林業を日本で一番自由に働ける職業へ 「家族のため」からスタートした前例を打ち破る働き方改革

取材日:2024/04/22

「木を切らない林業」という新たな事業スタイルで植林事業を展開する株式会社中川。働き方においても、「利益」よりも「時間」に重きを置いた前例のない取り組みで、林業を日本で最も自由に働ける業界へと導いています。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 中川雅也さん

    中川雅也さん

    株式会社中川

    総務課

この事例のポイント

  1. 6時間労働×給料公開×日当制で働くモチベーションがアップ
  2. 雇用人数を30人に抑え、家族のケアも会社の役割に

「木を切らない林業」で新たな働き方を開拓

御社は「木を切らない林業」という新たなジャンルを創出しています。きっかけを教えてください。

中川:そもそも当社の起業を決意したのは、息子からの一言がきっかけでした。以前は地元の森林組合で忙しく働いていたのですが、当時3歳だった息子に「おばあちゃんにお金借りるから、いくら借りたらお父さん仕事休んで遊んでくれるの?」と言わせてしまったのです。そこで、家族との時間を取れる働き方を模索した結果、林業にたどり着きました。

しかし、林業は日本で一番死亡率が高い業界とも言われています。特に木の伐採は事故のリスクが高い業務です。

子どものために起業したのに、僕自身が死んでしまっては意味がありません。それならば、死亡リスクが高い伐採業務をしなければいいのだ、と考えたのが始まりです。

一般的に、林業の働き方にはどのような課題があるのでしょうか?

中川:林業における労働災害発生率の高さや人材不足は、前々から叫ばれ続けてきました。人手不足解消のために未経験者を次々と雇用しても、命の危険を感じて辞めてしまう。成熟した技術を持つ従業員が少ないために労働災害も発生しやすくなる。この負のスパイラルが全てではないでしょうか。

この課題を解決するためには、分業が有効ではないかと考えています。林業では、植林、育成、伐採というプロセスが長い年月をかけて発生します。そのため、全ての業務を一人前にできるようになるためには何十年もかかってしまいます。

そこで、当社のように植林事業だけに特化するなど、企業間で林業を分業化することによって、従業員は効率良くスキルを習得できます。数年ほどで一人前の職人を目指すことができ、一人ひとりの技術が向上することで、林業全体としての労働災害リスクの削減につながるのではないかと考えています。

ちなみに、中川さんは創業者でありながら、社長ではないのですね。

中川:僕の哲学として、経営者と社長は別であるべきだと思っています。

社長は組織を円滑に回す最高のバランサー。一方経営者は、常に0→1をし続けて会社に面白いエッセンスを入れていく人間です。

僕はとことん経営者でありたいので、従業員兼経営者という形で、新たな働き方や事業の開発に取り組んでいます。

6時間労働で昼には退社。ドローン導入で女性も活躍しやすく

御社では林業における新たな働き方を多数生み出しています。なかでも、6時間労働を導入しているとお聞きしました。

中川:屋外で現場作業を担当する従業員は、1日6時間労働としています。スケジュールの一例を挙げると、朝6時に仕事をスタートし、山で植林などの作業を行います。途中1時間の休憩を挟んで12時には終業。実質的な労働時間は5時間ですね。朝早く出社する分、退社後には子どもと遊んだり、家族そろってご飯を食べたりするなど、プライベートの時間を満喫しています。

安全確保のため、作業は基本的にチームで行うのですが、2人以上で一緒に行動するならば、作業時間をずらして働くことも可能です。

なお、事務方の従業員は肉体労働がない分、1時間休憩を含む7時間労働に設定し、従業員間の公平性を確保しています。

6時間労働を導入した経緯を教えてください。

中川:創業時、試験的に8時間労働チームと6時間労働チームに分けて、それぞれの生産性を調べました。

最初の1ヶ月間は、やはり8時間労働チームの方が1日当たりの生産性が高かった。しかし、3ヶ月目を目前に、なんと両チームの生産性が並んだのです。

8時間労働チームは、最初は好調だったものの、日を重ねるごとに疲労が蓄積され、作業効率も右肩下がりで低下していきました。一方、6時間労働のチームは、疲労をためすぎないため、心身のコンディションを一定に保って仕事ができます。

体力もモチベーションも下がったまま8時間労働で働き続けても、怪我をするリスクしか残りません。8時間で働くメリットが全く見い出せなかったため、創業3ヶ月目のタイミングで、6時間労働を導入しました。

労働時間を6時間に抑えるために、工夫していることはありますか?

中川:「今すぐやらなければいけない仕事」「雨の日でもできる仕事」という具合に仕事を徹底的に細分化し、無駄なく業務を進めています。今や6時間労働でも長いくらいで、5時間労働にできないかと試行錯誤しています。

加えて、作業効率を高めるために、自社開発のドローンを活用しています。これまでは、約25キロの作業道具を、人が1時間かけて山に運んでいました。これだけでかなりの重労働ですし、効率も悪いです。そこで、ドローンに山の上まで荷物を運ばせ、作業員の肉体的な負担を減らすことに成功しました。

林業は肉体労働のイメージがあるため、女性が圧倒的に少ない業界でした。しかし、ドローンの活用により、男性も女性も関係なく活躍できる場になりつつあります。

御社には、現場で働く女性従業員もいるのでしょうか?

