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利益追求を意識しない制度づくりが功を奏す IT業界ながら高い定職率が実現できたワケとは?

取材日:2023/02/20

独立系ソフトウェア開発企業である東京ソフトウェア株式会社。あえて費用対効果を意識しすぎない社内制度や福利厚生を整備することで、高い従業員エンゲージメントの維持や離職率の低い組織づくりに成功。その取り組みを伺いました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 門馬直史さん

    門馬直史さん

    東京ソフトウェア株式会社

    代表取締役社長

この事例のポイント

  1. テレワーク導入とIT化で月20時間の残業時間削減
  2. 社内イベントの参加率UPにもつながったバーチャルオフィス

社長就任を機に社員へのヒアリングを開始し働き方改革に着手

働き方改革に取り組み始めたきっかけを教えてください。

門馬:私は2017年に社長に就任しましたが、当時はIT業界全体で長時間残業が問題となっていました。

本人の健康上よくないのはもちろん、当社の社員でも共働き世帯が増えている中で働き続けられる会社にするためには、残業時間の削減を含む働き方の改善を早急に実行する必要があると感じたんです。そこで、まずは産休や育休を取得した社員に、私が直接ヒアリングをすることから始めました。

社員からはどんな声が寄せられましたか?

門馬:当社の勤務時間は9時から17時45分までなので、「子どもを保育園に送り迎えするのが難しい」という声がありました。時短勤務もありますが、「収入を減らしたくない」「配偶者と協力し合えば、定時まで働ける日もある」と時短勤務への変更をためらう人もいます。

そうした声を聞きながら、世帯収入を減らさずに社員が働き続けられる方法を模索していたところ、新型コロナウイルス感染症が流行し始めました。

新型コロナウイルス感染症の流行で、働き方を変更しましたか?

門馬:当社は業務の特性上、ほぼ全ての社員が取引先に常駐して仕事をしています。そのため、自社ルールのみでテレワークを導入することが難しかったのですが、一部の取引先からは感染症対策のためにテレワークをしてほしいと言われたこともあり、情報の取り扱いなどの条件を取りまとめたうえで、2020年4月からテレワークを導入しました。

導入にあたっては、どのように準備をしましたか?

門馬:2020年4月時点では、テレワークを導入できたのは全体の65%の現場でした。

テレワークの現場が過半数となる中でも、業務上どうしても出社しなければいけない社員もいる。どうしても不公平に感じてしまいますよね。なので、感染のリスクがあるなかで出社してくれる社員には特別感謝手当を、在宅で仕事をしてくれる社員には在宅勤務手当を2020年5月から翌年4月まで支給しました。

現在は、組織の制度や業務体制が整い、全体の84%の現場でテレワークができるようになっています(2023年1月時点)。

在宅では仕事がしにくい社員向けに本社にスペースを用意

在宅でも仕事ができるように、クラウドツールは利用しましたか?

門馬:ビジネスチャットツールの「Chatwork」を2020年4月に導入しました。

理由は、LINEに慣れている若い世代から、普段チャットを利用しない60代の社員まで誰でも簡単に使えそうだったからです。とはいえ、最初はなかなか使ってくれない社員もいたので、社内会議はすべて「Chatwork」のビデオ会議システムを使うなど、使わなければ仕事ができない環境をつくり利用を促しました。

さらに、以前から導入を検討していた給与関連のクラウドツールも導入。図らずも感染症の流行が業務改革のスピードを上げるきっかけになったと思います。

テレワークの導入や業務のIT化は、課題だった長時間残業への変化や解消にもつながったのでしょうか。

門馬:月平均20時間の残業時間の削減が実現できたので、大きく貢献したと考えています。ただこれは、当社の努力だけではなく、2018年に公布された働き方改革関連法の影響で、取引先が働き方を変えた点も影響していると思います。

テレワーク導入による社員の満足度の変化をお聞かせください。

門馬:通勤がなくなった分、体調管理がしやすくなったという意見は多く聞かれました。それと、残業が生じても一旦仕事を中断して家族と一緒に夕食をとり、その後作業を再開するなど、家族と過ごす時間が増えた社員もいます。

その一方で「他の家族も在宅勤務なので、家では仕事がしにくい」「一人暮らしなので、誰とも話さない日が続いてつらい」といった声もありましたね。そうした声を聞き、改めて多様性を内包しながら組織を構築する際の課題というか、誰もが満足する働き方を提供することの難しさを実感しましたね。

新たに浮き彫りになった課題に、どのように対応しましたか?

