“不夜城”から脱却した個々を活かす分業制 多様な人材を仲間に、労働時間減と生産性UPを実現

取材日:2023/04/04

インターネットコンサルティング事業を展開する株式会社ペンシルでは、多様な人材が活躍できる職場作りに取り組んでいます。しかし、一時は時間外労働が常態化し、無理な働き方をしていた時期もあったそうです。そんななか、どのように働き方を改善してきたのか、詳しくお聞きしました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 倉橋美佳さん

    倉橋美佳さん

    株式会社ペンシル

    代表取締役社長CEO

この事例のポイント

  1. 分業を行うために新チームを設立し、時間外労働を半減
  2. 人材の多様化による「新たな視野」の獲得
  3. 組織の一体感を高めたオリジナルゲームによる理念共有

オペレーション業務に特化のチームを設立、分業を推進

働き方について、御社ではどのような課題がありましたか?

倉橋:当社はインターネットコンサルティングを行っているのですが、以前はクライアントに対して、1人のコンサルタントが全ての業務を一気通貫で対応する体制を取っていました。しかしコンサルタントの業務はクライアントへの提案だけでなく、レポート作成やブラウザチェックなど多岐にわたります。それを1人でこなそうとすると、日中にクライアントワークをし、夜に資料作成や確認作業をせざるを得ない状況に。社内では時間外労働が常態化しており、まさに“不夜城”でした。

無理な働き方は仕事の質にも影響し、ミスも発生します。また業務を属人化していたことによる品質のバラツキやミスのブラックボックス化といった弊害も生じていました。この状況を何とか打破しようと、2011年に業務の分業化に取り掛かりました。

どのように分業を進めたのか、プロセスを教えてください。

倉橋:まずは新たに従業員を雇い、コンサルタントの業務を補助するための専門チームを設置しました。

しかし、いざ分業をしようと思っても、これまで一連の流れの中で行ってきた業務ですから「どこを、どう任せるのか」の判断がつかないという意見があったんです。そのため、まずはコンサルタントの業務を後ろから見学しましたね。その上で、業務を可視化、細分化して、分業できる仕事を探しました。

面白いもので、当事者は「自分がやるべき」と思っていても第三者目線で見ると分業できる業務もありました。

「分業できる」とする判断基準は何だったのでしょうか?

倉橋:「再現性の高い業務かどうか」です。 例えば、クライアントへのコンサルティングはコンサルタントでなければできませんが、レポート作成やチェック作業といった業務は、マニュアル化により、一定の品質確保が可能な業務です。そこを見極め、業務の重複や漏れがないように仕事を分けていきました。その結果、コンサルティング業務とオペレーション業務の2つの体制による分業制が見えてきたんです。

そこで新たに人材を募集する際には、オペ―レーション業務を任せられるソフトウェアスキルが高い人材がほしいと思っていました。募集をしたところ「家事や育児の合間に働きたい」という方が多くいたため、就労時間に左右されずスキルを活かせる場になればと、パートとして3名採用。その後「パート」よりも親しみを持てるように「メイト」と名付け、オペレーション業務をサポートする「メイト制度」がスタートしました。

メイト制度は現在PICという部署に発展しているそうですね。

倉橋:スモールスタートで始めた分業制でしたが、徐々に組織全体の仕組みとして拡大していったことでメイトの需要が高まり、2013年にPIC(PENCIL INNOVATION CENTRAL)というオペレーション専門部署を立ち上げました。

現在PICには、パート従業員だけではなく正社員も在籍しています。「短時間で働きたいけど、通勤時間が長い……」というジレンマを抱える方もいますので、サテライトオフィスを設置したり、在宅ワークを活用するなど、ライフスタイルに合わせて働きやすい環境を整えています。

時間外労働50%削減!そのなかで黒字を維持する秘訣は?

分業をしたことで、どのような効果が得られましたか?

倉橋:驚くことに、 時間外労働を約50%も削減する結果となりました。コンサルタントがクライアントワークに集中できるようになったことで、サービスの質も向上しましたね。そのおかげもあり、労働時間を大幅に削減しながらも17期連続黒字を達成。分業を行ったことで、「1人で無理するのではなく、チームで仕事をする」という社風が形成されました。

働き方改革と生産性の向上を両立するコツはありますか?

