ダイバーシティ推進で社会と繋がる学校運営を実現 数多くの学校・自治体が見学に訪れた”未来の学校”のあり方

取材日:2023/06/16

副業歓迎の二刀流教員をはじめ、チームでクラスを担任するなど、従来の学校とは異なる取り組みを行っている新渡戸文化学園。学校ダイバーシティを推進する理由や成果について詳しくお話を伺いました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 平岩国泰さん

    平岩国泰さん

    新渡戸文化学園

    理事長

この事例のポイント

  1. 生徒・教員の幸福度を軸に運営体制を構築
  2. 自由度の高い人事制度で学校イノベーションを推進

チーム担任制&副業OK!ダイバーシティを推進する学校

御校では、さまざまなバックグラウンドをもつ教員が勤務していると伺いました。詳しく教えてください。

平岩:一般的には、先生たちはずっと教員をされているケースが多く、公立校の先生で企業勤務経験がある人は5%前後であるのに対して、本校では、教員以外の職種経験を持つ教員が半数近くいます。前職はIT企業や製薬会社、サッカーコーチなどさまざまです。

そして、現職教員の52%が学外の組織に肩書きを持つ、いわゆる二刀流教員ですね。

副業の内容は多種多様で、週1日だけ大学教員をしている教員もいれば、週末に民間企業で研修講師をしている教員もいます。ほかにも、絵本の作家や学習塾講師、YouTuberをやっている教員もいたりします。

二刀流教員はいつから運用しているのですか?

平岩:本格的に二刀流教員を開始したのは2020年です。もともと副業を禁止する制度はなかったので、制度を新設したということではなく、副業を推進し始めた時期ですね。

当時は、二刀流教員の話題性や、経済産業省が取り組んでいる「未来の教室」の教室のモデル校に選ばれたことなどもあって、他の学校や自治体などから見学にお越しいただく機会が増えました。数でいうと、3年間で100件以上です。

固定担任制ではなく、複数人の教員で1クラスを担当する「チーム担任制」を導入した背景も副業制度と関連しているのでしょうか。

平岩:そうですね。チームでの担任制度は、日本の学校ではまだ少ないかもしれません。ただ、副業を可能にするためのチーム担任制ということではなく、生徒たちにも組織としてもメリットが大きいと判断したので体制を変更しました。

教員の仕事は、学習以外にも多岐に渡ります。しかしながら、教員も人間。得意不得意はあるはずです。専門とする教科以外の部分では、たとえば、進路指導が得意であったり、心理的なケアの経験が豊富であったり、強みは教員によって異なります。

1クラス1担任だと、教員が苦手としていることも、全部1人で抱え込まなければいけません。それは、教員にとっても生徒にとっても、もったいないことだと思いますし、いわゆる「当たり外れ」も生んでしまいかねません。

確かにそうですね。そのほかにも、チーム担任制のメリットはあるのでしょうか。

平岩:チーム担任制は、教員が自分の得意な分野で強みを発揮できるので、自己有用感も高まり、働きがいも生まれると思っています。

また、教員の長時間勤務が社会問題にもなっている中、チームで協力し合うことで残業削減の効果も期待できますし、担任の体調不良やケガなど、あらゆる不慮の事態の備えにもなります。責任を一人で抱え込むことのない、支え合える環境は、教員の心理的安全性の面でも大きなメリットです。

生徒には、とにかく教員全員が担任だと思って欲しいと伝えていますね。そして、教員には、自分の得意な部分で生徒に貢献して欲しいと。

すべての取り組みは生徒の幸福のため

二刀流教員やチーム担任制など、なぜ「改革」とも言える取り組みに挑戦されたのでしょうか。

平岩:一番大きな理由は教員に幸福になって欲しかったからです。私たちは生徒たちが幸福であることを最上位の目標に掲げているのですが、そのためには教員も幸せでなければなりません。

これまでの日本の学校では、教員の幸せに重きが置かれることは少なく、教員の自己犠牲が当然であり、それを美学とするような風潮もあったと思っています。

ただ、教員にも人生があり、「教員」という職業を生涯追求したいと考える人がいる一方で、複数のキャリアを希望する教員がいてもおかしくはありません。

これは、どちらが良い悪いということではなく、「選択できる」ということが重要なのです。教員自身が、自分の人生ビジョンに合わせた生き方、働き方を選べることで幸せになり、常に高いモチベーションで教員の仕事にも向き合えるようになる。実際、教員と生徒の幸せが連鎖する好循環が生み出されているのではと感じています。

