評価制度も役職も廃止、意思決定を社員の手に なぜトップダウンから自律型組織へ転換できたのか

取材日:2024/03/21

役職も評価制度もなく、給与は社員たちで決める−。福井県坂井市で靴のインターネット販売を手がける株式会社ザカモアは実にユニークな組織形態を持つ企業です。かつてはトップダウン型経営を行っていましたが、企業と社員の成長を阻む要因であると考え、自律型組織への転換を決断。大胆な組織改革に踏み切りました。働き方を一変させ、業績も引き上げた改革について、お話を伺いました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 西村拓朗さん

    西村拓朗さん

    株式会社ザカモア

    代表取締役社長

この事例のポイント

  1. 社員に権限を委譲し業績が向上、社員の働き方も自律的に
  2. 4つの取り組みと人間性を重視した採用戦略で組織作りを後押し

社員も企業も成長しない、だから指示をやめた

トップダウン経営をやめようと決めた背景から教えてください。

西村:僕が社長に就任したのは2012年です。当初はリーダーシップを発揮してトップダウン経営を実施し、会社も成長しました。しかし規模が大きくなり社員も増えると、トップダウン経営の弊害が数々現れました。そして2019年、社長就任以来初めて赤字を計上したのです。僕は悩みました。「社員は間違いなく成長している。組織も強くなっている。なのにどうして業績が上がらないのだろうか」と。そしてふと頭に浮かんできたのです。「そうだ、会社のボトルネックは社員でも環境でもない。社長の僕自身だ」と。

トップダウン経営では、社員からの報告や相談に対して、社長である僕が全ての意思決定を担います。何から何まで決めていたので忙しくなりますし、全体を見る余裕がなくなります。僕自身の能力の限界を感じたこともありました。一方社員は、指示をすると一生懸命に働いてくれるのですが、裏を返すと指示待ち社員になってしまったのです。社長の僕は意思決定をやりきれない、社員は指示を待っている。これでは社員の成長にも会社の業績にも悪影響がでて当然です。

そこで僕が本来やりたかった形である自律型組織への転換を決意し、2020年1月に社員へ伝えました。「トップダウンによる最後の意思決定をさせてもらいます。それは、トップダウン経営をやめるということです」と。その日のうちに、社員にほぼ全ての権限を移譲し、翌日からは会社に行きませんでした。

権限を委譲するのはともかく、会社に行かないとは大胆な決断ですね。

西村:そうですね。不安もありましたが、出社すれば、指示をしてしまいたくなる自分がいました。なので3年は続けようと決めました。事実、2022年の年末まで会社にはほとんど出社せずに家にこもっていました(笑)。

そこまでして目指した自律型組織とは、具体的にどのような組織でしょうか。

西村:社員それぞれが自律した意思決定をし「愉しく」働く組織です。そのためにまず、社員の間に根付いた「最後の意思決定は社長」という意識を取っ払いたかった。仕事は、人生の大半の時間を占めるものです。しかし、そこに自分の意思が入らず、他人の決定に任せるような働き方は面白いとは思えなかったのです。

社長の僕の責任は会社を潰さないこと。社員に意思決定を任せても会社を潰すほどのことはできないと思いました。だからこそ、仕事の意思決定は、すべて社員が好きにやればいいと伝えたのです。

社員は相当混乱したのでは?

西村:はい、とても混乱していました。しかし当時の私たちには必要な混乱でした。

最初は決断をしてほしいとの連絡が何度も何度も来ましたが「自分で考えて」と返すのみ。「(社長に)決めてほしいのですが...」と言われても「あなたはどうしたいの?」と(笑)。すると3か月程で連絡が来なくなりました。本当に社長は会社に来る意思がないとわかり、社員一人ひとりの「主体的な動き」に変化し始めたのです。

社員たちが意思決定する「組織」としての機能が確立するまでは3年かかりましたが、業績改善効果は、社員に権限を渡した直後から表れていました。

2020年1月に決めて、2月には業績が上がり始めました。その後は不安を感じる必要のない数字を出してくれています。仕事の内容も人事異動も社員が決めていますので、社長は本当に不要だなとさえ思いますね(笑)。

評価制度も役職も廃止、全員が力を発揮した結果を重視

自律型組織への移行に際し、「指示しない」「役職の廃止」「評価制度の廃止」、そして「イングリッシュネームの導入」の4つの取り組みで環境を変えたそうですね。それぞれについて教えてください。

