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「見て覚えろ」を排除し、若手育成に成功 建設業=高離職率の常識を覆した職場づくりとは?

取材日:2023/03/02

「笑顔の創造」を企業理念に掲げて家づくりを手掛ける株式会社楓工務店。人材不足が嘆かれる住宅業界において若手社員が活躍し「働きがいのある会社ランキング」のベストカンパニーに選ばれた実績もあります。今回は、社員がやりがいを持って働ける環境づくりについて、その理由を教えていただきました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 田尻忠義さん

    田尻忠義さん

    株式会社楓工務店

    代表取締役

この事例のポイント

  1. 非効率な慣習を排除したマニュアル運用で人材を育成
  2. 業務面とメンタル面の双方サポートで早期離脱を防止

マニュアル作りで若手社員のやりがい創出

働きがいのある会社ランキング」において、3度ベストカンパニーに選ばれたそうですが、何か秘訣はありますか?

田尻:正直、「働きがい」に焦点を当てて、特別、注力している取り組みなどはないんです。私自身、お客様が幸せになれる家づくりを提供するというサービスに対してプロフェッショナルであるための成長を会社が支援するばかりではなく、「自ら見つける」ことができなければ、この仕事で成果を得るのは難しいと思っています。その分、日頃からお客様のためになると思ったことは、とにかくやってみろ!とは言っていますね。

ただ、そのような評価をいただき、なぜ働きがいを感じるのかを社員に尋ねたところ、「ルールが元から決められている会社と違い、自分たちで発信したことがどんどん取り入れられていくので、自ら会社を作っていると実感できる」と答えてくれました。

社員一人ひとりが、会社に貢献できている感覚や、仕事のやりがいを感じられる土壌は、社風としてあるのかなと思っています。

やりがいを生むために、取り組んでいることはありますか?

田尻:やりがいを自分で見つける自主性は大切ですが、とはいえ、新卒などの若手社員となると、ある程度の仕組みとサポートは必要です。

そのため、キャリアを積む過程でも、やりがいが感じられるような仕組みを用意しています。たとえば、業務のマニュアル作成を若手社員に任せる、などです。

業務理解度の高い中堅社員ではなく、若手の方がマニュアルを作られるのですか?

田尻:そうです。当社は2014年から新卒採用を始めましたが、初めはマニュアルがありませんでした。マニュアルの必要性は感じていたものの、日々の業務に追われて手が回らず。当社に限らず、このような中小企業は多いのではないかと思います。

そこで、マニュアル作成を入ったばかりの若手社員に任せることにしました。新人のうちは時間にも余裕がありますし、学んだことを整理しつつアウトプットすることで、復習しつつ身に付ける良い機会になります。

具体的には、教えられたことをテキストや動画などにまとめてマニュアル化する。そして、次の世代へ、若手社員がそのマニュアルを活用しつつレクチャーをし、今度は、レクチャーを受けた側が、マニュアルに必要だと思った項目をアップデートしていくといった形です。

マニュアルが「受け継がれて」いく仕組みを約10年続けていますが、若手社員の適度な責任感ややりがい、達成感を醸成するのに役立っていますし、マニュアルが毎年最適化されるという点でも、育成の仕組みとして非常に有用だと感じています。

なぜ、マニュアル作成がやりがいにつながるのでしょうか?

田尻:私たちの業界における一番のやりがいは、お客様に「ありがとう」と言ってもらえる仕事をすることにあると思っています。

ただ、家づくりの仕事は、お客様が相談にいらして家が完成するまで、スムーズに進んでも1年ほどかかります。その中でも、家が完成し、お客様に笑顔になっていただくことが、一つ大きな達成感を得られる瞬間だと思いますが、若手社員がその達成感を得るには、かなり長い道のりですよね。

そもそも一人前に仕事ができるようになるには数年かかります。そのため入社したばかりの頃は、お客様や会社に貢献しているという実感をなかなか感じることができません。

そこでマニュアル作りを任せることで、「自分たちが会社を良くしていっているんだ」「会社に貢献できているんだ」という実感を早期に得ることができ、仕事に対するやりがいも創出できると思っています。

「楓工務店で働く理由」を入社前に形成

離職率も低いようですが、社員が定着するために意識していることはありますか?

