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“起業家公務員”として目指す地域創生 「公務員をしながら起業」の気づきから生まれた道とは

取材日:2023/07/10

神奈川県横須賀市役所に勤める一方、一般社団法人KAKEHASHIの代表理事として地域創生に取り組む高橋正和さん。なぜ公務員が起業して地域創生に望むのか? そのきっかけや目的、副業を持つからこそのメリットを伺いました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 高橋正和さん

    高橋正和さん

    一般社団法人KAKEHASHI

    代表理事

この事例のポイント

  1. 本業では実行できない仕事を副業で行う
  2. 副業はあえて目標を設けず、時代の要請を感じて事業を柔軟に実施

研修を契機に市民の声を聞き政策につなげる大切さを実感

高橋さんは横須賀市役所の職員として働く傍ら、一般社団法人KAKEHASHIの代表理事として活動しています。法人設立の経緯を教えてください。

高橋:2018年に行われた市職員向けの広報戦略PR研修がきっかけです。同研修は、座学と政策提案の二本立てでした。与えられた課題は、街の声から課題を見つけ、解決につながる政策を立案すること。そこで、他の職員と一緒に市民に話を聞きに行ったのです。

私は入庁当時から、女性や子どもが住みやすい街づくりをしたいと考えていました。加えて普段の業務では町内会長や会社経営者など年配の男性と話す機会が多いので、あえて同世代の育休中の会社員や専業主婦など女性を中心に話を聞きました。

市役所の窓口や電話では厳しい意見を聞く機会も多いので覚悟をして行ったのですが、驚きましたね。必ずといっていいほど横須賀市を良くするための前向きな意見を言ってくださるんです。

こんなにも前向きな意見があふれているのに、きちんと聞けていなかった。それに気づいた時は職員として情けなくなりましたし、自分の考え方も変わりました。

どのように変わったのでしょうか?

高橋:私たちにできることがもっとあると気づいたのです。

市役所の職員は、市の計画や条例を作ることなど、ルール作りをすることが大切な仕事の1つです。市の10年後、20年後を見据えて考えるのですが、果たして本当に市民の皆さんが求める仕事ができているのかという疑問が生まれました。

横須賀市を想う方々と実際に会って話を聞く。そして、その意見を基に市の進むべき道を決めていくという作業をすることが、私たちがやるべき仕事だと実感しました。

研修での気づきを踏まえて、どんな取り組みに着手しましたか?

高橋:自主的に声を聞く活動を続けようと決意し、一緒に研修を受けた職員に声を掛けました。加えて退勤後や土日を利用し、新たに勉強会も開催。農家や漁師、経営者、専業主婦、育休中の会社員、自治体職員などさまざまな立場の人を招き、各業界の課題や将来像を話し合いました。約1年間、延べ100日ほど行いましたね。

苦労した点はありましたか?

高橋:自主的な活動なので、当然、仕事用の名刺は使えません。さまざまな会合や研修会で人に会っても、職員としてではない活動の立場を説明するのに苦労しましたね。

交通費や会合の会場費といった費用も自腹だったので、必要な活動だと思う一方、このままでは、持続性は望めないとも感じ始めていた...。そんなとき、さまざまな人に相談するなかで、法人化という道もあるよ、と勧められ、一般社団法人KAKEHASHIの設立に踏み切りました。

副業の目的は収入ではなく自分の住む街を良くするため

公務員による起業は稀ですね。

高橋:当市では私たちが初でした。そもそも公務員が副業すること自体、講演会の講師など一時的なものを除けばほとんどないでしょう。公務員は地方公務員法38条により、株式会社などの営利企業の設立や営利企業での勤務が制限されています。

公務員と一般社団法人での活動の二足のわらじは、体力面や精神面でも負担が大きく、法人化には覚悟が求められました。それまでの自主的な活動は、職員6人で行っていましたが、負担の大きさを鑑み、継続は各自の判断に一任。結果的に残ったのは3人で、私と山中(靖氏)が共同代表となりました。

法人化までの流れを教えてください。

高橋:2020年3月に、上地克明市長に副業を直談判をしました。 そもそも私たちが考える事業内容が、市の事業としてできるのであれば、職員として取り組めばよいので副業は認めてもらえません。ですから、わざわざ法人化してまで行う取り組みの必要性をしっかり伝えるように心がけました。ただ、それまで1年間コツコツ行なってきた活動実績もあったおかげで、了承を得るまではさほどかかりませんでしたね。

その後、働き方の部分では、労働時間や報酬など、地方公務員法を始めとした関連する法律に抵触することのないよう、人事課としっかり話し合い、法人設立に必要な書類は全て自分たちで作成しました。事業資金については、勉強会を通じて知り合った経営者の方から寄付をいただくことができ、同年5月に設立といった流れです。

公務員による副業は、民業圧迫につながったり、民間と利害関係が生じることで本業に支障を来してしまったりする懸念はありませんか?

高橋:その点は人事課と誓約書を交わしたうえで、活動時も本業に支障が出ないように心がけています。

ただ、私たちの副業は世間一般で言われる副業とは違います。副業の目的の多くは収入増でしょう。私たちの場合、収入は目的ではありません。当法人は、「熱い想いを持つ人の想いを実現する架け橋となりその想いを実現し、世の中をもっと良くする」をビジョンに掲げています。

市内には、想いを持ち行動する人がたくさんいます。そうした人が活動しやすい仕組みを作る。その方が活躍することで横須賀市を良くすることが、私たちが副業をする目的です。

このビジョンの実現が、なぜ横須賀市を良くすることにつながるのでしょうか?