西村:「指示しない」とは、社長が黙ること、待つこと。社員が何か意思決定をするにあたって、社長は口を挟まず、任せて待つことですね。実際、社員に任せた結果、失敗がなかったか、といえばそうではありません。ただ、社員は失敗を起点として新たな取り組みを考えます。失敗を未然に防ぐのではなく、あえて失敗の体験をさせてみて、社員自らの気付きになるまで待つことが大切です。

また、「役職の廃止」も大きな効果を発揮しました。役職による立場の違いがあると、必ず「上から下」方向の指示が発生します。指示する人間が、社長から部長などの上司に変わったのでは、意味がありません。社員一人ひとりの「役割」は存在しますが、その役割の円が大きいか小さいかだけの話で、立ち位置や目線は一緒であると言い続けました。残念ながら、過去にはこの考え方に適応できなかった社員が去ってしまったこともありますが、自律型を目指すうえで必要な取り組みであったと考えています。

「評価制度の廃止」は、4つの取り組みの中で最も画期的な変革だったそうですね。

西村:はい。これは社長の僕にとっても大きな価値観の変化となりました。組織全体の最適化や業績の最大化を考える時、個々の社員を評価する制度は必要ないのではないかと考えていました。

そこで、思い切って個々の努力に報酬を与えるのではなく、会社の業績が良ければ全員が受益する制度へと転換しました。具体的には、粗利益額の3分の1を人件費の原資として設定し、給与や賞与を役割に応じて一律で分配する方法です。そのため、利益が計画より上がれば、その分すべて還元されますし、利益が減少すれば、それに応じて社員の給与も下げる意思決定をすることになります。

チーム全員のパフォーマンスが最大化し、最大の粗利益が出れば、その分、すべて自分たちに返ってきます。この仕組みは、社員にとっても大きな幸せをもたらしました。開始した2021年夏の賞与は、過去最高賞与額の2倍以上に増額できたのです。社員も僕も本当に驚きました。

昇給についても、期末の7月に社員全員で昇給額を決定しています。例えば、「来年は2万円昇給します」と決めれば、全員の給与が一律2万円上がります。もちろん役割の大きさに応じて昇給額がさらに上乗せされるのですが、「私はもっと頑張ったから、私だけ、もっと上げてほしい」といった要求は許されません。個人の努力を評価するのではなく、全員で成果を上げることに、社員全員の思考と行動を集中させるのが目的です。

昨今は社員のスキルや成果を多面的に評価する動きがあります。「評価制度の廃止」に対して、社員の反対はなかったのですか。

西村:実は、大きな反対はありませんでした。個人の成果が評価されないと、「努力した分だけの報酬」を受け取れないことで優秀な社員が去ってしまうのではないかと懸念していましたが、そんな心配は不要でした。社員の平均年齢が20代と比較的若かったことも、この新しい試みに対する柔軟な受け入れが可能だった理由かもしれません。

もちろん、もし業績が伸び悩み、社員の給与を上げることができない状況になれば、制度の見直しを検討する必要があると考えていました。しかし、4年続けた現在も昇給を続けることができています。とても大きな成果です。かつての評価制度の下では、社員間の評価に明確な基準が存在しないため、必然的に不満が生じる傾向にありました。しかし、評価を行わないことで、すべての意思決定が社員自身に委ねられ、結果的にすべての責任も自分たちが担うことになります。

これによってモチベーションは大きく上がり、社員からの不満もなく、僕自身も評価するというストレスから解放されました。社員も社長としての僕自身も、ともに得られた幸福感は計り知れません。

4つ目の取り組み、イングリッシュネームの導入についてもお聞かせください。西村さんは社内で「トニー」と呼ばれているそうですね。

西村:はい(笑)。イングリッシュネーム(ニックネーム)の導入はコミュニケーションの壁をもう一枚取り払うために導入しました。社長や西村さんと呼ばれると、どうしてもお互いに構えた受け答えになるので、もっと気軽に話し合えるようにしたいと考えました。

僕自身が決めておきながら、入社1年目の社員が僕の肩を叩いて「ねえねえトニー」と呼んだ時には一瞬青ざめましたが(笑)、こういったコミュニケーションを望んで取り入れたわけですから大成功ですよね。

社内の緩みを正すため、初期設定を開始

社員が何でも自由に動かす組織を認めてしまうと、組織や関係性が緩んだりしませんか。

西村:そうなんです。(社員に意思決定を任せるようになって)3年がたった時、組織内に緩みが見受けられました。2022年の年末、取引先と社員の酒席の場に同席した際、その場の雰囲気に緩みを感じました。まるで、友達同士でバカ騒ぎしているような雰囲気だったのです。私達が大切にしてきた価値観のひとつである「お互いに尊敬し合うこと」が体現されているとは思えませんでした。もしかすると今までザカモアが大切にしてきた風土や文化が崩れているのではないかと感じたのです。