田尻:入社前に、 会社の理念と学生の価値観が合うかをじっくり確認したうえで採用するようにしています。価値観に「良い悪い」はありませんが「合う合わない」はあるものです。入社してから「やっぱりこの会社は合わない」と離職してしまうのは、会社側だけでなく退職者自身もキャリア形成につまづいてしまうなど、お互い不幸になります。

会社は、たとえるなら船。見た目が格好良いという理由で選んでも、行先が分からない、旗印にも共感できない、船内の環境も合わないとなると、幸せな旅になりません。 双方のミスマッチを防ぐため、職場体験なども実施しながら、企業理念や目標、求める人物像などを時間をかけて伝えています。

入口管理が離職率の低下につながっているのですね。

田尻:仕事を選ぶときは誰しも、なるべく高収入で休みが多いところに入社したいと思いますよね。私だってそうです(笑)。しかし、どんな仕事も一人前になるには時間がかかるもの。最初のうちはできないことも分からないことも多いし、自分の能力が足りずに周りに迷惑をかけたり、怒られたりすることもあります。そこを乗り越えるためには、「なぜこの会社で頑張るのか」という理由が自分の中に必要です。

そのため就職希望の学生には、「当社で働くことで自分の人生目標を実現できるか」をじっくり考えてもらっています。「この目標を達成するために、私は楓工務店で働くんだ」というように、働く理由が明確であれば困難にも立ち向かえますし、仕事を続けるモチベーションにもつながると思いますね。

トレーナー×メンターで新入社員をWサポート

入社後、若手社員の教育はどのように行っていますか?

田尻:会社の目標として「入社した社員は絶対に成長させる」と決めています。そして成長をサポートする仕組みとして、新入社員一人ひとりにトレーナーとメンターを1人ずつ付けています。

トレーナーは同じ部署の先輩が担当し、毎月の目標を立てながら業務を二人三脚で指導。メンターは他部署の一個上の先輩が務め、心のケアを定期的におこなっています。

メンターがいるとは珍しいですね。

田尻:当初はトレーナー制度しかありませんでした。しかし、万が一トレーナーと新入社員の関係が悪くなったときに、誰もフォローしてあげられないという課題があったんです。

トレーナーは後輩の成長を第一に考えていますので、ときには厳しいことを言わなければならない場面もあります。そうすると新入社員は1人で行き詰ってしまいますよね。やはりガス抜きが必要です。そこでトレーナーとは別にメンター制度も設けることにしました。

なぜメンターは他部署の先輩が担当するのでしょうか?

田尻:一緒に仕事をしている同じ部署の人間だと、新入社員の話をオールイエスで聞いてあげられないからです。たとえば、「トレーナーに厳しいことを言われて落ち込んでいるんです……」と相談した際に、メンターからも「私もその場を見ていたけど、あれはあなたが悪かったよ」とダブルで問い詰められたらガス抜きになりません。

一方、部署が違う人間であれば、「それは大変だったね」と、ひとまず受け入れる100%の理解者になれます。実際、話を聞いてもらえる人がいるだけでも、新入社員の気持ちはかなり楽になっているようです。

メンターは、「話は聞くけどアドバイスはしない」というのがルールです。新入社員が成長するよう、アドバイスをしたくもなります。しかし、それはトレーナーの役目。メンターには仕事のアドバイスではなく、新入社員が自分の行動や気持ちを見つめ直す“気付き”を得られるような対話を心掛けてもらっています。簡単なことではありませんが、メンターにとっても、いい勉強の場となっています。

社内教育全体において大切にしていることはありますか?

田尻:失敗やエラーを属人化しないようにしています。特に経験が少ない若手社員は、びっくりするような失敗をするものです。しかし失敗の原因を本人だけのせいにして終わらせてしまうと、失敗が会社にとってプラスになりません。そこで再発防止報告書を作り、「ミスをしないためにはこんなチェック体制があったほうがいい」というような改善策を考えてもらっています。そうすることで、ほかの社員が同じ失敗を繰り返すこともなくなります。

失敗はマイナスの出来事ではなく、会社の財産になり得ます。社員には「会社は絶対にフォローするから、とにかく行動してどんどん失敗しなさい」と伝えていますね。

ITツールでプライベートも大切に

「テレワーク転勤」を行っていると聞きましたが、どのような取り組みなのでしょうか?