倉橋:労働時間を削減する分、どうしたらサービスの付加価値を高められるかを常に意識しています。新たな価値や発想を生むためにも、社員には空いた時間で資格取得にチャレンジしたり、自分の経験につながる時間の使い方をしてほしいと思っています。

例えば、“不夜城”だったときは、自分の仕事に精一杯で世の中で何が流行っているのかも分からない状況でした。しかし労働時間が減ってからは、趣味やスキルアップのための時間を確保できるように。社会のトレンドやニーズをキャッチできるようになったことはお客様への提案にも良い影響をもたらし、コンサルティングの質が向上したと感じています。

分業は、誰かから仕事を取り上げることではない

分業を進めるなかで課題はありましたか?

倉橋:分業を社内で拡大していこうとした際、「自分の仕事は自分でやりたい」「独自のやり方でやってきたから人に任せるのは難しい」という声もあり、なかなか仕事を手放してもらえないとことがありました。そのため、まずは社員にメイトを信頼してもらうことが先決でしたね。

メイトにはミスをしない、丁寧でクオリティの高い仕事をする、ということを徹底してもらいました。また、集計作業がしやすいよう従来のフォーマットに改善を施すなど、付加価値の高い働きをしたことも信頼獲得につながったと思います。

オペレーション業務の水準を高めるために工夫していることはありますか?

倉橋:最初はソフトウェアスキルの高い人材の採用を目指していたものの、人材確保も簡単ではありません。そこで誰でも業務ができるように、フローの簡素化を徹底したうえでマニュアルを作成しました。またパート勤務の方もいるため、オペレーションスタッフの労働時間は午前だけ、午後だけなどさまざまです。そのため作業工程を一覧化して見える化を図り、業務の引継ぎや依頼を滞りなく行えるようにしています。

さらにPICに対する満足度調査も実施しており、定期的にフィードバックを受けて業務の改善につなげています。意見を参考にしながら、無駄なフローの断捨離も行って業務を洗練しています。

円滑に分業を進めるために意識すべき心構えはありますか?

倉橋:「分業は誰かの仕事をなくすことではない」ということを、社員にしっかり理解してもらう必要があるでしょう。社員はそれぞれプライドを持って仕事していますので、分業の目的を誤解されてしまうと上手くいきません。

分業はサービス向上や社員の成長のために行うもの。目的を共有し、「あなたにはこういう仕事をしてほしい」「こんなことにもチャレンジしてほしい」という期待をかけることで、喜んで仕事を手放してくれるようになるのではないかと思います。社員との関係性を構築することが大切ですね。

多様な人材がいるからこそ組織に新たな風が吹く

分業のほかにも、働きやすい環境作りに向けた制度が多数あると聞きました。

倉橋:例えば、一度退職した社員が戻ってこれる「おかえりなさい制度」や、副業・兼業可などさまざまあります。働きやすい環境は人それぞれですので、必要とする制度も異なるはずです。特に当社ではダイバーシティ経営を推進しており、学生やシニア、障がい者など多様な人材が在籍しています。そのため、制度がたくさんあることで、自分に合った働き方ができるようになると考えています。社員からの要望があったらまず実行してみて、随時制度を更新しています。

シニア世代の採用にも注力しているのですね。

倉橋:PICの人員募集をしていた際、まだまだ元気に働きたいと願うシニア世代の方が多くいることを知り、「アクティブシニア採用」をスタートしました。PICでのオペレーション業務のほか、シニア目線でサービス改善提案を行う「SFO(シニア対応サイト診断サービス)」の提供などを行ってもらっています。

サービスの利便性向上を図るために、シニア世代の意見は大変重要であると感じています。たとえばシニアが使いやすいツールというと、操作のしやすさや文字の大きさに着目しがちです。しかし実際にシニア世代の声を聞いてみると、私たちが当たり前のように使用している「スクロール」や「タップ」の意味が伝わっていないことが分かりました。これは私たちがWebのプロであるがゆえに思いつかなかった視点であり、ユーザビリティを下げていたんだと気付かされましたね。

シニア世代ならではの視点がサービス向上につながっているのですね。

倉橋:日本の平均年齢は年々高齢化しています。つまり消費者層も高齢化しているということです。Webの制作者はデジタルネイティブである世代が中心となってきていますが、ターゲット層は、必ずしもデジタルネイティブとであるとは限りません。制作者と消費者の間のギャップを埋めるためにも、シニア世代の意見は貴重ですね。

またシニア世代は若手社員より人生経験が豊富です。例えば、介護業界のクライアントから相談を受けた際、介護経験のあるシニアだからこそ思い付くアイディアがあるはずです。シニアに限らず、多様な人材がいることで発想の幅が広がるのは、間違いありません。

サービスが多様であるからこそ、そこに適応できる人材も多様化することは大切ですし、人がいることで、また新たなサービスも誕生するという好循環が生まれると思っています。

オリジナルゲームで多様性と組織の一体感を両立

お互いの多様性を認める取り組みなどはしていますか?

