未経験者も採用、テストエンジニア育成の秘訣とは 育成研修の完全体系化・内製化で、IT人材の採用難を打破

取材日:2023/05/08

ソフトウェアのテスト検証業務などを行う、バルテス株式会社。エンジニア職の中途採用を「業界・職種未経験OK」にまで拡大し、イチから社内でエンジニアを育てています。自社で育成する理由や教育方法の工夫などについて、お話を伺いました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 角谷幸子さん

    角谷幸子さん

    バルテス株式会社

    人事戦略部/部長

この事例のポイント

  1. 未経験者でも中途で採用、自社でイチからエンジニアを育成
  2. 勉強意欲を高める仕組みで、会社全体に学ぶ文化を根付かせる
  3. 育てたエンジニアの流出防止に向け、現在進行形で対策を検討

採用難を打破するため、未経験からエンジニアを“自社育成”

自社でエンジニアを育成できるシステムを作ろうと考えた理由について、教えてください。

角谷:大きな背景として、業界全体における慢性的なエンジニアの不足が挙げられます。採用競争は激しくなる一方で、中途採用で経験者をとるだけでは、なかなか人材を確保できないという課題がありました。

加えて、当社が求める人材の特殊性もあります。バルテスはソフトウェアなどが問題なく動くかどうか、品質のテストを行う会社です。テストや品質保証を専門的に経験を積んだエンジニアというのは特に人材が少ないんです。

そのため、募集をかけていい人が来るのを待つだけでは、十分な人材確保は難しいと判断し、中途でも未経験者を採用して自社で教育をしています。

テスト業務は未経験でもエンジニアの経験はあるという方だけではなく、そもそもエンジニアではない職種からの転職も受け入れているのでしょうか。

角谷:そうですね。元々エンジニアではない職種の方も幅広く採用しています。例えば生命保険の営業をしていた方や教師、接客業からの転職など、様々なバックグラウンドの方たちですね。全社的な採用数の割合でいうと、全体の37%は未経験者といった感じです。

未経験者を採用する際の基準や、判断するポイントなどはあるのでしょうか?

角谷:エンジニアとしてのスキルはまだないので、それ以外の部分で、当社でやっていけるかどうかを見るようにしています。

例えば、テストエンジニアはプロジェクト内でのメンバーやクライアントとの密なコミュニケーションも求められるので、コミュニケーション能力のほか、継続学習への意欲、学ぶ習慣が身についているかなどですね。さらに、Web適性検査も導入し、エンジニア適正についても見極めています。

2カ月間かけて、未経験者でも実務に入れるようサポート

研修はどのぐらいの期間をかけているのでしょうか?

角谷:研修の期間は、経験者は1カ月、未経験者は2カ月間です。この間は一切研修以外の業務をせず、一日8時間すべてを使って研修を受けていただきます。テスト設計者として実務でデビューができるようになる、というのが研修のゴールです。

かなり時間をかけているんですね。研修では、どのようなことを学ぶのでしょうか?

角谷:ソフトウェアのテスト工程というと、実際に触ってバグを洗い出していく、というイメージが強いと思うのですが、そこについては早い段階である程度みんなできるようになるんです。

それよりも、そのテストを実行するための設計、抜け漏れなくバグを検出するための観点の洗い出しやテスト環境の構築、そういったことを全てできるようにならないと、テスト設計者として実務に入ることはできません。

要はテストをプロデュースする側の知見をこの2ヶ月間で身に着けてもらう必要があるんです。

どのような流れで、そうしたテスト設計者としてのスキルを身につけていくのでしょうか。

角谷:最初に、座学でいろいろな技法やテストの考え方など、基本的なことをインプットします。次に、自分で手を動かしてテスト設計の模擬のようなこと、いわゆる演習を行い、その後は、残りの研修期間のほとんどを、この演習に費やしていきます。

演習では、模擬テストをするアプリケーションやシステムがテーマとして出され、それに関する「成果物」を作ります。成果物とは、様々なテストドキュメントやレポートのようなものですね。

テーマについて、どのような機能があるのかを調べ、どういう手法を組み合わせてどのようなテストを行うのか、それを研修生が考え、形にすることで設計業務を体得していきます。

