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新卒離職率67%、「限界ギリギリ」の打開策とは 目指すは「働きがい改革」、社員一丸で取り組んだ製造業の挑戦

取材日:2024/04/24

粉体塗装を日本で初めて実用化したパイオニア、筒井工業株式会社。育てる仕組みが皆無で高い離職率に悩む状況を打破しようと、社員一丸となって改革に着手、成果を挙げています。試行錯誤の取り組み、将来への展望について、お話を伺いました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 前島靖浩さん

    前島靖浩さん

    筒井工業株式会社

    代表取締役

この事例のポイント

  1. 人材の育成と経営戦略を結びつけ、改革着手を決意
  2. 社長自ら頭を下げ、社員に新卒ケアへの協力を要請
  3. 「働き方改革」から「働きがい改革」へ、土台作りに尽力

新卒社員の離職率67%、時には怒号が飛び交う職場に危機感

働き方改革を始める以前は、高い離職率に悩んでいたということでしたが、当時の状況についてお聞かせいただけますか?

前島 :私は2017年に社長に就任したのですが、その時点で新卒採用者の3年以内離職率は67%、中途採用者の1年以内離職率は95%で、採用しても採用しても人が辞めてしまうという状況でした。

当時は、新人を採用しても、現場に配属だけして、あとは勝手に育ってくれというやり方で、サポートや育てる仕組みなどが全くなかったんです。

慢性的な人手不足のため、現場の受け入れ側にも余裕がなく、新しい人が何か失敗すると、つい、きつい物言いをしてしまったり、新人に対してだけではなく、社員同士でも時には怒号に近いような声が飛び交っていたり、そんな雰囲気でしたね。

人がどんどん辞めてしまうことで、社員全員が仕事に忙殺され、肉体的にも精神的にも余裕がない悪循環に陥っていました。

新しい人への教育やケアをしてこなかった理由としては、どのような背景があったのでしょうか。

前島:「どうしたらいいのかわからない」というのが一番の理由です。製造業に携わる私たちは、よく、「コミュニケーション苦手集団」などと揶揄されることがあります。実際、人間が大好きで人に興味があって、人と関わる仕事がしたいという方は、製造業の世界をそもそも目指さないのではないでしょうか。人と触れ合うよりも、もの作りや機械を触ることが好き、その方が自分には向いているという方が多く、新しく人が来たからしっかりケアしようという概念がそもそもなかったんです。

2017年に社長に就任されたとき、そうした状況や高い離職率について、あらためて社長としての目線ではどのように受け止めたのでしょうか?

前島:とにかくなんとかしなければいけない、解決しなければいけない「最・最重要課題」の一つでした。

ありがたいことに仕事は多くいただいていたのですが、人手が足らず、このままでは品質や納期にも影響が出てしまう、お客様の期待にも応えることができなくなるという危機感がありました。限界に達するギリギリの状況を、リーダーや現場の人たちがなんとか支えてくれていたんです。

ちょうどワークライフバランスという考え方も注目され始めた時期で、何とかしなきゃいけない、人材を確保しないといけないという切迫した思いがありましたね。

もう一つの課題は、会社としての将来戦略です。競合他社とどのように差別化していくのか、何十年先も生き残れる会社になるために、どんな強みを作るのか。トップとしてそれらの課題解決に向けてどう舵取りしていくのか、頭を悩ませていました。

なるほど。目の前の人材不足と、将来に向けた戦略と、二つの大きな課題を抱えていらっしゃったんですね。

前島:そうなんです。そのときにひらめいたのが、この人材不足の解消を、他社との差別化に結びつけることができるのではないかという戦略です。同じ業種で働く他社の方たちと話しをしても、皆さん人手が足らないと口を揃えておっしゃいます。新聞などのメディアでも「新卒の超売り手市場」なんていう言葉を、毎日のように目にしていました。

どこもかしこも人材不足に悩んでいて、うちだけが困っているわけではない。そんな世の中の状況で、しっかりと採用ができて、社員が生き生きと躍動するような会社になり、それをもとにお客様に更なる貢献ができる会社になれたら、これはすごい差別化になるのではないかと考えたんです。

