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「ほめる」で社員や生徒との関係を劇的に改善 少子化・車離れの中でも申込が殺到する「ほめちぎる教習所」

取材日:2023/05/31

「ほめちぎる教習所」を、自社の“ブランド”として打ち出している大東自動車株式会社三重県南部自動車学校は、「ほめる」に注力して組織風土を改善。入校希望者から選ばれる教習所となった取り組みを伺いました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 八田宜彦さん

    八田宜彦さん

    大東自動車株式会社三重県南部自動車学校

    業務部長

この事例のポイント

  1. 挑戦に前向きで失敗を糧にする組織風土が新たな挑戦を生む
  2. マニュアルよりも成功事例集を参考に水平展開を進める

差別化が難しい業界だからこそ「ほめる」に着目し取り入れる

御社は、「ほめちぎる教習所」と独自性を打ち出した経営を進めています。「ほめる」に着目したきっかけを教えてください。

八田:きっかけは、社員旅行です。創立40周年を記念しハワイに行ったのですが、その時に当社の代表取締役である加藤(光一氏)が初めて水上スキーにチャレンジしました。そこで、インストラクターが「グレート!グレート!」と何度もほめてくれたのです。正直、特別上手だったわけではないと思いますが(笑)、おかげで気持ちよく過ごせたので、運営する自動車教習所にも、このほめる仕組みを取り入れたいと考えるようになったと聞いています。

というのも当時は、ほかの自動車教習所との差別化を図るため試行錯誤していた時期でもありました。自動車教習所は法律でカリキュラムが決められており、全国どこの自動車教習所に通っても教習内容は変わりません。独自色を出すのが難しい業界と言えるでしょう。

さらに自動車教習所は、運転技術を正しく身につけ、安全な運転を学んで身につけてもらうための場所ですので、指導員は、できないところばかりを指摘したり、つい厳しい口調になってしまう傾向もあるわけです。だからこそ、あえて「ほめる」を取り入れた教習を行えば、差別化が図れると予測しました。

「ほめちぎる教習所」にすると伝えられた際、社員の皆さんの反応はいかがでしたか?

八田:人それぞれでしたね。若い社員の多くは柔軟に対応してくれた一方、ベテラン社員の中には「今更教え方を変えられない」と難色を示す人もいました。

私はちょうどその頃、指導に熱が入り過ぎるあまり、「厳し過ぎる」とクレームが寄せられることがあって……。私としても辛いですし、私自身、なんとか改善したい思いで手あたり次第に本を読んでいた時でもあったのです。

その中で、ほめる重要性を指南する本と出会い、たまたま、ほめる教え方に興味を持ち始めた時期と重なったので、社長の考えにはすぐに共感しました。

研修を続けるうちに社員間の関係性も良好に

それまで「生徒をほめる」ことを意識されていなかった社員の皆さんが、突然生徒をほめるのは難しそうな気がします。どのようにしてほめるスキルを身につけたのでしょうか?

八田:まずは、一般社団法人日本ほめる達人協会が主催する「ほめ達!」検定3級を社員全員で受験しました。「ほめ達!」検定3級はセミナーと検定の二部構成で、同協会の西村貴好理事長からほめる大切さなどを学んだ後、その場で検定を受けました。

その後も、社内でさまざまな研修を行いました。その1つが、「ものほめ」。例えば、腕時計を見せて、これをほめるんです。どうですか?僕の時計?

今、「かっこいい」ぐらいしか思い浮かびません……。

八田:ですよね(笑)。でも、ほめるポイントは、実はいろいろありますよ。見た目以外にも「時間を大切にされているんですね」とか「几帳面な方なんですね」とか。言われると、確かに、と思いますよね。

ただ、「ものほめ」は、ほめる技術は上がりますが、やっぱり人をほめた方が楽しいので人をほめる研修に変更しました。

人をほめる研修として、朝礼で2人1組になり、大体30秒から1分くらいかけて相手をほめるロールプレイングを開始しました。人をほめている時、ほめる側はいい笑顔になるんですよ。ですから朝礼で人をほめると、その後の仕事も温かな雰囲気で始められる。現在は、新型コロナウイルス感染症の感染防止のため、回数を毎日から週1回に減らして行っています。

ロールプレイングでは、どんな点をほめるのでしょうか?

八田:最初は外見、次にアクセサリーなどの持ち物、そして行動をほめる人が多いです。

朝礼は円になって行いますが、その時に隣同士になった人をほめるので、2日連続して同じ人をほめる場合もあります。そうなると、段々とほめ言葉が浮かばなくなってきます。

そもそも相手を知らなければ、ほめることはできないので、普段の生活でも周囲のことをよく観察するようになり、互いの気遣いに気づくようになりました。研修を続けるうちに、社員の関係性が良くなってきましたね。

ほかには、どんな研修を行いましたか?