研修期間を通じて、3つから4つ程度異なるテーマが出され、それぞれ成果物を作成します。どんなアプリケーションやシステムが来てもある程度テスト設計ができるように、頭と身体にテストの流れをたたきこんでいくんです。

かなり実践的なんですね。研修のプログラムはどうやって作っていったのでしょうか。

角谷:まずは、担当者で相談して実務に入るためにに必要な知識やスキルが何かを洗い出し、それぞれのスキルについて、これまで蓄積されてきたプロジェクト情報や各社員の経験、社内で実施していた勉強会などを元にコンテンツを作成していきました。

題材は基本的に実際の案件をもとにしていて、固有名詞や細かい仕様は省いた上で、本番業務に活かせるよう工夫をしています。外部のプログラムは一切使わず、全て社内で作成しているんです。

エンジニア未経験者でもついてこれるように、研修で意識したところはありますか?

角谷:そもそも、IT業界の用語に慣れていなかったり、エンジニアにとっては当たり前のことを知らなかったりすることが多いため、極力専門用語を避け、研修生にとって身近なものを例にだしながら理解を促すようにしました。

また、研修生によってはPCやExcelの操作に慣れていないという方もいます。そのため、操作に慣れてもらうためのカリキュラムも別途追加しました。ほかにも、研修での作業を効率化できるツールを作成し、単純作業の時間を減らして、考えることに時間を使えるようにするなど、いろいろと工夫をしています。

初心者の立場にたって、本当にきめ細かくプログラムを作っているんですね。実際に教える際に、対応面で気を付けたことなどはあったでしょうか。

角谷:特に意識したのは、研修生が講師を担当する社員に気軽に質問、相談しやすい雰囲気を作るということです。

研修生は「未経験」ゆえに、知らないことに対して申し訳ない気持ちを持ってしまうことが多いんです。こんな基本的なことを聞いたら迷惑かな…などと感じてしまい、講師に気軽に質問できなくなってしまう方もいます。

それだと、わからないことがそのままになってしまうので、講師は、1度説明した内容に関する質問や初歩的なことでも無下にせず、研修生に理解してもらえるまで、真摯に繰り返し対応するようにしています。 また、個人作業中にもチャットやオンラインですぐに質問ができるような環境を常に準備しています。

教育コストをかけてでも未経験者を採用するメリットとは

全くの未経験者でも、この2カ月間を経て、実務に入ることができるようになるのでしょうか?

角谷:2カ月間の研修を終えたら自動的に配属になるのではなく、研修の最終週に、成果物のレビューを行っています。レビューでは、研修内容を理解できているかを複数の目で見て評価し、これなら大丈夫と判断されて初めて実務に入るという流れになります。

中には若干名ですが、もう少し研修が必要という結果になるケースもあります。そうした場合は、研修を延長して、追加でテーマを出すなどして、実務に入れるようにフォローをしています。

中途採用はある程度経験がある人のみ採用する、という企業も多いと思います。これだけの教育コストをかけてでも、未経験者の中途採用をすることに対して、御社としてはどのようなメリットがあると判断しているのでしょうか。

角谷:まずひとつは、先ほどお伝えしたように、エンジニア不足に対する解決策になると考えています。当社が目標とする採用数を「経験者のみ」で達成するのは、現時点では難しいと言わざるを得ません。未経験者も受け入れて間口を広げることで、より人員を確保しやすくなりますし、必ず組織成長の一助になると考えています。

また、未経験者も採用することで、会社全体としての人員計画をたてやすいというメリットもあるんです。経験者採用は競争率も高いため、どうしてもいつ採用できるかわからないという不安定な状態になってしまいます。

しかし、自社で人材を育成するようになり、ある程度、計画的に人的リソースを見通せるようになりました。ありがたいことに事業も順調で、テスト検査を希望するお客様に待っていただいている現状ですが、未経験者も含めた自社育成の体制を構築することで、事業スピードも上がっています。

学び続ける姿勢にポイントで還元、「バルゼミ」とは

御社では、入社時の研修だけではなく、その後の学ぶ仕組みも整っていると伺いました。

角谷:はい。「バルゼミ」という名称で、様々なオンライン講座を受講できる取り組みです。初めてのテスト見積もり、アジャイル開発向けのテスト設計の仕方、といった業務関連の講座から、テスト設計に限らず、エンジニアとして知っておいた方が良い開発知識を学ぶ講座、それから英会話やビジネスマナーといった一般的なビジネススキルなどの講座もあります。

2015年から制度として開始したのですが、社員からの要望を受けて新しい講座もどんどん増えているんです。1年前はだいたい講座の数が50ぐらいだったのですが、現在は70以上になっています。

充実の内容ですね。誰がどの講座を受けるのかは、どうやって決めているのですか?