中川:現在、当社には3名の女性従業員がいますが、全員現場で活躍しています。給料に関しても、「女性だから低い」といったことは一切ありません。

そうなんですね!とはいえ、体調によっては山の中での作業が負担になる場合もあるのではないでしょうか?

中川:そうですね。特に女性の場合、特有の不調があらわれる日などはあると思います。そのような日には、撮影用ドローンを活用した野生動物の被害調査など、負担の少ない業務をしてもらっています。

ひと言に植林事業といっても、さまざまな業務があるので、その人の活躍できる場で働けるよう調整しています。

給料公開×2ヶ月に1度のベースアップで目標を見える化

先ほど給料の話がありましたが、御社では従業員の給料を公開しているそうですね。それはなぜでしょうか?

中川:誰がいくらもらっているかが分かることで、自分の目標やビジョンを明確化させることができるためです。

例えば、「あの先輩と同じような働きができれば、これぐらい稼げる。それならば1年後までにこの技術を身に付けよう」というように、目標が具現化され、働くモチベーションも高まります。

近年多くの企業において、社員にビジョンを抱かせることが重要視されており、会社側から働きかけをしている場合も多いと思います。当社の場合は、給料の公開によって、社員が自発的にビジョンを持つようになりました。今いる会社で働く目的ができると、離職もしづらくなります。

従業員の方から不満が出ることはなかったのでしょうか?

中川:今まで不満が出たことはありませんね。評価は経営者ではなく、普段一緒に働いている現場の班長が行いますし、従業員全員が監査役の役割を果たしています。

また、当社では2ヶ月に1回ベースアップの機会を設け、仕事の頑張りがすぐに評価される仕組みを作っています。

2ヶ月に1回もベースアップのチャンスがあるのですね!

中川:一般的には多いかもしれませんが、僕からしたら、年に6回“しか”チャンスがないと思っているくらいです。

今の頑張りが、来年ではなく2ヶ月後に反映されるならば、モチベ―ジョンもキープできます。そして、「もっと頑張ろう」「もっと学ぼう」という意欲も自然と沸き上がってくるでしょう。

有給休暇の活用で、日当制でも安定的な収入を確保

加えて御社では日当制を導入しています。しかし、日当制は収入が不安定なイメージがあります。

中川:確かに、そのイメージは強いですよね。

しかしながら、有給休暇を活用することで収入の平準化が可能です。例えば、「普段は月20日出勤しているけれど、今月は家族旅行があるから15日出勤にする」という場合、5日分の有給休暇を取得することで、20日分の給料を受け取ることができます。

日当制と有給休暇を掛け合わせることで、働きやすさと安定した収入の両方を叶えることができるのです。

日当制にして出勤日を従業員に委ねた場合、従業員が出社しない日が発生するリスクもあるのではないでしょうか?

中川:リスクとしてはありますが、そうなっても問題ないと思っています。従業員がモチベーション高く働けることが、何より会社の利益につながると考えているためです。

僕の理想像は、部活動のような会社です。例えば、学生時代の部活を思い出してもらうと、たまにずる休みをしたくなることもありますが、しばらく部活に行かない日が続くと、自然と「そろそろ行くか」とやる気が出てくることがありますよね。

仕事も同じ。仕方なく出勤するよりも、休みたいときに遠慮せず休んだ方が、仕事で高いパフォーマンスを発揮できるはずです。

雇用人数は30人に限定!人が増えたら起業をサポート

ほかにも特徴的な取り組みはありますか?

中川:経営戦略として、「雇用人数30人、人件費率50%以上、純利益率10%以下」という数字を設定しています。

会社にとって、売上目標は最も不要な数字だと考えています。売上目標のために従業員は無理をすることになりますし、その結果が給与に反映されなければ不満が募るだけです。

それよりも、人件費率50%ならば、売上が上がった分だけ従業員の給料に反映されます。純利益率10%についても、もし10%以上になっていた場合、会社は従業員やクライアント、地域へ還元しなければならないと一目で分かります。

人件費率50%以上、純利益率10%以下という数字は、会社だけでなく、従業員や地域全体のウェルビーイングを目指すために設定されたものなのです。

雇用人数を30人に限定しているのはなぜでしょうか?

中川:僕が責任を持って雇える人数が30人だからです。

僕は家族のために起業したため、子どもの誕生日や結婚記念日には休暇を取得することを公言しています。そして従業員が従業員自身の記念日に出社している際には「今日は記念日だから休みなさい」と言えるためにも、僕が覚えられる人数以上は雇わないことにしています。

一人ひとりの従業員を大切にされているのですね。

中川:というのも、あるとき大失敗をしてしまって。新潟県に支社を立ち上げる際に従業員を派遣したんです。その結果、1人の従業員が大切な結婚記念日を家族で過ごせなくなってしまって……。

当時社長を務めていた母には大叱責されました。「あなたは家族のために仕事をすると言っているけれど、自分の家族のことしか見えていない」と。当時は、自分の視野の狭さを大変反省しました。

雇うならば、従業員やその家族全員の誕生日、記念日を把握し、「この日の出張はこの人にしてはいけない」などを、即座に判断できるようにならなければいけない。それができるよう、30人に限定しています。

もし従業員が30人を超えてしまった場合は?

