町工場の「強み」捉え直し、離職続きのピンチ脱却 「ノリノリプロジェクト」を契機に、自ら価値を生み出す会社へ

取材日:2023/07/04

創業75年。地場最大の水門メーカーとして実績豊富な株式会社乗富鉄工所が、デザイン性に富んだアウトドア用品ブランドを立ち上げ、注目されています。3代目となる副社長が率いる改革。詳しい経緯や思いを伺いました。※本文内、一部敬称略

お話を伺った人

  • 乘冨賢蔵さん

    乘冨賢蔵さん

    株式会社乗富鉄工所

    取締役

この事例のポイント

  1. 自社職人は「ものづくりの総合職」。本領発揮できる環境を追求
  2. 異業種でチームを作り、新ジャンルでのクリエイティビティに挑戦

「ものづくりが好きな職人は辞めていない」という気づき

御社は地場で信頼される老舗企業ですが、どのような課題があったのですか?

乘冨:当社は1948年創業の鉄工所ですが、私が後継候補として入社した2017年ごろは正直、たくさんの課題を抱えていました。まず、長年実績を積み上げてきた水利設備事業の低迷です。鉄製からステンレス製の水門に移り代わり、整備し直す頻度が減ったことや、公共事業が減少傾向にあったことが主な要因。社内には「この先どうなるのか」というモヤモヤした空気が漂っていましたね。

また、社員の離職も深刻でした。2021年には、35人いた職人のうち15、6人が辞めてしまったんです。若手だけでなくベテランにも離職者が出ていた状況で、「何とか手を打たないといけない」と本気で危機感を覚えました。

まず、何から取り掛かったのですか?

乘冨:「引き留めないから、置き土産と思って離職理由を聞かせてください」と、退職者全員から1対1で話を聞きました。家庭の事情や給料面の不満、人間関係のいざこざといった理由がありましたが、何が根本的な原因なのか考えていた中、あることに気づいたのです。

それは「ものづくりが好きな職人は辞めていない」ということでした。同じ環境で働いているのに辞める人と辞めない人がいる理由は、「そもそもこの仕事自体が好きなのか、好きではないか」という部分にあると思ったのです。

なるほど。その後、どんな対策を取ったのですか?

乘冨:採用基準の見直しです。それまでは、大変な仕事に取り組む覚悟に重きをおいていて、採用面接でも「工場は夏は暑いし、冬は寒い。現場は大変な作業も多いですが、耐えられますか?」というような質問をしていましたが、「ものづくりが好きな人」を募る方針に切り替えました。

方針を変えてからは、当社のものづくりの現場について解像度を上げて伝えることも意識しました。「当社の職人さんは、ものづくりの総合職。工程の一部を担うのではなく、図面と材料を受け取り、自分で作り方を決め、お客様と打ち合わせすることもある。できますか?」という感じです。

何でも生み出せる職人「メタルクリエイター」が最大の強み

採用を見直して、状況は改善しましたか?

乘冨:少しずつ改善しましたが、採用の見直しは組織改革の入り口です。並行して、社員の不満を軽減するための対策を進めました。その一つが給与面の改善。離職が増えたことで浮いた労務費の8割を、職人をはじめとした全従業員に分配しました。

ほかにも、長年特定の人に任せていた生産工程などの采配をITツールの導入で「見える化」したり、職人に大きな負荷をかけていた遠方への長期出張工事をなくしたり。不必要なストレスを生まない職場づくりに取り組みました。

ただ、私自身がもっとも重要だったと感じるのは、自社の強みを「水利設備事業の老舗」という部分から「自社職人の能力の高さ」に捉え直したことです。そのことが、離職続きの大ピンチを脱却するカギだったと思っています。

詳しく教えてください。

乘冨:近年ものづくりの現場では、「いかに生産効率を上げ、コストダウンを図るか」が重視され、分業化が進められてきました。ただ、そのような中で当社はかなり異色です。いまだに分業せず、職人一人ひとりが入り口から出口まで創造性を発揮しながら担っています。お客様のニーズを聞き、「あったらいいな」をゼロから形にしていく仕事です。

当社の認識では職人は「ものづくりの総合職」。なぜ分業化されなかったかというと、事業の特異性が関係しています。メインの水門製造はほとんどがオーダーメイド。同じ型で数量を生産するような仕事ではありません。そのような仕事に分業は向かないわけです。

職人のクリエイティビティが生んだヒット商品「スライドゴトク」

「ものづくりの総合職」の存在が御社の「強み」なのですね?