角谷:受講は全て任意です。業務後の時間を使って受けたいものを自由に受けてね、という仕組みなのですが、ほとんどの社員が何かしら受講していますね。特にエンジニアは、100%近い受講率だと思います。1人いくつ受講しても良いので、意欲がある社員はいろいろな講座を繰り返し受講しています。

社員の皆さんが主体的に学ぶように、何か工夫をしていることはあるのでしょうか?

角谷:バルゼミはポイント制になっていて、受講するとポイントがつくんです。貯まったポイントは奨励金として賞与の支給日に合わせて支払われる仕組みです。講座に参加したり課題を提出したりするとポイントが貯まるので、たくさん受けている人だと数万円になっている人もいますね。

ただ、このポイント制は、社員が勉強するよう促すためというよりは、どちらかというと頑張っている社員を評価したいという当社代表の思いをあらわしたものです。会社の方針として、学び続ける姿勢、貪欲に知識を習得しようという意欲を奨励したいという考えがあるんです。

もともと、まだ社員が数人しかいなかった創業時から、当時のメンバーが集まって自主的に勉強会などを開いていました。こうした常に学び続ける文化を社内に根付かせてきたことも工夫のひとつですし、今後も大切にしたいと思っています。

市場は人材不足、育てたエンジニアの流出をいかに防ぐか

他社にはない、これだけしっかりとした教育システムがあると、スキルを身に着けて他の企業に転職してしまう、という懸念はないでしょうか。

角谷:その心配は常にあります。アプリケーションやシステムのテスト、品質保証という分野は、近年需要が高まっている一方で、知見を持っているエンジニアの数がとても少ないんです。加えて、エンジニアのためのスクールなどでも、テスト領域についてここまで専門的に学べるところはほとんどないと思います。

実際に、テスト領域は経験がないのでスキルを身につけたいと入社したエンジニアで、一定期間後にまた転職してしまった社員もいました。流出自体は悲しいことではありますが、バルテス出身のエンジニアがしっかりした専門技術・知見を持っていて評価されている、ということでもあると考えています。

離職防止に向けて、何か取り組んでいることはありますか?

角谷:社員の意識を可視化できるよう、定期的にサーベイを実施しています。組織の健康診断みたいなものですね。社員が何に対して満足していて、どういったことでエンゲージメントが下がるのか、そういった調査を最低でも半年に1回実施し、その結果は、会社としての制度や対策に生かしています。

例えばコミュニケーションが足りないという悩みが多い場合は、社員同士が交流できるような企画を実施したり、評価に対する不満が上がってきている場合は、制度を見直すためのワーキンググループを立ち上げたり、施策の内容はさまざまです。まずは健康状態を常にウォッチして、問題を放置をせず手立てを考えていくようにしています。

とはいえ、100%離職を防ぐ魔法のような施策はないので、この点は現在も試行錯誤しているところですね。

不満の解消とあわせて、人材流出を防ぐには「バルテスで働く意義」みたいなものも求められると思うのですが、この点についてはいかがでしょうか。

角谷:そうですね。まさにその点について、現在進行形で悩みながら、いろいろと検討している段階です。例えば給与面で他社と差別化することも仕組みとしてはできますが、お金による繋ぎとめは限界があり、根本的な解決にはならないと考えています。大切なのは、適切な評価と対価、そして、働きがいです。

例えば会社の理念や事業方針、社員に対する思いなどをできる限り発信して、バルテスにいたい、ここで働きたいと思ってもらえる会社にしていくことが理想ですね。

さらに、そのためには多様な経験ができる場を作ったり、働きやすい環境を整えたりすることも求められるはずです。社員に愛される会社を目指しつつ、組織と事業、双方の成長につながる制度を充実させていきたいと考えています。

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