また、本校は、生徒が自ら課題を設定し、解決するための情報を収集したり、他者と協働したりしながら学習する探究型の学習に力を入れていますので、社会とのつながりは欠かせません。そういった面でも、さまざまな経歴をもつ教員の視野や、学校外の人々とのつながりが活かされることは多々ありますね。

副業を推進するに当たって不安はありませんでしたか。

平岩:大きな不安はなかったですし、概ね順調に導入できたと思います。しかし、継続するためには、努力が必要であり、細かな課題をその都度解消しつつ、改善を重ねなければなりません。もちろん副業をしない人にも素晴らしさがあるので両方が満足できる組織風土を維持していくためには、ずっとそれに向き合う覚悟も必要です。

当時、取り組みを始める際は何から着手しましたか。

平岩:まず、学校のビジョン・パーパスを明確にした上で、全教職員と1対1の面談を実施しました。面談に臨むにあたって私が用意した質問は、なぜ教員になったのか、どのような先生になりたいのか、の2つだけです。

どのような先生になりたいのかについては、自分自身の理想の姿や生徒との関わり方について語ってくれましたが、ほとんどが学園の目指すものと重なっていました。その一方で今までできていなかったのは、何かの理由で気持ちにブレーキをかけていたのかもしれません。

教員たちは本当はもっと生徒たちと伴走的に関わりたいと思っていた。そこに対しては、これからは妨げるものはないので、まっすぐにあなたの目指す教員像に向かいましょうね、と話しました。

平岩理事長からは、改革に当たってどのようなメッセージを伝えたのですか。

平岩:教員自身の幸福と成長が組織全体の成長につながり、生徒を幸せにできると伝えました。

新しい一歩を踏み出すことへの心理的抵抗感をもった教員もいるかもしれませんが、対話を重ねていくことで理解を深められたと思いますし、これは1対1だったからできたことだと考えています。複数人と同時に面談していたら、他の教員を気にして話したいことも話せなくなってしまうケースが、どうしても出てきてしまうので。

学校運営を改革し業務を効率化

「チーム」でクラスを担当するため、コミュニケーションの方法や意識改革も進められたそうですね。

平岩:二刀流教員やチーム担任制の取り組みが始まったタイミングがちょうどコロナ禍と重なったことも要因の一つではあるのですが、情報共有や外出先などでの閲覧の利便性などから、常にチャットを活用してコミュニケーションをとっています。

チームで仕事を進める上では、情報共有は非常に重要です。チャットを活用することで口頭での情報伝達よりも、相手の都合を気にすることなくクイックに伝えられますし、グループチャットなど共有性も高いので、スピードが上がり、コミュニケーションロスが少なくなりました。

新学期前には「チームビルディング」も実施されるそうですね。

平岩:はい。小学校では、4月の最初に教員チームのチームビルディングの期間を設けています。1年の始まりである重要な時期なので、きちんと準備を整える必要があるからです。一般的な公立小学校の始業日は4月1週目ですが、本校は始業日を1週間程度遅く設定しています。

始業日を遅らせてでも行う理由があるわけですね。

平岩:おっしゃる通りです。

新学期の担任については、大急ぎで新学期の準備に取り掛かる状況があります。その場合、毎日残業して準備を進めても、バタバタした状態で新学期に突入することになってしまう。1年間の初めはチーム作りの大事な時期ですので、しっかり準備して始めたいですよね。

こういった取り組みは、アフタースクールがあるからできることかもしれしませんが、保護者にも理解いただいていますし、チームとして組織を動かしていく上では、極めて重要な時間になっています。

先進的な取り組みにより生徒の進路満足度100%を実現

二刀流教員の取り組みは、生徒にどのような変化をもたらしましたか。

平岩:生徒の自己肯定感や社会への関心度が上がりました。数字で表すのが難しい領域ではありますが、自分の居場所を見つけたり、やりたいことを見つけたりする生徒はかなり増えたと実感しています。

以前よりも自信を持って授業に取り組んでいる姿、積極的に意見を出し合う様子、クラスメートとの関わりを楽しんでいる姿を見る機会が非常に増えましたね。

印象に残っているエピソードを教えてください。

平岩:高校から本校に入学した男子生徒の話なのですが、彼は中学では学校生活に楽しみが少なかったそうです。

本校に入学してきた際も元気のない様子だったので、心配しつつ見守っていたのですが、探究学習において、趣味だったプラモデルの軍艦への興味・関心を掘り下げていく中で、15歳で少年兵として軍艦に乗せられた戦争体験者である語り部の存在を知ったのです。

彼は、その人に話を聞いてみたいという一心で、自分でコンタクトを取り、自分でインタビューをして、さらには、その人のストーリーを他の生徒にも伝えたい!と、全生徒向けの講演会を企画し講演まで行っています。彼が意欲に燃えてイキイキとした姿を見た時は、こちらも胸が熱くなりましたね。