乘冨:当社ではずっと「当たり前」だったかもしれませんが、私自身、初めて当社の職人を見たとき、オールマイティーな仕事ぶりに感動したのです。「自分の手でイメージを形にできるなんてすごい。かっこいい!」と。その感覚を若手にも共有できるよう、当社では職人を「メタルクリエイター」と呼ぶことにしました。

実は、当社に後継者として入社する前、私はある造船会社で生産管理の仕事をしていました。いわゆる「トヨタ生産方式」を採用している工場で、作業工程は極限まで細分化。私の役割は、職人が決められた作業に終日集中できる環境整備でした。

時間や動きの無駄を分単位で削るので、職人に図面を読ませることもない。クリエイティビティやデザイン性が求められることもない。徹底的なコストダウンをしながら、国際競争力を高めようと戦っていた現場でした。

御社とは真逆の環境ですね。

乘冨:そうです。当社の職人たちは、図面と材料さえ渡せば、何の指示も必要としません。作り方を全部自分で考えて、最初から最後まで自分でやりきる。入社したばかりの頃、「これが本来の職人、ものづくりのプロなのか」と驚きました。

もちろん生産性や効率を追求する方法が悪いということではありません。それぞれの「強み」や「目的」が違うということですよね。

職人の強みを発揮するため、どのような工夫をされましたか?

乘冨:この部分では、失敗も数多く経験しています(笑)。初めにチャレンジしたのは、農林水産業における作業の省力化に特化した「お困りごと解決」の事業化でした。

例えば、漁業の水揚げ作業時に、魚を入れたコンテナを何個もまとめて運ぶ機械や、食品加工現場で重い樽を楽に運んで中身も移せる機械など、現場の声を受けて作ってみたのです。ただ、実際には需要がニッチ過ぎたので、それ以上拡大することはできませんでした。

成功例はありますか?

乘冨:当社オリジナルブランドの「ノリノリライフ」です。

ノリノリライフでは、日用雑貨など、さまざまなプロダクトをプロデュースしており、いずれも好評を得ていますね。なかでも2020年9月に発売開始したアウトドア用品のシリーズは、キャンプ好きな職人が「こういうキャンプ用品があったらいいな!」という思いから始まったプロダクトです。試行錯誤の末、第一弾として、焚き火調理に便利なステンレス製五徳「スライドゴトク」をリリースしました。

一般的に、キャンプでの調理といえば網を使うのが主流ですが、この五徳は安定感がある上、伸縮タイプなので幅広いサイズの焚き火台に対応できます。全国のキャンプ愛好者から「痒いところに手が届くデザイン」「丈夫で手入れもしやすい」と大きな反響をいただくことができました。

焚火、アルコールストーブでの調理はもちろん、耐熱テーブルとしても使える「スライドゴトク」は、職人が1つ1つ手作りしている。

デザインを経営に。突破口を開いたデザイナーとの出会い

どうしてキャンプ用品の開発を思いついたのですか?

乘冨:振り返ると、いろいろな偶然が重なっていましたね。最初は、あるピザパーティーに参加した当時の上司が突然、「業者向けのピザ窯を作ったらどうか?」と言い出したことでした。あまり乗り気がしないなと思いつつ(笑)、正直な話、気持ちの半分くらいは断る理由を探すつもりでピザが有名なイタリアンレストランまで話を聞きに行ったんですよ。

そうしたら「今、キャンプが盛り上がってるから、アウトドア用のピザ窯だったら面白いかも」という新しい視点をいただいて。それは面白そうだと、今度は大手のアウトドア専門店に話を聞きに行きました。この時、キャンプ好きな当社の職人も一緒だったのですが、その流れの中で「アウトドア用品に参入しよう!」と決断したのです。

ニッチ過ぎる商品でつまずいた反省を生かし、リサーチを徹底されたのですね。

乘冨:マーケティング、事業開発も懸命に勉強していました。ただ、キャンプ事業が成功したのは間違いなく、デザインの力を経営に活かす「デザイン経営」を実践されていた関光卓さんと出会えたおかげです。

なかなか新規事業を決めかねていた中、私自身が模索していたのは、まさにその「デザイン経営」でした。これは、ユーザー目線で使いやすさを探求できるデザイナーと一緒に、マーケティングから商品開発、リリースまで進めていき、企業や製品の価値を高めるやり方です。地元福岡でお願いできるデザイナーを探し、運よく関光さんと出会えたことで道が開けました。

当初、商品デザインは職人が担当しましたが、関光さんには、キャンプ用品参入の是非、値決めや商品の開発プロセス、ブランディング、展示会の企画、プレスリリースまで丁寧に伴走していただきました。おかげで、職人の強みを発揮できる突破口が見つかった。今では、商品デザインもデザイナーさんにお願いしています。

インターンシップを機に発足した「ノリノリプロジェクト」

業種を超えた連携が道を開いたのですね。

乘冨:その通りです。同時期、福岡大学の飛田 努先生とSNS経由で親しくなり、学生をインターンシップで受け入れました。ECサイトやインスタグラムでの発信を任せたのですが、ずっと1人だった販路開拓が、ここからチームになった。それが「ノリノリプロジェクト」です。私自身とてもワクワクしましたね。どんどん社外の人とつながり、他業種からも学び始めたことが転機だったと思います。

一連のチャレンジの中で、最も「壁」に感じたことは何でしたか?

