社員の「個人事業主」化で主体的な働き方を促進 雇用から脱却したプロジェクトの成果とは

取材日:2023/06/28

健康計測機器メーカーの株式会社タニタが2017年から始めた働き方改革「日本活性化プロジェクト」。​​希望した社員が退職し、個人事業主として会社と業務委託契約を結びなおす「社員の個人事業主(フリーランス)化」は大きな話題となりました。導入の背景や狙い、成果などについて詳しく伺いました。※本文中、敬称略

お話を伺った人

  • 二瓶琢史さん

    二瓶琢史さん

    合同会社あすある

    代表

この事例のポイント

  1. 報酬や業務面で安心して独立できる環境を整え、新たな挑戦を促す
  2. 新たなビジネスを積極的に生み出し、収入も自身の価値も上げる

社員時代の給与を基準に、複数年契約で「独立」

2017年から始められた「日本活性化プロジェクト」は、希望する社員が個人事業主で働けるというものです。従来の雇用関係とはまったく異なる仕組みについて教えてください。

二瓶:これは会社と個人の関係性を見直し、契約形態を雇用契約から業務委託契約に変える取り組みです。1年間の準備期間を経てスタートしました。職種や年齢、経験年数などの条件を設けず、毎年10 月に社内公募で希望者を募り、本人と会社との間で合意が得られれば、翌年1月から個人事業主として契約します。

貴社と契約するのであれば業務もこれまでの仕事を引き継ぐのでしょうか。また、契約期間はどのように決めていますか。

二瓶:プロジェクト開始に当たっては、経営側と社員側の両方から不安の声もありました。人材流出やリストラの可能性を懸念するものです。そこで、業務内容と収入に関しては安定してスタートできるように準備しました。

まず、現在の仕事を委託業務にすること。業務委託に移行する際は、現在社員として担当している仕事をそのまま業務委託とすることを原則としました。報酬も現在の給与や賞与をベースに算出して固定額で契約します。これは、社員として支払ってきた給与が、その人の現在の仕事に対する対価であると考えているためです。

次に、複数年契約を毎年更新すること。契約年数は3年としていますが、1年ごとに業務内容や報酬額などについての更新協議を行います。合意ができれば、新たに3年契約を結び直します。この方法は働き手にとっても会社にとっても、ある種のセーフティーネットになっているのです。何らかの理由で契約を更新しないことになった場合でも、既存の契約期間が2年間残っているため、お互いがその間に次の対策を立てることが可能です。

また、仕事を発注するマネジメント側にとっては、同じ人材を3年間確保できるという点で、組織の安定性も保てます。一方、会社は3年契約を用意するわけですから、個人事業主側も1年で辞めますというわけにはいきません。契約に基づいた覚悟も求められます。

とはいえ個人事業主になると、タニタ以外の仕事を受けることも可能になります。それにより報酬アップや新たな仕事への挑戦意欲が湧くことも期待できます。

これまで何人の方が個人事業主になりましたか。

二瓶:2017年1月にスタートし、最初のメンバーは私を含めて8人でした。現在は7年目を迎えており、これまでに34人が社員から個人事業主になりました。その中で現在もタニタと契約を続けているのは28人です。全社員数に占める割合としては約15%ですね。

希望者が手を挙げても、契約切り替えを会社が認めないケースもありましたか

二瓶:会社は手を挙げた人に対して、まずは現在の給与をベースに報酬額を算定します。しかし、業務委託への切り替えにあたって仕事内容を変更する場合や、社員であれば定年再雇用になるようなタイミングの場合などには、現在の給与と同程度の評価をされないこともあります。その結果、「見送ります」と判断する人がいるのも事実です。

個人事業主化を希望する社員について、属性などの傾向はあるのでしょうか。

二瓶:仕事の経験を積み、何事にもチャレンジしようとしている30代と、子育てなどが一段落して、もう一段のチャレンジを考える50代が、やや多いですね。職種による差はありませんが、主体性を持って仕事に取り組み、何事にも自分から積極的に動く人が多い印象です。

会社員から個人事業主になると、保険や年金が全額本人の支出になります。

二瓶:その点については、委託報酬の設定を、会社が負担していた社会保険料なども含めた総額をベースに行うことでカバーしています。この取り組みは、人件費を減らすことが目的ではなく、業務委託に切り替えることで会社のコスト削減を望んでいるわけでもありません。

そのため例えば、社員時代の給与が10万円で、会社側が負担する社会保険料が2万円だった場合、業務委託になった後は、単純にはこれらの総額12万円が報酬として本人に支払われることになります。

つまり会社の負担が増えることもありません。会社が負担していたものは支払い、年金や保険は本人が自分で必要なものを選択し、管理する仕組みにしています。

業績に左右されず優秀な人材とつながり続けたい

プロジェクト導入の目的はコスト削減ではないとのこと。では、導入の理由や背景は何でしょうか。

二瓶:2008年に現在の社長が就任した際、先代から引き継いだものは資金や設備、商品などいろいろあるが、とりわけ大事なものは「当社で働く人」だと思い至ったと聞いています。そして「人」に焦点を当てたとき、大きな課題を感じた、と。

