で思っていたよりもできない……」という壁にぶつかることも。また、自分の看護を先輩に評価されることによる緊張も大きいと分かりました。したがって、精神的な負担が大きい入社1ヶ月目の伴走は、特に大事にしています。

社員に接する際に大切にしていることはありますか?

宮地:ウェルビーイング推進グループは一貫して「70点の自分でいい」ということをスタッフに伝えています。今だけが全てではないから常に100点でいなくては、と頑張りすぎなくていい。それよりも、できないことは「できない」と助けを求められる職場にしたいと思っています。

医療従事者は基本的に「何でもできて当たり前」であり、100点の自分であり続けようとしています。それは、私たちが対応を間違えることは患者様の命に関わることであり、「できない」「分からない」は許されない環境に置かれているためです。

しかし訪問看護の現場では、自分の専門外の事態にも対応しなければなりません。その際、自ら「できません」とSOSを出せなければ周りも手を差し伸べられませんし、自分自身も苦しくなってしまいますし、お客様の安全も保てません。もちろん対応として、現場で分からないことはいつでも電話で相談できる体制は整えていますが、それ以前に、心理的安全性を保つことが大切だと考えています。

そして、お客様のことを第一に考え、相手本位で生きてきた医療従事者だからこそ、「あなたが一番大事」「自分自身も大切にしましょう」というメッセージを伝えています。

温かい取り組みや「ありがとう」で溢れる組織にしたい

ほかにも工夫している取り組みがあれば教えてください。

宮地:目に見える成果の評価だけでなく、“温かい取り組み”をしているステーションを表彰して讃え合っています。“温かい取り組み”の例としては、ステーションの中で「ありがとう」を沢山贈りあったというものや、新しく配属された仲間にウェルカムボード作ったなどさまざま。各ステーションで自発的に行なっている、たくさんの素敵な取り組みを取り上げています。

貢献にはいろいろな形があると考えていますし、目に見えて売上に直結しないものであっても光を当てることが大切です。実際、「取り組みを評価してくれるのならば、賞を目指して頑張ってみようか」という声もあるなど、職場内で温かい取り組みの輪が広がっています。

定性的な評価も大事にしているのですね。

宮地:もう1つ、定期的に社員同士で「ありがとう」を伝え合う機会を設けています。当社では月に一度、体調や人間関係、働きがいについてのアンケート「パルスサーベイ」を実施しています。その際備考欄に、「ステーションの〇〇さん、あの日は助けてくれてありがとう」というように「ありがとう」を伝えたい人の名前とコメントを書いてもらっています。

実は、以前は備考欄に、「この仕組みが嫌だ」「この人とうまくいかない」というようなネガティブなコメントも多く寄せられていました。ところが、「ありがとうを伝えたい人がいたらコメントを書いてください」という設問をもうけたところ、今まで一方的に書かれていたような言葉も建設的な意見に変わったのは驚きでした。

「ありがとう」のコメントは、グループマネジャーを介して本人に伝えています。1ヶ月の間に、「誰にありがとうを伝えようか」と考えながら過ごすと物事の視点も変わるはずです。「ありがとう」で満たされる、幸せな職場を目指していきたいですね。

個人に手を差し伸べる働き方改革で離職率減!

働き方改革によって離職率は改善しましたか?

宮地:医療・福祉業界の平均離職率は15%前後とも言われていますが、当社では、2019年に5.5%まで減少しています。その後は、短期契約の方の増加などで離職率に変動はあるものの、働き方改革前と比較して大幅に改善されました。

離職を防ぐためにはどのような心構えが大切だと考えていますか?

宮地:まずは会社としてのメッセージを全体に共有することが重要だと思います。スタッフそれぞれが会社の理念に心から共感し、行動することで働き方が改善できるならば、それがベストです。

しかし、1人の人が潰れそうになったときには、その人個人に手を差し伸べることが大切なのではないでしょうか。それを管理者が全て担うのは大変ですので、ウェルビーイング推進グループや他部署でもサポート役を請け負い、互いに巻き込みながら社員を支えていきたいと思います。

「ソフィアメディで働きたい!」と思ってもらえる会社へ

今後の課題はありますか?

宮地:医療業界において「2025年問題」は深刻です。当社としても解決に向けて、同じ志を持った仲間を増やしていきたいと思っています。そして、せっかくならば長く働ける職場にしたいですし、会社が大好きだと思ってもらえたら嬉しいものです。ただ単に「訪問看護がしたい」のでなく、「ソフィアメディで働きたい」という人が増えるよう、今よりもさらに働きがいや働きやすさを高めていくことがこれからの課題です。

これからの展望を教えてください。

宮地:私達が目指しているのは、働きがいがあって安心して働ける会社です。それは働く人にとって幸せですし、巡り巡ってサービスを受ける患者様も幸せにできるのではないかと思っています。そして医療業界に限らず、幸せが充満して「ありがとう」「いいね」が行き渡る社会にしていきたいですね。

次に読みたいおすすめ事例

ビズクロ編集部
「ビズクロ」は、経営改善を実現する総合支援メディアです。ユーザーの皆さまにとって有意義なビジネスの情報やコンテンツの発信を継続的におこなっていきます。