小さな改善を積み重ね未来を創造する 前例踏襲主義を打破した改革の道のり

取材日:2023/07/12

柔軟性よりも前例踏襲が原則とされがちな地方自治体において、従来の慣習に疑問を抱き、率先して業務改革に取り組んだ備前市役所の同前嘉浩さん。業務改善に取り組み、下水道事業が抱えていた巨額の赤字を削減するまでに至った道のりについて伺いました。※本文内、一部敬称略。

お話を伺った人

  • 同前嘉浩さん

    同前嘉浩さん

    岡山県備前市役所

    緑陽中学一体校準備室長補佐 兼 教育総務計画係 兼 教育DX推進課

この事例のポイント

  1. 「やる気に不可能なし」を常に体現
  2. 大幅赤字の下水道事業において4年間で事業費を20億円削減

巨額の赤字を抱えていた下水道事業

市役所の下水道事業では、どのようなことを行っているのでしょうか。

同前:環境整備の一環として下水道を整備するのが主な業務です。下水道が整備されてない場合、お風呂やトイレの水がそのまま川や海に流れて行ってしまいます。水を綺麗にしてから海に放流するのが下水道事業の役割です。

私が下水道課に異動した2017年当時は、ほぼ整備が完了しつつあった都市部に比べ、過疎地は未整備の場所も多い状況でした。そういった未整備の場所については、住民に工事費の一部を負担してもらいながら整備を進める必要があるわけです。

住民が費用の一部を負担する制度があるのですね。どのような制度なのでしょうか。

同前:下水道が整備されることで利益を受ける土地所有者などの方々に、受益者として整備費の一部を土地の面積に応じて負担していただくという制度です。

備前市の場合は1件あたり平均して30万円程度かかっていました。私も負担金について住民に直接説明する機会があったのですが、決して喜ばれることはなかったですね。所有地の広さによっては、100万円くらいかかることもあるため、厳しい言葉をかけられることもありました。

交渉が大変そうですね。下水道事業が赤字だと知ったのもその頃だったのでしょうか。

同前:そうですね。いつものように負担金について説明しに行ったときに、ある住民から「備前市の下水道事業は赤字なのを知っているのか」といったことを言われ、市役所に戻って調べてみたら、確かに赤字、いや、大赤字といった方が正しいかもしれません。整備にかかる費用と将来的に市が得られる収益を計算すると、大幅なマイナスでした。

なぜ赤字に陥っていたのでしょうか。

同前:環境整備をするという目標が先走ってて、費用対効果が考慮されていなかったことが主な原因だと思います。実際、3軒の住宅のためだけに1億円以上かかるような整備計画が立てられていることもありました。整備することで地域住民が喜んでくれるならまだしも、当事者が望んでいないことをして、さらに赤字ですから。どうにかしないといけないと思いましたね。

正しいと思うことをやるのは当たり前

改革しなければならないと思ったわけですね。リスクなどは考えましたか。

同前:リスクは考えませんでした。市民が望んでいないことに対して市が大赤字を出して事業をやり続けるのは健全ではないでしょう。

着実な業務が重視される役所という組織において、何かを変えることは職場にいづらくなったり、仕事がやりにくくなったりなど、自分へのネガティブな影響はあるかもな、とは想像しましたが、それが「やらない理由」になることはありませんでした。何より放置することで、市民や子どもたちの将来的な負担になってしまうのも避けたかったですし。

ただ、そうなった場合、誰かを巻き添えにしたくはなかったので、自分ひとりでやり抜くと決めていましたね。同じ市役所で勤務している妻には相談したのですが、もし市役所を辞めることになったら、主夫として家事をしてくれたらいいよ!と応援してくれたのは、心強かったです。

改革はスムーズに進められたのでしょうか。

同前:はじめは賛同を得られない状況が続きました。前例踏襲の風土が根強くて、変わること、あるいは変えることに抵抗感があったのだと思います。個人の考えで反対されたというよりも、組織文化によるものですね。