八田:一人の社員を、残り全員でほめる「ほめシャワー」を行いました。現在は、社員の誕生日に合わせて「ほめシャワー」を実施しています。

また、「スマイルスキャン」というツールも導入しました。これは口角や目じりの位置などから笑顔度を判定する機械です。「笑顔度が90%以上と判定されなければ、タイムカードを押しちゃだめだぞ」と冗談を言いながら、出勤時に各社員に測定してもらっています。機械の前で10秒間笑顔をつくるので、最初は頬が筋肉痛になりました。自分がいかに笑っていなかったかに気づかされましたね。

色々な施策を取り入れていますが、どの取り組みも、ゲーム感覚で楽しみながら行えるように心がけています。トップダウンで始めたものであっても、社員が楽しいと思わなければ続きませんから。

PRを開始したところ入校希望者数が1,000人以上増加

研修を開始してから、どれくらいでほめる技術が身についてきましたか?

八田:研修を開始したのは2012年11月で、当初の予定では翌年4月までに技術を身につけて「ほめちぎる教習所」のPRを開始するつもりでした。しかし、予想より早くほめる技術が身についたので、予定よりも2カ月前倒しでPRを開始しました。まずは教習所の看板に「ほめちぎる教習所」と掲げ、メディアにも発信しました。

反響を教えてください。

八田:想像以上でしたね。自動車教習所は少子化や若年層の車離れなどから、年々入校希望者は減少傾向にあり、前年と同水準の入校者数が維持できれば御の字とされる状況です。

そうしたなか、メディアで取り上げられた途端、入校希望者がまさに“爆増”して、「ほめちぎる教習所」を打ち出す前は年間の入校希望者数が1,693人でしたが、2022年には2,697人にまで増加しました。

こんなにも反響があると思っていなかったため、教習の予約が取りにくい状況になってしまい、指導員の採用数を増やして体制を立て直しました。

採用面では変化がありましたか?

八田:「ほめちぎる教習所」の取り組みに魅力を感じて応募してくる方が増えましたね。東京でお笑い芸人をしていた人が、芸人としてはうまくいかなかったけど、それでも「人を喜ばせる仕事がしたい」とわざわざ三重県にある当社に応募してきたケースもありました。指導員は技術を教えるだけではなく、生徒を笑顔にする仕事だととらえてくれたようです。

見方を変えればほめるポイントは見つかる

生徒をほめて教えることで、どのような効果が生まれましたか?

八田:話の受け止め方が違います。例えば、「もっとしっかり確認してほしい」と生徒にストレートに伝えても、「私だって一生懸命運転しているのに」と反発されてしまう場合もあります。

しかし、「全体的に上達してきたけれども、1つだけ惜しいところがある」と言うと、生徒は気になって前のめりになって聞いてくれます。そこで「ここをしっかり確認したら、もっと良くなるよ」と伝えると次から気を付けてくれます。

伝える順番を工夫するだけで、生徒の運転技術や安全運転への意識は変わるんですよ。

いくらほめようとしてもほめるポイントが見つからない場合は、どうすればいいのでしょうか?

八田:見方を変えればいいのです。運転を怖がってなかなかスピードを上げられない生徒に対して、以前は「もっとスピードを上げて」と注意していたでしょう。

でも、なぜスピードを出せないのかを考えると、慎重な性格が理由だと推測できます。そこで「慎重に運転しているね」と相手の良さをまず認め、そのうえで「もう少しスピードを出してみよう」と改善点を伝えます。

自動車教習所では、指導員が生徒に1対1で指導を行うため、ほかの指導員のほめ方を知る機会がないように思われます。その点はどのようにカバーしましたか?

八田:指導員に対し、生徒をほめた事例をレポート提出してもらい、成功事例集を作成しました。

すると、ある指導員は「つぶやきほめ」を行っているとわかりました。

生徒が運転している時に助手席で、あえて生徒を見ずに小声で「うまくなったなぁ」と独り言のようにつぶやくのです。面と向かってほめられるよりも、思わずほめ言葉が口から出たと感じられるシチュエーションの方が言われた側もうれしいですよね。

他には、「第三者ほめ」もあります。生徒に「〇〇指導員があなたを『上達が早い』とほめていたよ」と、ほめた本人がいないところでほめ言葉を伝える方法です。第三者からほめ言葉を聞いた方がより真実味が増すので、ほめ言葉を素直に受け取れます。当初、ほめる行為は個人プレーでしたが、工夫を凝らすうちに団体プレーになってきましたね。

成功事例集を参考に、ほかの指導員もほめ方を磨いていったのですね。

八田:ただ、よいところは見習う一方、そのまま真似をすることにはリスクもあることを過去に学んでいます。

卒業間近の教習で、最後に指導員から言われた、「あなたに教えることができてよかった」という言葉に感動したと言ってくれた生徒がいて、私たちも「嬉しいね」と話していたのですが、それを参考に別の指導員が、入校したばかりの生徒に同じような言葉を伝えたところ、生徒からはドン引きされてしまって……。完全にシチュエーションを間違えた結果ですよね。