倉橋:「 ダイバーシティウィーク」と名付けて、多様な文化や考えに触れる機会を社内で作っています。たとえばピンクシャツデーをやってみたり、海外の料理を食べてみたり、男性の育児をテーマにした映像作品を見たり。互いを知り、認め合うことを大事にしている点は当社の特徴でもあります。

人材が多様化していくにつれて、組織の一体感を保つことは難しくなるのではないでしょうか?

倉橋:おっしゃる通りです。多様性を認めることによって自由に意見が言いやすくなるというメリットはありますが、だからといって会社の目指すべき方向と違うことまでを許容することではありません。ベクトルを揃えることは大切です。当社では会社としての一体感を保つため、定期的にマネージャー会議を行い、各部門の軸のすり合わせを丁寧に行っています。

最近では、社員一人ひとりが会社のミッションを自分事として捉えられるよう、社内でオリジナルゲームも制作しました。

当社には「誠実な挑戦者」「自他の理解者」「共創の当事者」「価値の探求者」「最速の革新者」という5つの行動規範があるのですが、それぞれのキーワードをテーマにしたゲームになっています。新人研修や各部署の合宿などで活用し、遊びながら会社の理念を理解できる工夫をしています。

“ゲーム”による理念浸透は、堅い研修よりもフラットに理念を自分ゴトとして捉えるきっかけにもなっている。

社員のメンタル状況をデータ分析、何でも話せる相談役も設置

一人ひとりのエンゲージメントはどのように管理していますか?

倉橋:基本的なことになりますが、会社側が改善すると言ったことを全く改善しなければ、当然、社員は不満を抱きます。だからこそ、社員に対して1つずつ約束を守ることが大切だと思っています。

また、マネージャー層の役割は、社員が活躍できる環境を作ることであると思っていますが、マネジメントスキルは属人化しやすい部分でもあるので、マネージャーの育成についてはこれから取り組んでいくべき課題でもあります。

同時に個人のモチベーションを維持するために、メンタルケアの必要性も感じています。そのため、社員が悩みを打ち明けられる場としてダイバーシティモチベーターという役職を設置し、仕事に関係のないことでも話せる相手がいる状況を作っていますね。そのほか、ウェルビーイングを図るためのサーベイを実施したり、社内報の閲覧状況を確認したりしています。

社内報の閲覧とメンタルケアにはどのような関係があるのでしょうか?

倉橋:実は、社内報を見ているかどうかはメンタル状況を測る良い材料になるんです。会社からのメッセージを受け取りたくないときは、精神的な不調や問題を抱えている場合が多い傾向にあります。遅刻が多いときなどもそうですね。

データである程度メンタル状況を把握できると、何か対策が必要なのではないかと次のアクションを起こせます。データと人の力をうまく組み合わせてメンタルケアを行っています。

一人ひとりが“タレント”として輝ける組織へ

働き方改革を行ううえで大切なことは何だと思いますか?

倉橋:日本には数百年以上続く会社がいくつもあるように、長く続けることに長けた国だと思っています。私個人としても「継続」は大切だと思っています。そして継続するためには、成長をし続ける必要があります。

日本はいま、働き方の変革期を迎えています。守るべき文化は守りつつ、ITツールなどを上手に活用しながら変化に対応していくことが大切ではないでしょうか。

最後に、御社の目指す組織像を教えてください。

倉橋:コンサルティングという仕事においては、社員一人ひとりが“商品”です。どういうことかというと、提案そのものだけでなく、提案する人が誠実かつ魅力的でなければクライアントを満足させることができません。お客さまに「ペンシルの社員はいいな」と思ってもらうため、一人ひとりの“タレント性”を磨くことが大切です。

当社にとって働き方改革とは、“タレント”を育てるための取り組みです。魅力的な人材を育成し、付加価値を生むアイディアを考えられる環境を整える。そうすることで最終的には多くの企業様を支援でき、それが企業の先にいるユーザーの豊かさやより良い社会作りにつながると考えています。

当社はこれからも一人ひとりが“タレント”として活躍できる組織を実現しつつ、誠実な仕事を積み重ねることで、思わず応援したくなるような組織を目指し続けたいですね。

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