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崩壊寸前の老舗を救った「見える化」の決断 全社員の目標共有が組織にもたらした変化とは

取材日:2023/06/30

「社長にはついていけない」―。かつて、社員とトップの間に強い不協和音が響いていた企業がありました。法被(はっぴ)や半纏(はんてん)を製造し、100年の歴史を誇る株式会社京屋染物店です。しかし、全社員の夢と目標を「見える化」する決断により組織は一変。働きがいのある職場へと変わりました。具体的な取り組みから組織に生まれた変化まで、その詳細に迫ります。※本文中、敬称略

お話を伺った人

  • 蜂谷悠介さん

    蜂谷悠介さん

    株式会社京屋染物店

    代表取締役

この事例のポイント

  1. 理想の社長像を捨て本音を吐露、社員からの信頼を回復
  2. 情報共有を進め、個人の夢と会社の未来がつながる
  3. 目標達成へ社員が主体的に動く盤石な組織に

追い詰められ、初めて明かした本音

京屋染物店の組織や業務改善を始めようと思ったきっかけを教えてください。

蜂谷:父から4代目として経営を引き継いだのが2010年です。当時、私は何よりも社長として売り上げを上げようと必死で...。自分が積極的に営業をおこない、獲得した仕事を次々と職人たちに割り当てました。

結果、多忙を極め、深夜12時を過ぎても仕事しなければ終わらないという状況のなか、休みが取れないことだけでなく、激務にも関わらず給与が上がらないという不満が社内に蓄積していたと思います。私自身、経営力を強化したくて勉強会に参加することもあったのですが、それさえ社員にしてみれば「こんなに忙しいときに、なぜ社長はいないんだ」と不満が増幅していたはずです。

私が新しい仕事を次々に持ってきて突然職人にお願いしていたので、現場では予測がつかず、生地の在庫が足りなくなることもありました。そのため、余剰在庫を抱えるようになり、キャッシュフローも悪化、そして、利益も上がらない、まさに悪循環です。社員のモチベーションも低く、月曜日が来るとただ出社して業務をこなすだけの状態だったかと。会社全体に悲壮感が漂っていました。

そんな折です。社員たちから突然会議室に呼び出されました。

社員に呼び出されるというのは、ただ事ではないですね。

蜂谷:コの字型のテーブルにずらりと座った社員たちが私を待ち構え、不満をぶつけてきました。「こんなに忙しいのに給与が上がらないのはなぜか」「社長は毎日どこで何をしているのか」から始まり、「給与が上がらないのは社長が私腹を肥やしているからだろう」「社長にはついていけない」といった厳しい言葉も投げかけられました。

私はその質問に一つ一つ誠実に答えました。特にお金に関しては何ら隠すことも後ろめたいこともありませんでしたので、丁寧に説明しました。

社長としては、必死に会社を何とかしようとされていたわけですから、悔しかったのではないですか。

蜂谷:そうですね。自分も毎日一生懸命頑張っているのに、なぜこんなに責められて疑われているのだろうか。これまで貫いてきた社長としての姿勢や経営方針に何か間違いがあるのではないかと思い、半分開き直ってこう言いました。

「私も一生懸命やろうと努力しているし、給与も上げたいと思っているができないんだ。どうすればいいかわからない。一人の力ではどうにもならないから、みんなに助けてほしい」と。すると社員からは「初めて社長の本音を聞きました」という声が上がりました。

追い詰められ、ようやく社員に本心が伝わったのですね。

蜂谷:社員に弱音を吐いたのは初めてのことでした。それだけコミュニケーションが不足していたということです。というのも、私の中には「社長は、常に強く正しく、格好良くなければならない」「悩みを見せたり舐めらたりしてはいけない」「わからないことを認めてはいけない」という理想像がありました。だから経営について相談したり、意見を求めたりすることもできず、一人で抱え込んでしまっていたのです。

働く目的を明確にした「10年年表」

この社員のみなさんとの対話が業務改善につながる転機となったのでしょうか。

蜂谷:確かにその出来事は大きな転機でしたね。社員たちも「社長に一方的に負担をかけていたことを反省します」「一緒に未来をつくりたい」などと前向きな気持ちになってくれて、そこから意見を出し合い、話し合う機会を持てるようになりました。

そして、議論を重ねるうちに、組織として改善すべき課題が明確に見えてきたのです。

まず、社員一人ひとりが、自分は何を成し遂げたいのか、何のために働いているのかを再考する必要がありました。働く目的を見つめ直さなければ、目の前の仕事に意義を見出すことができず、モチベーションを感じることも難しくなるからです。そこで「目標の見える化」と「業務の見える化」を推進することになりました。

「目標の見える化」は「10年年表」を作成したということですね。

蜂谷:その通りです。社員が仕事で何を達成したいのか、何が幸せなのかを社員で共有する環境を作りたいと考え、「京屋染物店10年年表」を作りました。例えば「3年後には年に一度の海外旅行を実現したい」「4年後には世界の有名人が京屋の商品を身につける」など、さまざまな目標が登場しました。年表は毎年一度「自分は何のために働くのか」を全員で話し合い、内容を更新しています。

最初はプライベートの目標が多く、会社での目標が乏しい社員が多かったのです。しかし、回を重ねるごとに、逆にプライベートの目標が乏しくなる社員も出てきました。なかなか難しい問題でもありましたが、回を重ねるごとに仕事とプライベートの両方を充実させることの意義を、みんな段々と理解してきたように感じています。