残念なことに、語り部の方は、その翌年に亡くなってしまったのですが、その方の魂や戦争防止を訴える使命を引き継ぎたいと決意し、その後も自主的に研究を続け、最終的には、高校での研究成果を活かして大学の社会学部に進学しています。

探究学習による興味・関心への気づきがもたらした変化ということですね。

平岩:はい。生徒が真に学びたいことに出会い、主体性をもって将来の進路を決定し、自分で道を切り拓いていくのは、私たちが目指す理想のあり方です。

彼らの成長と変化を目の当たりにできるのは、私たち自身の大きなやりがいにもつながりますし、教員という職業への誇りにもつながる。だからこそ、情熱を持って教育に取り組めるのです。

本校では毎年3月に、生徒の成長ストーリーや変容ストーリーをみんなで共有する機会を設けているのですが、このような振り返りは、1年間の努力が改めて報われる瞬間であり、4月から再び頑張ろうという気持ちになれるのです。

名門校に入れさえすればいいという傾向は変化しつつあると言われています。生徒の進路についてはどのように考えていますか?

平岩:2023年3月に卒業した高校3年生の進路満足度は100%でした。2022年は98%です。満足度としては非常に高いといえるのではないでしょうか。

おっしゃる通り、とりあえず名門校に進学しておけばいい、といった考え方は変化しつつあります。興味関心のない勉強を続けるのはつらいものですし、保護者としても、子供が生き生きと頑張っている姿を見たいと思うでしょう。

本人が納得した上で、学びたいことを学べる、やりたいことをできる仕事を選択することがもっとも重要だと思います。

学校ダイバーシティの未来を切り拓く

二刀流教員やチーム担任制の学校運営でのメリットを教えてください。

平岩:学校運営でのメリットは3つあります。まずは、担任が1人ではないので、生徒を「複数の視点」で見ることできることです。

生徒の様子がいつもと違ったり、生徒同士でトラブルがあったりした場合、担任が1人だと見逃す可能性がありますし、指導やケアが偏ってしまうこともある。複数であるからこそ気づける点も多いものです。

2つ目は、ダイバーシティの推進です。本校はかなり早い段階で、チャットをはじめとしたITツールの活用やオンライン学習を導入しましたが、これは民間企業に勤めていた教員が進めてくれました。いろいろなバックグラウンドをもつ教員がいるからこそイノベーションを起こせるのです。

さらに、教員以外の夢も諦めることなく働き続けられる環境は、優秀な人材の獲得にもつながっています。また、大学院に通いながら教員を続けている方もいるなど、教員自身が、自分の「やりたいこと」を追い求めながら働く姿は、生徒にもいい刺激になっているのではないでしょうか。

学校ダイバーシティを進めていく中で、現在抱えている課題などはありますか。

平岩:業務を効率化しているとはいえ、まだまだ教員がやらなければならない業務が多いのが課題です。業務改善はもちろん、より生徒の「個」に寄り添った関わり合いができる環境を実現するための試行錯誤が欠かせませんね。

課題解決に向けての取り組みを教えてください。

平岩:現在でも比較的自由度の高い働き方を導入していますが、さらに自由度の高い人事制度を検討しています。

たとえば、教員は定時に出勤するのですが、午前に授業を担当しない教員もいます。そうであれば、朝から出勤しなくてもよいのではないかと考えたりするわけです。

また、業務改善の面では、ICTへの期待は大きいですね。従来の学習方法ですと、基本的に、テスト結果でしか生徒の理解度を可視化できなかったのですが、ICTを活用することで、もっと細かくそして早く理解度を把握することが可能です。

個別最適化されているので、ある単元の理解度が低い生徒はできるようになるまで集中的に学ぶことができますし、逆に、得意な生徒はどんどん先に進めていけるのです。従来の画一的な集団授業とは指導効率がはるかに違います。

今後、目指す方向性について教えてください。

平岩:より良い学校環境を実現するために、私たちが経験した成功や失敗は、惜しみなく共有するつもりです。そして、ゆくゆくは日本全体の学校の進化に貢献したいと心から願っています。

もちろん、学校組織を変革することは簡単ではありません。しかし、難しいからやらないという選択肢はありません。なぜなら、そこには子どもたちと教員の大切な未来があるからです。現在、先生になりたがる人が減り続けていますが、この時代に生きた者の責務として「教員が素晴らしい職業である」ことへの価値転換を行って、次世代にバトンを繋ぎたいと強く願っています。

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