いくらほめ言葉であっても、受け取るのは相手です。

当社が、あえてマニュアルを作成していない理由もそこにあり、マニュアル通りにほめても、相手の性格や相手との関係性で受け止められ方が千差万別で効果が生まれない場合があると考えたからです。

ほめるとは、相手のよいところを見つけて認める行為

事例を伺っていると、ほめることで生徒との関係性にも変化が生まれたことがわかります。

八田:生徒と信頼関係が生まれた結果、卒業後も顔を見せに来てくれる生徒もいますよ。ついこの間も、10年以上前に卒業した生徒が遊びに来てくれました。車関係のトラブルが発生した際にも生徒から連絡が来ますし、生徒の紹介でその弟や妹が入校するケースもあります。

当校では、卒業式に生徒が泣くぐらい、指導員との結びつきが強いんですよ。

思い出に残るような卒業式なのですか?

八田:生徒が思わず涙してしまうようなサプライズイベントを用意しています。自動車教習所の課題として、卒業後もいかに無事故への意識を持ち続けてもらうかがあります。“サプライズ”なので、詳細内容は言えませんが、もともとは事故防止を目的として始めたものが、「事故を起こさないようにしよう」という意識の再認識とともに、卒業式をより思い出深いものにしてくれていますね。もちろん、このようなサプライズイベントが効果を発揮するのは、生徒と我々の普段からの信頼関係があるからこそだと思っています。

ほめる指導法がどれだけ影響しているかはわかりませんが、卒業生の初心運転者期間中の事故者率にも変化がありました。2012年は1.76%でしたが、2021年には0.67%まで下がっています。

ほめることで、対同僚、対生徒との関係性に変化が生じるとわかりました。そもそも、ほめるとはどのような行為なのでしょうか。甘やかしとは違うのでしょうか。

八田:甘やかしとは違いますね。ほめるとは、相手の良いところを見つけて、そのまま伝えることですね。ですから、指摘しなければならない事柄はきちんと指摘します。

当校に通っている生徒にアンケートをとっていますが、「ほめちぎると聞いていましたが、伝えるべきことは伝えてくれた」と書いてくれる人も多いですね。

問題解決に向け自主的に動く社員を増やしたい

御社が「ほめちぎる教習所」づくりに成功した理由を、どのように分析していますか?

八田:当社には以前から、挑戦に前向きな文化がありました。「挨拶がしっかりできる人は、運転中も対向車とコミュニケーションを取れるので交通事故を起こす確率が低い」という話を聞いて、挨拶に力を入れた時期もありました。「親より先に死ぬのはよくない」と思えば交通事故を起こさないように注意するだろうと考え、卒業式で親への感謝の手紙を書いてもらったこともあります。

たとえ失敗しても学びはあると考えチャレンジを奨励し続けた文化があったので、今回も挑戦できたのでしょう。

今でも、挨拶する習慣は大切にしていますし、卒業式で親に「事故を起こしません」と宣言する取り組みは根付いているので、必ず残るものはあります。

まずは挑戦する姿勢が大事なのですね。

八田:今回も挑戦してみたら、メディアが注目してくれました。

教習所事業としての成功だけでなく、事故率を下げる、つまり、私たちの教習所から、一人でも多くのセイフティドライバーを排出するという重要な結果も出せたのは、まさに挑戦のおかげだと思います。結果が出たことで、自分たちの取り組みは間違っていないという自信に結び付きました。

現在、御社で最も力を入れている取り組みを教えてください。

八田:縦横のつながりづくりですね。自動車教習所の仕事は家庭教師に似ていて、指導員が生徒を50分間、1対1で指導します。そのため、指導員同士や部署を超えた横のつながりが生まれにくい傾向があります。さらに従業員満足度を調査したところ、階層間でのつながりの薄さが満足度を下げているとわかりました。

そこで対話を増やすため、ミーティングの回数を週2回に増やしました。

ミーティングではどのような話をされていますか?

八田:ゴールは決めておらず、日々の出来事や失敗談などたわいのない話をしています。その中からも困りごとや問題点が明らかになる場合もあり、少しずつ改善につながっています。改善案をマネジメント層に伝え採用されると、社員の間でも「自分たちの声を聞いてくれた」と手応えが生まれ、次の改善案が生まれています。

改善が進化しているのですね。

八田:今目指しているのは、自主的に動ける組織です。問題が生じた場合に、会社に解決を丸投げするのではなく、自ら動いて改善できる社員になってほしいと思っています。ミーティングを通じて、自ら動く社員も生まれているので、さらに進めていきたいですね。


【ほめちぎる教習所 三重県南部自動車学校】
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