人材の確保と活性化、それが将来に向けた事業戦略と直結する可能性が見えて、全社をあげて人を大切にする企業づくりや働き方改革に取り組もうと、俄然やる気になりました。

外部のサポートを得て、徐々に動き出した改革

事業戦略と働き方改革が頭の中でつながったのですね。人手不足解消に尽力すると決めて、まずはどのようなことに着手なさったのでしょうか。

前島:最初は、2017年の初めぐらいでしょうか、高校生を対象とした人材採用サポートサービスを提供している企業と契約して、コンサルタントに相談をしました。

そのサポートでは、まず、どんな業務をしているのか、どうやって利益を上げているのかなどのヒアリングがありました。

その時に、こちらとしては普通に話をしていたのですが、一つひとつ「それは他社にはないですよ」などと言いながら自分たちが気づいていなかった当社の強みをいろいろと引き出してくれたんです。

それまでは、高校生向けに「粉体塗装業務に携わっていただきます。以上」みたいな味も素っ気もない求人票を出していたのですが、例えば、カーブミラーの柱など誰でも目にする身近で大切なものの製造に携わっているとか、粉体塗装を日本で初めて実用化したとか、私たちとしては当たり前だと思っていたことを、アピールポイントとして求人票に盛り込んでくれました。

結果的に、その方にやっていただいたのは求人票の書き換えだけなのですが、これが大きな変化につながって、いきなり高卒生を6人も採用できたんです。これはもう奇跡だとすら感じました。

目に見える変化ですね。6人もの新しい方が入ってくると決まって、新入社員の方たちの教育やケアはどのように準備されたのでしょうか。

前島:そのコンサルタントの方との契約とは別に、ハローワーク主催の若者定着支援のための無料セミナーがあったので、そこに行って支援策を学びました。

そこでまず言われたのが、「若者に寄り添ってあげてください」というアドバイスです。それができないと、全員辞めますよって言うんです。

率直に言って、最初は「そんなこと中小企業にできるか」と反発する感情が湧きあがりました。そもそも寄り添うなんて僕ら昭和の世代が入社した頃には皆無で、何をどうしたらよいのか全くわからない。仮に寄り添うことができたとしても、そんなことをしたら甘えて仕事をしなくなってしまうのではないかとさえ感じました。

そんな感情があったくらいですから、具体的に寄り添うとは何をすればいいのか、自分たちだけでは考え出すことができません。タイミングよく愛知県が実施する無料アドバイザー制度のことを知り、これだと思い指導を受けることにしました。

アドバイザーからはどのようなアドバイスがありましたか?

前島:具体策として提案してもらったのは、「個人日報」と「メンター」の二つの制度の導入です。

個人日報制度は、新人が書いた日報に対して、上司が毎日フィードバックをするという交換日記みたいなものです。メンター制度は、年齢の近い人や社歴の浅い先輩が新入社員のメンタル面をサポートするものですね。

導入するにあたって言われたのは、いずれも非常に難しい取り組みで、成功させるのは簡単ではないということです。特にメンター制度については、多くの会社が失敗していますとはっきり告げられました。理由を聞くと、メンターがやる気をなくしてしまうと言うんです。メンターにはそれなりに仕事ができる人が選ばれることが多く、自分自身の仕事が忙しい中で、「なんで俺がそんなことしないといけないんですか」というところからスタートすると。会社はもちろん新人をバックアップしなければならないけれど、それ以上にメンターをバックアップする必要があるということを教えてもらいました。

一方で、難易度は高いけれど、やり切ることができたら会社の文化になって、いろいろなことがうまく回っていくよと、そんな希望もいただきました。手厚いフォローを受けて育った新人が定着し、数年後に今度は先輩になって、次のメンターになってくれるというんですね。そうすれば、新しい人が入ってきたら当たり前のように、みんなが気にかけてケアをする文化ができあがると。

当時の会社の様子からは想像できない世界でしたが、それならばと覚悟を決め、教えていただいた二つを新人の入社に合わせて導入することにしました。

社長自ら現状を謝罪し、若手に頭を下げて協力を依頼

実際にやると決めて、現場の方たちから、「忙しいのに無理だ」というような反発はなかったのですか?