中川:起業をしてもらうしかありませんね(笑)。

現在も、そろそろ30人に達しそうなので、従業員の起業を後押ししています。

会社が従業員の起業を応援するとは斬新ですね!

中川:1人での起業は不安も大きいと思うので、社内から2人までは、会社が”合法的に”ヘッドハンティングを認めています。「近々起業する予定だから一緒に来ない?」と、社内で堂々と声をかけても、誰も咎めません。

とはいえ、実際にヘッドハンティングを成功させることは簡単ではありません。なぜならば、当社以上の給料、当社以上のビジョン、当社以上の働きがいを提供できる会社でなければ人はついていかないからです。結果として、起業者は、よりハイレベルな戦略が求められるわけです。

当社から起業することは、経営を目指す人にとってプラスになる学びも多いはずです。

実際に何名ほど起業されたのでしょうか?

中川:これまでに、7人の従業員及び研修生が全国各地で起業しています。

仲間が全国で起業していることは、いざという時のためのリスク分散にもつながります。

例えば、当社が拠点を置く和歌山県は、30年以内に南海トラフ巨大地震が発生する確率が非常に高いことが懸念されています。万が一、当社が被災して従業員に仕事を提供できなくなったとしても、全国で仲間が起業していれば一時的に受け入れてもらうことが可能です。

ライバルとして切磋琢磨しながら、仲間として助け合える関係性でありたいと考えています。

従業員だけでなく、家族や地域のウェルビーイングも実現

御社の働き方の根底には、家族を大切にする思いがあるように思います。

中川:そうですね。従業員の家族にも定期的に会いに行き、ストレスはないか話を聞いています。

お子さんに「家でのお父さんはどう?」と聞いて、「疲れて寝てばっかりいる」という不満を抱いているならば、それは会社の責任です。早急に働き方を見直さなければいけません。

以前、従業員の奥様が面白いお話をしてくれました。「我が家は共働きですが、朝4時〜5時に出社する旦那に合わせて、私は毎朝お弁当を作っているんです。そんななか、私が仕事から帰ってきたときに、夫と娘が幸せそうにいびきをかいて昼寝をしている姿を見るとムカついてしまって...。」 と(苦笑)。

従業員に子どもと過ごす楽しい時間を提供したために、奥様の時間を奪ってしまった、これも会社の責任です。ということで、現在「お弁当プロジェクト」を立ち上げる準備をしています。

お弁当プロジェクトとは?

中川:地元の居酒屋店と協力し、余らせると廃棄になってしまう食材を使って従業員用のお弁当を作ってもらうプロジェクトです。

以前、近隣の居酒屋店の方から、「フード提供は0時までだけど、お客様は明け方まで飲んでいる。閉店までの時間は特にやることはないし、食材も余ってしまっている」という声を聞いたことがありました。

そこで、余った食材でお弁当を作ってもらうことで、奥様のストレス軽減にプラスして、食品ロス解決や居酒屋店の売上向上につながるのではないかと考えています。

従業員やその家族だけでなく、会社として地域に対してもどれだけ貢献できるかは、これからさらに力を入れていきたいポイントでもあります。

時間を重視する働き方により、求人広告なしで49人エントリー

林業において革新的な働き方を行なっていますが、現在の制度を構築するうえで大変だったことはありますか?

中川:社内においては、「経済的利益よりも、時間が大切」という価値観を持った者が集まっているので、さほど困難はありませんでした。

ただ、同業者からの反発はありましたね。「勝手にそんなことをされて、自社の従業員から同じようなことを求められたらどうするんだ」と。しかし、働く人が求めていることこそ、会社が実現すべきことではないでしょうか。

実際に当社では令和5年度、求人広告を一切出していないのにも関わらず、49人の方にエントリーしていただきました。また、当社の働き方を導入している、伐採事業を展開する同業者にも、人がどんどん集まっています。

最後に、中川さんが考える林業のこれからについて教えてください。

中川:僕は、日本で一番自由に働ける仕事は、林業だと思っています。例えば、植林事業では植えた木が成長するのは何十年も先のこと。時間軸が非常に長いので、1日2日仕事をさぼったとしても、林業の世界からしたら誤差の範囲です。そう考えると、林業は非常に働きやすい業種だと思えてきませんか?

日本全国に職場(山)があり、自然と対峙する林業こそ、日本で一番ノマドワーカーに適してると思います。

先ほど起業の話もしましたが、僕の夢は、47都道府県へ起業者を輩出し、自分の家族と共に全国各地を旅しながら働くことです。そのような環境ができれば、もちろん僕だけでなく、従業員の働き方もより自由になります。

「日本で一番の自由人は林業をしてる人だよね」と認識されるような世界を作りたいですね。

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