田尻:過去に、インテリアコーディネーターである女性社員が、配偶者の仕事の都合で富山県に転勤しなければならなくなりました。その際、「会社を辞めずにテレワークで仕事をしたい」という申し出から始まったのがテレワーク転勤です。

そうはいっても仕事に弊害が出ては困るので、まずは社内実験として、別の部署のエリアで仕事をしてもらいました。1週間ほど経って感想を聞いてみると「集中できて、とても仕事が捗った」というのです。常時オンラインでつないでいるので、何かあったらすぐに受け答えできるし、周囲との連携含め、問題なく業務ができると判断してテレワーク転勤をスタートしました。

結婚や出産、育児などでライフスタイルが変わることはありますが、 当社は育児休暇復帰率も100%。社員たちは、どうしたら自分たちが長く働けるかを自ら考えて行動しています。

働きやすい職場作りにITツールが役立っているのですね。

田尻:ITツールの導入は 、新卒採用を始めたのとほぼ同時期にスタートし、さまざまに取り入れています。

そのなかでもChatworkは重宝していますね。何といってもメッセージを未読に戻せるのが最強。メッセージを読んだ後、すぐに対応できないときもあるので、未読に戻して後から対応できるのはありがたいですね。

お客様とのやりとりもChatworkで行っているのでしょうか?

田尻:そうですね。他社さんではLINEでやり取りしている場合もありますが、LINEやFacebook Messengerは、プライベートなやり取りも発生するものです。

プライベートと仕事上のコミュニケーションの境界線がなくなってしまうのは、プライベートが失われてしまいますし、社員にとっていいことではないと思っています。

そのため、お客様には事前に「当社とのコミュニケーションツールはChatwork」とお伝えし、仕事とプライベートをしっかり分けるようにしています。

理想は「自分たちの働き方でお客様が喜ぶ」こと

これまでのお話から、人材を非常に大切にしている印象を受けました。社内コミュニケーションで大切にしていることはありますか?

田尻:常に、社員の状態に関心を持つよう心掛けています。その際「大丈夫か?順調か?」と聞くと、社員は「大丈夫です」と答えてしまいます。だからこそ、「最近仕事どう?」「困っていることないか?」など、相談しやすいような声掛けを意識していますね。

日本全体として、働き方改革が進んだのは良いことではありますが、労働時間を削減した結果、一部で社内コミュニケーションが犠牲になっている面もあるのではないかと危惧しています。仕事をするうえでは、お金以上に言葉の報酬が大事だと思っているので、その意識を忘れないようにしていますね。

そのため、当社では「自分が必要とされている感覚」を実感できるよう、たとえば誰かの誕生日には、寄せ書きアプリで長所や魅力をつづった言葉を皆で贈るなど、少しウェットな社員間のコミュニケーションも大切にしています。

働くうえで大切にしている考えはありますか?

田尻:仕事とは、お客様にとって価値のあるサービスを提供することです。社会に必要とされていることでしかお金は発生せず、自分がやりたいことをやるだけなら趣味のサークルに過ぎません。感謝される仕事をするためにはどうしたらいいのかを常に意識して行動しています。

働き方に関しても、社員一人ひとりが主体性を持ち、何が自分にできるかを考えて行動するよう伝えていますね。会社側は働きやすい環境づくりのサポートはできますが、全員を幸せにすることはできません。 「自分たちで目標を考えて、自分たちで実現していく」という働き方を体現してもらいたい。厳しいようですが、会社に依存することなく、各々がどうしたら働きやすくなるかを考えて実行してもらいたいと思っています。

最後に、これからの目標を教えてください。

田尻:当社の企業理念は「笑顔の創造」です。人生に大きな影響を与える「家づくり」に携わり、お客様が幸せになるという、こんなにやりがいのある仕事はないと感じています。

常に、お客様に喜んでもらう家づくりを第一に考えて行動していますが、「自分を犠牲にしてお客様を喜ばせる」ことを目指しているわけではありません。

「私たちの在り方によってお客様が喜ぶ」という形が理想だと思っています。社員一人ひとりが「私は楓工務店でこういう働き方をしているんだ!」と誇れるよう、若手社員に成長の機会を与えながら、まだ見ぬ5年後10年後の理想の状態を目指して歩んでいきたいです。

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