10年年表の効果はありましたか。

蜂谷:社員同士の関係性や、仕事への向き合い方に変化が生じました。

アニメが大好きな女性社員がいて、推しの声優さんのコンサートにずっと行きたいと思っていたそうですが、休暇を取る必要があるため、なかなか言い出せなかった。なぜなら、その声優さんのコンサートの開催時期は会社の繁忙期である夏場に重なっていたからです。猫の手も借りたいような状況で口に出せば「コンサートなんて行っている場合じゃないだろう」と周囲から言われてしまうだろう、そんな時期に趣味を優先するなんて、と考えてしまっていたのです。

しかし、彼女が10年年表に「コンサートに行きたい」と書いたことで、それが彼女の生き甲斐であることを知ることができました。その瞬間から、生きがいを奪ってまで働かせるのは違うのではないかと新たな認識を持つようになったのです。ですから彼女に言いましたよ。「行ってきなさい。これは業務命令です」と(笑)。

この10年年表によって、社員一人ひとりが自分のやりたいことを自由に表現できるようになり、それが実現したときには周囲に感謝の意を示すことができます。お互いがお互いを支える組織である実感を持つことができました。

また、「何のために働くのか」が可視化され、それを実現するためには会社も良くしないといけないことが明確になりました。それぞれの社員が自己のキャリアやスキルアップの土台として10年年表を利用しており、それによって個々の行動がより意味を持つようになったと感じています。

「まずやってみる」―組織に根付いた俊敏さ

「業務の見える化」についてはいかがですか。

蜂谷:業務や仕事内容の「現在地」を把握する必要性を感じ、そのために業務フロー全体を可視化できるクラウドサービスを導入しました。営業やデザインなど部署ごとの業務量や進捗状況が一目でわかります。タスクの状況が共有されることで、忙しい部署に対し自分の部署が助ける方法はないかと考え、自発的に協力し合うようになりました。

経営状況もガラス張りで、利益や日々の売り上げなどあらゆる数字を共有しています。頑張った結果がすぐに数字として見えますし、それが社員の意欲向上へとつながる効果もあります。以前とは違い月曜日になるのが楽しくてしょうがない雰囲気になっているのではないでしょうか(笑)。

これらの業務改善によるビジネス面、業績面での効果はどうでしょうか。

蜂谷:私自身も10年年表を通じて「自社ブランドを作りたい」という目標を早期に実現しました。また、2027〜28年ごろに染物をテーマにした里山リゾートを作る構想も、23年4月に前倒しで実現しています。

期日を切らないと人は動かないでしょう。その点、10年年表は毎年期日が迫ってきます。目標に向かって何ができるか、あるいはこの人の夢の実現のために自分ができることはないか、と考えるようになるんですね。自分のやりたいことを言葉にして明確に掲げるからこそ、実現に向けて本気で動くし、社内外のさまざまなチャンスに気づけるのだと思います。

業績面にも、効果が現れているのでしょうか。

蜂谷:業績面でも大きな効果があります。染物業界は日本全国の祭りで使う法被や半纏の受注生産による売上が大半を占めていますが、コロナ禍で3年間需要が激減し、廃業や倒産に追い込まれた会社がたくさんあります。しかし当社の業績はコロナ前と比べ113%まで伸びています。これは自社ブランド製品の販売をはじめ、大手企業や海外ブランドとのコラボレーションなど、事業の拡大を実現したことが要因です。室内着やスニーカーなど、これまでの染物の範疇を超えた製品開発も良い影響をもたらしています。

従来と同じ仕事だけをやっていたら、多分当社はつぶれていたでしょう。社員一人ひとりが意見を出し合い、ビジネスとしての見通しを示しながら「まずやってみる、後から直す」と俊敏さを持った組織になりました。

里山リゾートは私自身の夢でもありましたが、そこで草木染めのワークショップをやりたい、カフェを開きたいという社員が現れました。社員の夢が重なることでみんなのプロジェクトになり、会社のビジネスにもつながる。その結果、すべての行動が紐づき、盤石な組織にが形成されたと感じています。

個人で勝負できる人材を育てたい

業務改革は順調に思えますが、課題として感じていることはありますか。

蜂谷:若手の育成です。当社は老舗でありながら平均年齢30代前半という若い組織です。若手は新しい感覚で新たな業務を生み出すポテンシャルがありますが、一方でビジネスを展開する上で判断力や経験値が必要となる局面が多々ありますし、判断のスピードを求められる場面もあります。ここは時間をかけて育てていく必要があると感じていますね。

今後注力していきたい取り組みはありますか。

蜂谷:究極、社長と呼ばれる人を増やしたいと思っています。当社は観光業や飲食業、物販、デザインのコンサルティングなどを手掛けていますが、必ずしも京屋染物店の本体でやる必要はありません。それぞれの事業でグループ会社を立ち上げ、既に活躍してくれている社員が社長となって、さらに事業を発展・拡大していく。そして、京屋染物店グループとして、さらなる成長が遂げられたらと考えています。

なぜこんなことを考えるかというと、人口が減ったり郷土芸能が衰退したりすると、純粋に染物だけを考えても生き残ってはいけないからです。それぞれの事業を通じて地域や文化と連携しながら、染物がどのように関わっていくかを探ることが重要です。そのためにも、さまざまな考えやスキルを持ったメンバーが活躍できる場作りを通して、お互いを生かし合う関係ができればいいなと思います。

私は社員に「もし会社がなくなっても、他から引く手数多の人材になることに集中しなさい」と言ってます。これからも個性やスキルを最大限発揮でき、他者と協力しながら仕事ができる人材を育てられる環境を、会社として作り続けたいですね。

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