業績が悪化すると、優秀な人材が他社へと流れてしまう、と言われます。

実際には、優秀な人材は「業績悪化をともに乗り越えよう」というロイヤリティの高い方なので、簡単に退職することはないのですが、賞与が出なくなったり給与がカットされたりといった事態にまで陥ると、ご家族の事情などからさすがに転職を考えざるを得なくなる。しかし、会社としては優れた人材とのつながりを保ち続けたい。雇用関係だと会社に残るか辞めるかの二者択一になってしまいます。ここで、業務委託という形で関わる選択肢を用意するのはどうだろうかと考えたのです。これならば例えば業績が悪化した時でも、他の企業や仕事で収入を得つつ、対等な信頼関係を持ってタニタとの関係性を維持できる可能性があります。

また、会社に多大な貢献をしてくれた方に対しては、当然のことながら賞与などで評価したいと思います。しかし、現行の給与体系では賞与が2倍や3倍になることはほぼありません。会社の業績向上に寄与したことを最大限評価することを考えれば、業務委託の報酬方式のほうが支払いやすいのです。

「守られている」という安定した立場で仕事をする会社員から、自己の裁量で仕事を考え、進める人を育てるというのは大きな挑戦ではないですか。

二瓶:私自身、まさに「会社員=守られている」との考え方に違和感がありましたし、従来の雇用制度だけでは、人材不足や生産性向上の解決策として限界があると感じていました。

もちろん人それぞれですが、「守られている」という感覚は、会社に対する甘えというか、成長への意欲を失わせてしまうことにもなりかねません。個人が成長意欲を失ってしまったら、会社も成長しないでしょう。

自ら問題を見つけて解決策を考えたり、自分で新しいことを開拓したりする人たちをもっと増やしたいと考えていたなかで、個人事業主化は、そういった土壌の一つになっているのではと思っています。長期的には会社全体の生産性と持続的な成長につながるはずですから。

新たな変化を生み出し、収入もアップ

プロジェクト導入による会社としてのメリットをどうお考えですか。

二瓶:新たな事業チャンスが増えましたね。個人事業主になった方の活躍で新しい商品を企画したり、新しい事業領域へ挑戦する動きが出たりしました。

例えば本業とは関係ないゲーム機器のコントローラーをクラウドファンディングを使って開発するプロジェクトを展開しましたし、タニタブランドのお米「タニタこまち」も発売しました。

自由に創造的なアイデアを追求することで、社員を含め周囲にさまざまな刺激や影響を与えています。このような取り組みが社員のままだったらできなかったかと問われれば、そうではないと思います。ただ、スピード感においては、仕事とプライベートを分けることなくシームレスに動ける個人事業主ならではの迅速さがありましたね。

さらに、組織の壁を越えやすくなったと思います。社内で特定の社員に仕事を依頼したい場合、部署間での協議や調整が必要で、本人がやる気でも部署としては認められないといったことがあります。しかし、相手が個人事業主であれば部署を超えて直接業務を依頼することが可能で、そのような社内複業の事例が生じています。

実際、個人事業主に移行したメンバーの収入はどのように変化したのでしょうか。また、会社の業績にも影響はありましたか。

二瓶:初年度に移行した8人のメンバーを見ると、翌年の手取り収入が平均28.6%増加しています。会社側の負担額は変わっていないので、固定的な業務として契約した業務以外の仕事を受けて追加の報酬を得たり、他社からの仕事を受けることで収入が増えたりしていると考えられます。

会社の業績についても、この取り組みはポジティブな影響を及ぼしています。2017年に日本活性化プロジェクトを始めて以降の5年間の売り上げは、プロジェクト開始前の5年間と比べ125%に増加しました。このプロジェクトだけが売り上げ増加の要因とは言えませんが、想定した数字を上回る伸びを見せましたので、少なくともその一部を担っていると確信しています。

個人事業主になったことで、働くことに対するマインドに変化はありましたか。

二瓶:私自身、マインドは確かに変わりました。その一つは、仕事の視点が社内だけでなく社外にも向けられるようになったことです。より広い視野を持ち、社外のコミュニティに参加して、新たな仕事や情報、知識を得るなど、社外の人とのコミュニケーションが圧倒的に増えました。

もう一つの変化は、お金に対する意識です。以前は、給与の詳細や収支の管理に深く関心を持つことはありませんでした。人事の仕事をしていたにも関わらず、自分の給与明細をじっくりと見たことすらありませんでしたし(笑)。

しかし、個人事業主になったことで、自分の経済状況に対する理解と管理が必要になりました。私は会社も立ち上げ、個人事業主との二本立てで働いていますが、報酬を自分の仕事の価値として、より意識するようになりました。

活性化プロジェクトは個人事業主化以外にも何か考えていることがありますか。

二瓶:6年間続けてきて、それなりの人数の社員が個人事業主として成功してきました。ただ、一昨年から希望者がぐっと減り、このような働き方を意識していた人が一定数出尽くしたフェーズに入ったのではと感じています。

一方で、まだ解決すべき組織の課題はありますし、表立って聞こえてきていない悩みや問題もあるかもしれません。現在の仕組みを修正すべきなのか、それともまったく新しい仕組みを打ち出すべきなのか検討しているところです。

次に読みたいおすすめ事例

ビズクロ編集部
「ビズクロ」は、経営改善を実現する総合支援メディアです。ユーザーの皆さまにとって有意義なビジネスの情報やコンテンツの発信を継続的におこなっていきます。