門馬:社員が出社と在宅のどちらかを必要に応じて選んで働けるようにするため、社内にフリーアドレスのワークスペースを設けました。もともとは社内イベントを行うための広い空間だったのですが、思い切ってリニューアル工事をおこない、20人ほどが仕事ができるようにしたんです。

新設されたワークスペースは、社員の「働き方の選択肢」の一つになっている。

コロナ禍での手当支給やワークスペースの新設など、スピーディな解決策の実行が印象的です。

門馬:そうですね。必要な制度や対策は、それこそ「即決断、即実行」といったスピード感は当社の特徴かもしれません。会社として、全ての社員の要望を叶えられるわけではありませんが、働き方の部分は、できる限り社員の意見と、会社としてできる最大限のサポートをしていこうと考えています。

「バーチャルな密」を創造するためバーチャルオフィスを設置

そのほかにも、働き方を変えたことで課題に感じたことがあれば教えてください。

門馬:全社的なオフィス出社の機会が減ったことによって奪われたものの1つが、偶発的な出来事です。会社にいると、すれ違った社員同士で立ち話が始まり、そこから新しいアイデアが生まれるケースもありますし、なんとなく聞こえてきた会話から気づきが得られることもあります。

でも、テレワークでは、そのような偶然の情報共有やコミュニケーションは生まれにくいと言えます。わざわざ場を設けなければコミュニケーションがとれませんから。そこで「バーチャルな密」を生み出すため、バーチャルオフィスを設けました。

バーチャルオフィスとは、どのようなものでしょうか?

門馬:まず社員それぞれのアバターがあり、そのアバターがバーチャルオフィスに出社します。

バーチャルオフィスでは「自分=アバター」なので、他のアバターに近づいて話し掛けると吹き出しが現れたり、アバター同士が離れると声も小さくなっていくといった細部のギミックもあったりして、なかなか面白いですよ(笑)。想像以上に、リアルな出社に似た状況を感じることができています。

社員の心理的安全性を高める効果も期待できるバーチャルオフィスでは、社員の表彰式などもおこなっている。

導入はスムーズに進みましたか?

門馬:今だから言えますが、私自身、バーチャルオフィスを導入すると決断したものの、「つくっても、社員はなかなか参加してくれないだろうな」と予想していた部分もあったんです(苦笑)。

そこで、参加しやすい環境づくりを同時におこないました。まず、全社員にタブレット端末を配布し、それに加えて通信費や光熱費を補うための在宅勤務手当を全社員に支給するようにしました。ある意味、参加しない理由を排除するべく、制度を整えていきました(笑)。

ただ、今ではバーチャルオフィスが社内コミュニケーションにおける欠かせないツールとして活用されています。ビンゴ大会や新入社員歓迎会、永年勤続の社員への表彰式といった社内イベントもバーチャルオフィスで開催していますが、オフライン時よりも参加率が上がっていますし、導入してよかったと感じています。

導入にあたって、注意した点はありますか?

門馬:そうですね。リアルタイムで様子がわかる点は、コミュニケーションが取りやすいというメリットがある反面、人によっては「監視されている」と感じてしまうこともあるかもしれない。リアルなオフィスであれば、お互いの様子がわかるのは当たり前ですし、そのような懸念はないのですが、そこがバーチャルを介すことの難しさかもしれません。

そのため、バーチャルオフィスへの出社は、現在でも自由であり、義務にはしていません。

コミュニケーションに力を入れている印象を受けますが、コミュニケーションの「質」については、どうお考えでしょうか。

門馬:コミュニケーションの「質」を高めるのは、やはり相手への思いやりだと思います。

情報共有は大事ですが、共有の仕方をないがしろにしてしまうと、必ず「摩擦」が発生します。相手のバックボーンや状況を汲み取ったうえで伝えることが重要ですよね。

そのためにも、日々の会話を積み重ねたりちょっとした悩みでも相談できる体制をつくったりして、コミュニケーションの下地を整えなければなりません。こうした下地によって、コミュニケーションはうまくいくと思っています。

360度評価を導入し若手をほめる土壌をつくる

評価制度についてもお伺いします。現在は、どのような評価制度を設けていますか?

門馬:2022年に「360度評価」を導入しました。もちろん定量化できる実績を評価する基準もありますが、それだけでなくプロセスや「自分なりに頑張った」と感じている社員の頑張りをキャッチアップできる体制をつくりたいと考えました。

そのためには、上司がしっかりと部下を見る必要があります。360度評価では、ボジションや部署に関係なくざまざまな視点が評価に影響を持つことになります。「上司から部下」だけの評価ではなくなり、例えば、部下が上司を「相談しやすいか」「業務へのアドバイス、作業報告へのコメントは適切か」などの項目で評価するケースも発生します。

制度の構築は、どのようにして進めましたか?