高橋:私は、「社会福祉」は、市が行うべき最も重要な仕事の一つだと思っています。障害者や高齢者、子どもなどを自治体がしっかり支えれば、誰もが住みやすい世の中になるはず。ただし、それにはお金がかかります。

市の歳入は、自主財源と国や県から交付される依存財源に分けられます。自主財源の中で最も多くを占めるのは市民税のため、人口が減れば、当然市民税も減ります。

市には志を持って事業を行っている人が多くいるなか、そういった方々が今以上に活躍できれば、市民税や法人税をもっと納めてくれるようになり、市の歳入が増えることになります。結果的に社会福祉を充実させられるでしょう。もちろん、想いを持って活動する人たちは、社会福祉の充実のために働いているのではありませんし、その点を求めてはいません。想いある人は自身が活躍することを目指してもらう、その結果、地域経済が強くなることで地域全体の底上げが実現できるとの考えです。

ただ、公務員の立場では彼らを個別には応援できず、入札を行うなど公平性が求められます。公務員はいろいろなことができますが、公務員だからできないことも多くあるわけです。その「できないこと」のなかには横須賀市のためになる仕事もある。それを補完するのが、副業なんです。

公務員として外部団体に委託する方法もあると思いますが……。なぜ「起業」だったのでしょうか。

高橋:縦割り行政と言われるように、市役所内では各部署の役割が明確に決まっています。アイデアが生まれ、やるべき取り組みの発想が生まれても、その時に所属している部署の仕事でなければ自分自身が取り組むことができません。ですから、横断的にスピード感を持って、シームレスに地域が抱える課題解決にあたるには、起業によって「違う立場を作る」という選択肢が最適だったのです。

民間に身を置いた結果、新たな視点を獲得できた

貴法人の活動内容を教えてください。

高橋:1つは、野菜を使った野菜のピュレ「SUCOYACA Puree」の製造・販売です。2019年に農家と勉強会を行った際、傷がついた野菜や、大きく育ち過ぎた野菜などは、味や品質には問題がなくても買い取り価格が下がってしまうという悩みを聞きました。一方、子育て中の方からは、野菜をすり潰して離乳食をつくる大変さを聞いていて、両方の課題を解決できる商品として企画したものです。

事業化の判断基準は2つあります。1つ目は当法人が行う必要性です。もし市で取り組めるのであれば、私たちではなく市が行った方がよいでしょう。

2つ目は収益。法人なので黒字化が見込めるかを検討したうえで実行しています。

ただ、例外もあり、性教育学習の場の提供を始めとした「命育」事業は、収益を度外視して行なう唯一の事業です。

旬の野菜を新鮮なうちに加工することで美味しさを閉じ込めた野菜ピュレは、離乳食以外にも、ポタージュなどの料理やお菓子作りにも便利。

これまでを振り返り、副業をやってよかったと感じた瞬間はありますか?

高橋:正直良いことしかありません。同じ横須賀市に住んでいるのに、これまで出会う機会がなかった人と出会えることができました。

同じ物事に対しても、自分で事業を行ったことで、職員として民間企業に提案する際に相手のメリットをうまく伝えられるようになりましたね。

市民の皆さんの声を直接聞き、対話することで、私たち公務員が何を求められているか、何をしていくべきかを理解できるようになりました。大きな学びを得ていますね。

大変だと感じる場面はありますか?

高橋:副業に使える時間が限られている点です。例を挙げると、当法人では物販を手掛けているので、商品を納品しに行かなければなりません。家族との時間を削って副業に専念するわけにもいきませんので、休日に子どもと一緒に納品しに行った経験もあります。

時期によっては本業が忙しい場合もあるので、共同代表とも話し合い、本業を優先するために副業は一旦休む時期もあります。

今後の展望を教えてください。

高橋:実は、法人の長期的な目標は立てていません。時代の変化に柔軟に対応することが当法人のやるべきことだと思っているからです。10年後などを見据えたものは本業である市役所の職員として行い、劇的に変化する社会に対応し、その時に必要とされることを、柔軟に、スピード感を持って取り組むことが当法人の強みであり、やるべきことだと考えます。

そのために、私たちの活動の原点である「市民の声を聞く」活動をこれからも大切にしていきたいと考えています。

結果は見えないけど危機感があるから続けられる

もっと地方創生に携わりたいと考える公務員の方々へのアドバイスはありますか。

高橋:まずは自分がしたいことは何か、自分に問いかけてみてほしいですね。私自身、自問自答をしました。前例のないことをすれば、組織では悪目立ちをしてしまうかもしれません。でも私が目指すのは出世ではなく、横須賀市を良くすること。出世は目的ではなく、頑張った結果に対する評価でしかありません。だから、起業を選びました。

起業に限らず、ボランティアでも勉強会への参加でもよいので、まずは一歩踏み出して新たに挑戦することが大事だと思います。

注意点は、仕事を辞めないこと。思い通りに行かず、公務員を辞めたいと思ってしまった際は、一度立ち止まり、なぜその活動をし始めたのかを考え直してもらいたいです。また、仕事を辞めて副業を本業にしたら、生活のために収益を優先しなければならなくなるでしょう。望まない仕事であっても収入のために取り組むようになったら、本末転倒になってしまいますよね。そして何よりも、街を想い活動する公務員が、公務員としてその街にいることは、地域を良くすることの大きな強みになると思います。

法人を設立して3年経ちますが、活動の成果はいかがですか?

高橋:まだ市が良くなっているのかは、正直わかりません。私たちの活動への評価が下されるのは、もっと先になるのではないでしょうか。それでも活動を続けられるのは、現状を変えなければいけないという危機感があるからです。子どもたちに今よりも素晴らしい世の中を引き継いでいくという気持ちで活動を続けています。

ただ、他の自治体を見ても、起業する公務員が少しずつ現れています。その姿を見ると、覚悟を決めて一歩を踏み出してよかったと思いますね。

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