ただ、市役所が保守的になるのにも理由があります。市民の生活インフラを担っているので、間違いが許されないのです。リスクがあるならやらない方がいい、つまりリスクを負ってまで何かを変えるよりも現状維持を選ぶ傾向が強かったのだと思います。

信頼を得るために難関資格である技術士を取得

状況を変えるためにどのようなことを行ったのか教えてください。

同前:自分の提案に説得力を持たせるために、市役所にいる誰よりも下水道について詳しくなろうと決めました。具体的には技術士の資格取得の勉強です。備前市市役所で資格をもっている職員はいなかったので、技術士の資格が取れれば少しは後押しになるのではないかと考えたのです。

というのも、下水道課に配属されて間もない1年目のときから改善について進言していたので、提案が受け入れられないのも当然でしょう。技術を身につけたことを証明できれば話を聞いてもらえる機会も増えるでしょうし、提案の信頼性も増すのではないかと考えたのです。最終的に2年かけて資格を取得できました。

働きながら難関資格を取得するのはとても大変だったと思います。どのように時間を有効活用していたのでしょうか。

同前:まずは業務改善を行って、定時で退社して勉強時間を確保できる環境を整えました。それでも、他の係員の2倍近く業務をこなしていたと思います。

業務改善で一番手っ取り早いのが無駄な事務の廃止です。例えば、同じデータを二重で管理するなどの無駄なプロセスについては、一元化して無駄を省いていくなどです。

ほかには、メッセージアプリを活用して、コミュニケーションに関連した時間を含むコストを削減しました。当時は工事業者の方から電話がかかってきて現場に出向いて状況を確認するのが当たり前で、1日に何往復もすることすらあったのですが、画像で状況が把握できるケースについては、メッセージアプリでやり取りを行い、移動時間を削減することに成功しました。

こういった日々の小さい改善の積み重ねにより、年間500時間程度の業務工数を削減できました。

事務作業の改善で結果を出しながら、下水道事業の改善にも取り組まれていたのですね。

同前:そうですね。相変わらず賛同は得られませんでしたが(苦笑)、とにかく事業費を削減すべきということは言い続けていました。強引に進めるつもりはなくて、関係者から賛同を得た上でやりたかったので、人間関係を大切にしながら進めていきました。

そんな中、日々言い続けていたのが奏功したのか、初めて了承を得られたのです。さらに、その案件で工事手法の変更といった改善を実行し、約1億円の工事費削減を実現しました。

累計の削減額を教えてください。

同前:累計の削減額は4年間で20億円です。当初の計画では6年間で28億円かかる予定だった事業費を4年間で8億円に圧縮しました。

成果を出せた手法を自分が担当する案件で次々再現していった結果ですね。改革3年目あたりから私と同じような考えをもつ職員も出てきて、任せてもらえる案件が増えたのも要因です。1人で行っていた改革が部署全体の改革になっていったのです。

21歳のときに「やる気に不可能なし」という言葉に出会ったのですが、技術士資格の勉強も同様に、諦めずに続けることで結果は出せる、とあらためて実感しました。

また、ありがたいことにメディアで取り上げていただく機会が増えたことで、市民から感謝の言葉をもらえるようになったのもうれしかったですね。

地方公務員アワードや国土交通大臣賞を受賞されています。詳しく教えてください。

同前:地方公務員アワードは、成果を上げた職員を表彰するだけにとどまらず、ベストプラクティスを共有して世の中をよりよくしていくことを目的とした制度です。地域住民のために毎日必死に頑張っている公務員も多いのですが、スポットが当たる機会が少ないのが現状です。ありがたいことに、この取り組みのおかげで市民の方々に私の努力を知っていただき、多くの感謝の言葉をいただきました(笑)。

国土交通大臣賞は組織として受賞しました。提案が通りづらかった1年目を思い返すと感慨深いですね。本当によくがんばってこれたなと思っています。正直、行政組織で前例を変えるのは簡単ではないので、諦めない気持ちをもって「やり遂げた」からこそ受賞に結びついたと考えています。