門馬:360度評価の導入を検討した際は、まず部長以上の役職者に伝え、ワーキンググループで検討してもらいました。

発案こそ私がおこないましたが、その後の運用までのプロセスも基本的には社員主導でおこなっています。

評価導入後は、もちろん課題も提起されますが、上司によるねぎらいや温かい言葉といったコミュニケーションがあること、また、そのような声かけに対する感謝といった部分が言語化されマネジメント側のモチベーションややりがいにつながっている効果もあると感じています。

かつては、「出社して、長時間働くこと」が評価される潮流もありました。その点について、現代社会における評価のポイントは、変化が生まれていると感じますか?

門馬:出社をしなければいけなかったのは、情報伝達の手段が限られていたからだと思います。

今は対面に代わるだけでなく、対面のデメリットを補う手段が多様にありますよね。同じ場所で一緒に働かなくても、十分に生産性の高い仕事はできます。ですから、出社すること自体を、合理的な理由なく評価する必要はないと思います。あくまで、その人が「何をしたか(本質)」ですよね。

ただ、勘違いしてほしくないのは、オフィスで働くことや直接対面する機会を否定しているわけでは決してありません。あくまでも人と人ですから、相手の表情を直接見て、コミュニケーションを取った方がよい場合もあると思います。

個性を尊重するためにあえて利益を意識しない

御社では奨学金返済支援制度をはじめ、特徴的な福利厚生制度も用意しています。その狙いを教えてください。

門馬:今は約2人に1人が奨学金を借りていると言われています。

家庭の事情など、本人に原因があるわけではないのに手取り収入が減ってしまう状況に対して、会社として支援してあげられるのであればサポートしたかったというシンプルな「想い」が背景としてあります。

具体的には、返済支援の手当を支給しているのですが、当然、社員の中には奨学金を借りていない人もいます。そのため、不公平な制度と捉えられてしまうかもしれません。

でも、このような制度で、完璧な公平を実現するのは難しいですよね。会社としては、それぞれのライフステージや場面で利用できる制度を充実させることで、不公平さを解消できるように努めています。

社員にやさしくあれる企業であれば必ず成長する

こうした制度は、生産性の向上につながりますか?

門馬:実は、制度の整備による生産性の向上は、過度に期待していません。

社員が安定した生活を送れなければ、ベストな仕事はできませんし、それができなければ取引先にも喜んでもらえません。制度の整備は教育への投資と同じで、生産性の向上だけを目的としてはいけないと考えています。

企業を存続させるには、利益の確保が欠かせないと思いますが、その点はいかがでしょうか?

門馬:もちろん企業として事業成長や利益の確保は重要です。ただ、利益追求ばかりが先行してしまうと、社員一人ひとりの個性を尊重しなくなり、未熟な社員を排除する方向に進んでしまう側面もあるのではないでしょうか。

そのため当社では、利益の確保はマネジメント層の役目であると考え、各現場に損益の責任を負わせていません。そのうえで、お客様にとって良いことをトコトンやっていこうと現場には声をかけています。

当社のような事業では、売上を拡大するには、事業規模を拡大する必要があり、事業規模を拡大するには人材が必要です。人を大切に思う制度は、利益至上主義をベースに構築しなくとも、結果として利益につながっていくと思いますし、そうなると信じています。

そのようなポリシーが「離職率5%以下」の成果にもつながっているとお考えですか?

門馬:そうですね。IT業界は、業界全体の離職率が11%以上とも言われており、定職率の高い業界とは言えません。そのような中で、現在当社の離職率は3~4%にとどまっています。平均を大きく下回る状態が維持できているのは、成果の一つと言えると思います。

門馬社長が考える理想の組織とは、どのような組織でしょうか?

門馬:幹部や役員、間接部門を担うメンバーは、現場の後方支援部隊だと考えています。多くの組織図では社長が一番上に書かれていますが、実際は社長や幹部は図の下部分、現場こそ図の上部分に置かれるべきではないでしょうか。現場がしっかり役割を果たせるように、そして日々生き生きと働けるにはどうしたらよいかを考えながら、これからも制度を整えていきたいです。

今後の展望をお聞かせください。

門馬:取り組みたいことは2つあります。1つ目は、定年の廃止です。当社は2023年で創業36年目を迎えるため、まだ新卒で入社した社員が定年を迎えた実績はありません。

現在の制度での定年は65歳ですが、技術力を磨き続けたい社員や世話好きな社員は多くいます。そうした社員でずっと働きたいと考えている人には、定年を迎えた後も若い社員を育ててほしいと思っていますし、ベテラン社員が生き生きと働いている姿をを見て、この会社で長く働いていけるんだという安心感を若い社員たちに感じてもらえたら嬉しいです。

2つ目は、評価制度や給与体系の透明性をより高めることです。評価の透明性は、企業と社員のエンゲージメントを強固にするうえで非常に重要な要素だと考えます。より働きがいを高めてもらうためにも、改善を繰り返し最適化を目指したいですね。

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