乘冨:旗振り役を担った私からすると、社内に「挑戦しない文化」があったことですね。近年ずっと公共事業を中心に請け負っていたので、どちらかというと「ミスがあってはいけない」「要望にしっかり応えないといけない」という“守り”の雰囲気が強くありました。

クリエイティビティを発揮するよりも、真面目に堅実に完遂することに重きを置いてきた影響かもしれません。それがいい悪いという話ではないのですが、時代の変化に対応する新しい取り組みをしようとしても理解されにくく、空気が重かったのは事実です。分かりやすいもので、ノリノリライフの五徳が売れ始めると、社内の雰囲気はみるみる変わっていきました(笑)。

チャレンジすることで他業種とのコラボ展開が急増

社員とのコミュニケーションで気をつけていることはありますか?

乘冨:「どうしたらもっと会社が良くなると思う?」というような会話をして、できるだけ社員の声を拾い上げるよう意識しています。当社の作業服はよくかっこいいと言っていただきますが、「制服がダサい」という社員の本音を受けて、デザイナーさんに作ってもらったものなんです。年間2万円まで趣味に使える「ノリノリ手当」、自分で調整できる勤務時間帯といった取り組みも、社員の声を参考に導入しました。

ノリノリ手当について経営者目線で言えば、従業員全員に自分の生活を楽しんでもらいたいという気持ちがあるんです。自分の生活を楽しむことがクリエイティビティの源だから。私は常々「職人だけでなく、全社員クリエイティブであれ」と言っています。みんなのアイディアで会社が進化することは大歓迎です。

今年初めて、10月14日に「Noridomi Festival!」というイベントを地元で開きます。担当するのは、新入社員中心の12人。当社がより面白みのある会社になるよう、どんどんチャレンジしてほしいです。

これまでの経営改革で、どのような手応えを感じていますか?

乘冨:数字で見ると、自社ブランドの収益はまだ全体の1.5%くらい。ゆくゆくは50%まで上げるつもりですが、何より今とても手応えを感じるのは、ノリノリプロジェクトをきっかけに他業種とのコラボ企画がどんどん生まれていることです。

例えば、当社がある福岡県柳川市の隣には、家具製造で有名な大川市があります。これまで接点はなかったのですが、この度、人気家具メーカーさんとコラボブランドを立ち上げることになり、すでに動き始めています。水門で使う無垢のステンレスパイプを脚にしたオフィステーブルなど、自分たちでは思いつかなかった世界観に、私自身とてもワクワクしています。

また、福岡県の観光体験プログラムにも参画しました。柳川市はクリークの川下りで有名な観光地。当社のリソースを活かして、川下りしながら水門の歴史ストーリーを学び、当社のアウトドアグリルを使って水上で熱々のピザを食べる観光プランがスタートします。

本業の水門事業についてはいかがですか?

乘冨:面白いことに、本業の方にも新しい流れが起きています。全国の水門は農地の用水路などに設置されていますが、その数は信号機よりも多いと言われています。今、水門管理人の高齢化が全国的な課題ですが、当社の水門チームも「新しいことに挑戦しよう!」と発奮して、水門開閉の省力化機械の開発に成功しました。それが契機となって、今はベンチャー企業と一緒にスマホでコントロールできる水門自動化装置の開発にも取り組んでいます。

コストダウンより創造性による付加価値で勝負したい

いい展開ですね!当初大きな課題だった離職は改善しましたか?

乘冨:離職ゼロとまではいきませんが、大幅に減りました。前向きな話をする社員が増えていますし、新規事業やデザイン性の追求が影響したのか、女性の入社も増え、組織に多様性も生まれています。社内の雰囲気が明るくなり、非常に嬉しく感じています。

これからの展望を聞かせてください。

乘冨:クリエイティブな会社であり続けたいと思います。コストダウンで戦う世界を否定はできませんが、当社は徹底したコストダウンではなく、「創造性による付加価値」で勝負したい。「新しい価値を世の中に自ら生み出していける企業」を目指したい。そう考えています。

この6、7年の経営改革で得られた最大のメリットはもしかすると、私自身の思考がとてもクリエイティブになり、楽しくなったことかもしれません(笑)。最近の新入社員の動機は、「古臭い鉄工所のイメージを打破するチャレンジに惹かれた」という声がダントツです。自分が面白がっていると、共感する仲間が集まるものなのですね。

「ものづくりって面白そうだな」「職人ってかっこいいな」と興味を持つ人が増えて、日本のものづくりの現場がもっともっとクリエイティブになっていけば最高ですね。

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