前島:その抵抗は100%来ると覚悟していたので、事前の準備にものすごく時間をかけました。今後こういう仕組みをはじめますといきなり伝えるのではなく、実際に入社してくる4、5カ月前に、当時の若手社員に集まってもらい、冒頭に頭を下げました。現在こんなに苦しい状況になっているのは、全て社長である自分の責任だと謝罪をしたんです。

その上で、高卒6人と、大卒1人の合計7人が新人として入ってくることを伝え、今の状況で受け入れると全員辞めてしまうから、何とか協力してほしいとお願いをしました。

個人日報制度とメンター制度についても説明し、これをやるに当たっては自分1人では何ともならないから、力を貸して欲しいと伝えたんです。

その後、今度はリーダーたち、職長クラスに集まってもらって、同じように謝罪と説明をしました。それから、リーダーたちに対しては、若手たちの力が必要だから、それをバックアップしてほしいと協力も仰ぎました。

例えばメンターが新人と面談をしたいと思ったときに、職長が「忙しいんだから勘弁してくれ」と嫌な顔をしてしまったら、この制度は一発で終わってしまいます。何とかその時間を作ってメンターを気持ちよく送り出して欲しい、ただそれがうまくいったら必ずリーダーたちも楽になってくるから、それまで力貸してほしいというお願いをしたんですね。

まず最初に謝罪があったんですね。トップとしての葛藤もあったのではないでしょうか。

前島:全くなかったわけではありませんが、そんなものは簡単に乗り越えられるぐらいに僕自身も困っていたんです。

それから、僕自身は創業家と血縁関係はなく、たたき上げで社長になりました。社員として20年間ここで働いてきた経験があります。会社に対する不信感を持ったときの苦しみや、現場の声がなかなか届かない苛立ちは本当によくわかります。自分が話を聞く側だったらどうだろうと社員の立場に立って考えたとき、初めに欲しいのはまず反省の念だと思ったんです。

なるほど。ご自身が従業員だったときの経験が生きているんですね。その集まりでの謝罪とお願いを経て、現場の雰囲気に変化はありましたか。

前島:その時点では、まだみんな半信半疑だったと思いますが、そこから実際に新人が入ってくるまでの数カ月間に、若手の子たちと制度を構築するためのミーティングを、14、15回繰り返しました。

とりあえず制度のたたき台をこちらで作って、メンターとメンティーはどのくらいの頻度で話をする機会を設けたらよいかとか、こんなコミュニケーションの施策を取り入れようとか、みんなでディスカッションして、制度を練り上げていったんです。

それから、人の話を聞く技術を幹部も含めて全員持っていなかったので、講師の先生を呼んで受講し、その後、練習会を繰り返しました。

実際の受け入れがスタートするまでに、針の穴を通すようなコントロールのもと、万全の準備をした感覚がありますね。そうする中で、だんだんとみんなの中で「よし、ちゃんと迎え入れるぞ」という空気が醸成されていったように思います。

職場に戻った笑顔、「働き方改革」から「働きがい改革」へ

実際に新しい方が入って来て制度が始まって、やってみた結果はどうだったのでしょうか。

前島:それが、思いのほかメンター制度などもスムーズに動き始めて、自分としても驚きでした。若手が本当によく頑張って、新しい人たちの話をよく聞いてくれましたし、職長たちがその若手をメンター業務に気持ちよく送り出してくれたことも、大きかったと思います。

もちろん、もっとこうした方がいいとか、小さな課題は出てきましたが、制度が始まってからもメンターで集まる会議を重ねて、何かあったらすぐに対処できるようにしていました。新人にはメンターが寄り添ってくれるので、僕たちの仕事はメンターや職長に寄り添っていくことでしたね。一番最初にアドバイスを受けたように、メンターがやる気を失ってしまわないよう、細かく配慮したつもりです。

具体的な変化として、何か感じたことはありますか?