総務省のアドバイザーにも登録されていますが、他の自治体から相談などはありましたか。

同前:瀬戸内市の職員の方からご相談をいただいて、実際の現場を案内して改善方法をお伝えしました。約1ヶ月後に、1億円削減できたとご連絡をいただき、私も自分のことのように嬉しかったですね。

アドバイザーとしての活動については、今後、他県で経営改善とともに残業の削減など業務改善のサポートをさせていただく予定があります。

職場にも良い影響はありましたか。

同前:そうですね。直談判で提案書を持っていく仲間が増えました(笑)。相談を受けながら一緒に提案書を作成したり、勉強会で話し合ったりすることもあり、やる気になってくれた職員も少なくないと思います。

ほかにも、備前市政策提案コンペという職員から政策の提案を募集するコンペがあったのですが、10人ぐらいのメンバーで応募して採用されたりもしました。

下水道事業の事業費削減は1人でやると決めて、取り組んでいたのですが、今では同じ志をもつ職員も出てきて、本当にやってきて良かったと思いましたね。

未来を見据えて今やるべきことをやる

あらためて、改革を実行できた最大の要因を教えてください。

同前:未来を見て考えてるようにしていたことが改革を実行できた大きな要因です。下水道課の前は観光課に在籍していたのですが、さまざまな業種の方々とお話しする機会が多かったのです。素敵だなと思う方は20年後、30年後を見て今何をすべきかを考えて取り組んでいました。

例えば、漁業関係の方は、20年後、30年後もおいしい魚が食べられるよう海の環境保全活動をされていました。未来のあるべき姿やリスクを見据えて取り組むことの大切さを学んだのです。

数十年先のことまで考えてアクションするというのは、公共事業にも通じるところがあります。おそらく観光課に配属されていなかったら、下水道課で改革が実行できていたかわからないぐらい貴重な経験をさせていただきました。

長期的な目標に向かって行動するポイントはありますか。

同前:小さな成功体験を積み重ねることではないでしょうか。いきなり大きなことを成し遂げようと思っても難しいでしょう。目の前の小さなことから取り組んでいくことが重要だと思います。

業務改善も同じで、手書きの作業をエクセルやアプリ、システムなどを活用しデジタル化することで事務作業の負担を軽減できるのではないか。こういった小さな改善を積み重ねていくことが大事です。

新しいことをすることで、ときには反対する人もいるかもしれません。しかし、褒めてくれる人もいるはずです。喜んだ気持ちを忘れずに次もやろう、とまた一歩前に進めばよいのです。

現在はどのような業務を行っているのでしょうか。

同前:2023年から教育のDX(デジタルトランスフォーメーション)に携わっています。市役所もそうですが、学校もデジタル化できることがまだまだ残っていて、業務改善の余地は十分にあると思っているので、やりがいがありますね。

例えば、教員の残業問題。デジタルツールを使って業務を改善すれば、労働時間を削減することが可能です。子どもたちの未来のためにも、教員の皆さんの労働環境改善は、できるだけ早く成果を出したいですね。

そのために今チームを補強している最中です。元々は、人材をアウトソースしていたのですが、すべて市の会計年度任用職員で構成するようにしました。4人だった人員を10人に増やすことにしたのですが、それでも内製化したことで人件費は削減できています。

今後、取り組みたいことを教えてください。

同前:学校との信頼関係を早期に構築して、よりよい労働環境、教育環境を築いていきたいですね。単純計算ですが、4人が10人になるので従来と比べて2.5倍のサポートができるはず。改善スピードも早めていきたいです。

また、自分にできることは精一杯やっていきたいと思っています。学校のDXもそうですし、困っている自治体があれば、力になりたい。欲張りなのかもしれませんが、常にできることを見つけてすべてに全力で取り組んでいきたいですね。

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