この体験を受け、3年ぶりに社員の前で厳しく叱責しました。仲良くなること自体は問題ありませんが、なれ合いに陥るのは組織として望ましくない。ラクな「楽しさ」を求めるのではなく、互いに成長する「愉しさ」を求めていきたい、と。その後、社内の文化を立て直すために、毎日のように社内教育を行う勉強会を実施しました。立て直すのには1年ほどの時間を要しましたね。

自律型組織においては、本来採用時点である程度自律した人材が求められます。Googleなどの大企業であれば、そのような人材が多くを占めるでしょう。しかし、僕たちのような中小企業では、新卒で入社した社員にも自律を求めてしまうと、その期待に応えられない場合があります。この点に気づけなかった僕自身も反省をしました。そこで、2023年を「初期設定」の年と位置づけ、ザカモアが大切にしてきた文化や考え方など最低限の規律や価値観を再確認し、そのうえで自由に働ける環境を整えました。

採用は履歴書不要、対話を重ね価値観で採用する

採用に関しても「履歴書を見ない」と決めていますよね。これも自律型組織と連動した仕組みですか。

西村:そうです。私達はスキルが高いことよりも、当社と価値観が合う人の採用を重視しています。だからこそ、履歴書から入るのではなく、お互いのことを知れる対話から入ります。

かつて履歴書に「簿記一級」の資格を持つ人材が応募してきた際、そのスキルに期待し経理として採用しました。ところが3年一緒に働いてみても、期待したほどの能力は感じられず、さらには、突然会社を去ることになり経理が不在となりました。

そうはいっても経理担当者は必要です。社内で一番余裕がありそうな社員にダメ元で任せました。彼女は経理に関する経験も知識もなかったのですが、わずか3か月で僕が望んだ形で経理業務をこなし、成果を出したのです。これは、単にスキルがあるからといって良い結果が得られるわけではなく、彼女が真剣に取り組み、こちらの想いを形にしようと努力した結果だと確信しました。

この経験から、スキルや資格よりも、個人の人生観や仕事への価値観に重きを置く採用方針へと見直しました。能力があろうとなかろうと、得意なことは得意、苦手なことは苦手と素直に言える人、その人間性を柱にして観ることにしたのです。なので、社員であろうとパートであろうと、基本的に履歴書を求めることはありません。

応募者とは会社や喫茶店などで面接ではなく雑談をしたり、複数回にわたる食事や対話を通じて、組織にフィットするかをじっくり見極めてから、採用の決定を下しています。

わかり合える仲間だからこそ、組織として仕事に邁進できるわけですね。

西村:ザカモアの企業理念は「感動をつくる!」です。私たちの最優先事項は、働くスタッフとその家族が笑顔になり、幸せを感じられるような感動的な瞬間を生み出すことです。仲間として加わる人に対しては「あの人がいてくれて良かった」と周囲から思ってもらえる存在であってほしいと願っています。

当然、その過程で本人が苦労することもあるでしょうし、継続的な学びも必要です。仕事には厳しい側面もありますが、それを承知の上で、採用されたら全員でその人をサポートします。仲間になってくれた人を心から歓迎し、同じ目標に向かって戦っていくことを重視しています。

新たなアイデアや事業の発信地に、ザカモアの挑戦は続く

最後に今後の展望を事業面と組織作りの面それぞれからお話いただけますか。

西村:これからは、社員一人ひとりから生まれたアイデアや事業が、次々と具体的な形になっていくことを望んでいます。たとえそれが靴の通販とは全く異なる分野であっても、ザカモアという環境を活用し、社員が真に望む仕事や自己実現できる場所を見つけ出してほしいです。

彼らがここから新たな道を切り開き、巣立っていく姿を見ることができれば、僕はとても幸せです。そして、それが会社の規模拡大につながるか、逆に人員が少なくなり縮小する方向へ進むかは問題ではありません。最も重要なのは、社員が喜びを感じながら働ける場を提供し続けることです。 漠然とした例えになりますが、社員がそれぞれの夢を実現させて「村」を作り、その村が30個ほどになり大きな集合体「ザカモアタウン」として一緒に成長していく、そんな未来を描いています。

組織作りにおいては、自律型組織を目指すことで、全員が自分の役割を理解し、無関心な存在にならないよう務めています。もちろん全員が経営者になる必要はありません。

経営に興味がある人もいれば、手を動かすことが好きな人もいます。大切なのは、それぞれが自分の役割を見つけ、充実した活動を展開していくことです。自律型組織としての目標は、社員一人一人が自分の望む人生を見つけ、歩んでいくことです。

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