前島:まず何よりも、職場の雰囲気が大きく変わりました。かつてのように怒号が飛び交うことはなくなり、楽しそうに会話する様子や笑顔がたくさん見られるようになりました。

当社に工場見学に来たお客様は、こんなに笑顔で目を見て挨拶ができる社員があふれる企業は初めてだ、気持ちがいいと褒めてくださるんです。改革の効果がこうして目に見える形で現れて、自分としてもうれしいですね。

具体的な数字でいうと、新卒社員の3年以内の離職率は67%から8%まで減りました。自分から周囲の人たちと積極的に関わることを苦手としている人も多い中で、メンター制度や話を聞く場の設定など、仕組みとしてそうした関係性作りができるというのはとても大事なことなんだなと改めて感じています。

働き方改革を経て、その後に新しくチャレンジしたことや、将来に向けた展望などはありますか?

前島:働き方改革は大切な取り組みですが、経営者の目線からいくと、いろいろな制度や、福利厚生を整備するために、コストがかかることでもあります。働き方改革を進めるためには、経営上コストを捻出する必要があるわけです。

利益の源泉は社員の頑張りですが、頑張れ頑張れとお尻たたくようなことはしたくない。ではどうしたらいいかと考えたときに、社員の主体性とか、やりがいとか、一体感とか、何かそういうエネルギーの束みたいなものが生まれる環境が重要だと考えました。エネルギーの束がモリモリと育っていく、そして循環していく企業になれれば、業績が上がって、それを原資にさらに働き方を改善することができて、働き方が良くなるからまた働きがいが増していく…そんなサイクルが作れると思ったんですね。

私は働き方改革にもじって「働きがい改革」と呼んでいるのですが、その方針に基づいて、新たにエンパワーメントという取り組みを始めました。

具体的にはどのようなアクションを実行しているのでしょうか?

前島:社員みんながルールの中においては、主体性を持って好きなことをできる環境、土台作りをしました。

戦略としては三つあります。一つは情報開示です。経営が今どうなっているのかなど、さまざまな情報をオープンにして、社員自ら考えることができる判断材料を提供します。

二つ目は、ルール作りをみんなでやりました。ミッション・ビジョン・バリュー・スピリットしかり、社員が迷いなく安心して行動できるように、その範囲内であれば何をやっても大丈夫という境界線をみんなで作りました。

三つめが、ファシリテーションスキルの浸透です。みんなが自主的に考え自由に動き始めると、チームの中でいろいろな意見の対立が出てきます。それをコントロールして建設的な議論にし、解決に導くために必要なチームファシリテーションができるようにトレーニングしています。

まさに土台ですね。組織面とあわせて、事業に関して今後注力していきたい取り組みは何かあるでしょうか?

前島:私たちが経験してきた働き方改革、働きがい改革のノウハウを、同じような課題に悩む製造業の皆さんに広げられるよう、コンサルティング事業を立ち上げました。会社の風土を変えることによって、人がおのずと集まる、社員がいきいきと働ける、人手不足が解消できるような循環を作るためのコンサルティングですね。

まだまだこれからではありますが、徐々に軌道に乗ってきているので、製造業とあわせてコンサル業の二刀流でやっていきたいと考えています。私たちの強みは、製造業の現場の苦労や生の課題を真に理解していることです。私たちがお伝えする事例は、まさに「製造業あるある」の宝庫。そうだよね、そうだよねと共感していただきながら、変容のサポートをしていきたいと思っています。

そうした事業を新たに始めた背景には、どのような思いがあるのでしょうか。

前島:やはり、製造業全体に対する課題解決や、貢献をしていきたいという気持ちですね。自分たちもそうだったのですが、今、製造業はさまざまな壁にぶつかり、元気がありません。とにかく成果を上げなきゃいけないということで、経営層も現場の皆さんも本当に必死なんです。

成果を上げるためには、ゴリゴリ締め付けるだけではなく、私たちが取り組んだような『人を活かすスタンス』の方が効果が出ると信じています。それを浸透させることができれば、製造業が生き生きと躍動し、また日本の強いもの作りを取り戻せるのではないかと思っています。

私たちの経験を伝えることで、日本を元気にしたい、そんな思いで、今後も組織作り、事業推進に取り組んでいきたいと思っています。

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