IT×人で叶える新時代のWell-being 社員の感情に寄り添いIT化へ一歩ずつ前進

取材日:2023/02/10

トヤマ商事株式会社は、モノづくり企業の成功をサポートする技術商社です。Well-being向上を目指してITツールを導入。IT化を進めるうえで最も重要視すべきは「社員の感情」だといいます。高齢社員やITに馴染みのない社員も多いなか、一歩ずつ実装を進める同社の取り組みをお伺いしました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 森実智洋さん

    森実智洋さん

    トヤマ商事株式会社

    代表取締役社長

この事例のポイント

  1. 35時間以上の作業時間削減を実現したDX
  2. “保健室の先生”によるメンタルケアでストレスを軽減

作業時間が36時間から10分に!RPAで業務を効率化

IT化を進めたきっかけを教えてください。

森実:当社がある富山県で開催された「富山県IoT推進コンソーシアム」に参加したことが一番のきっかけです。以前までは「IT=難しい」というイメージを抱いており、本格的な導入を足踏みしていました。しかしコンソーシアムへの参加で意識が一変。ITの力で労働環境が改善されると、労働生産性の向上だけでなく社員の心身の健康にもつながると理解できました。

当社は単なる商社ではなく、技術の力でクライアントの問題を解決して成功をサポートする会社です。クライアントの感情に寄り添って課題を考える必要があり、「人」がいなければ成り立ちません。そのため、働く社員のWell-beingを大切にしています。IT化はWell-beingを叶える有効な手段になり得ると感じ、コンソーシアム参加後、2022年2月頃から本格的にIT化を進めています。

どのような業務をIT化したのでしょうか?

森実:たとえばRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を導入し、データ入力などの単純作業をシステムが自動で行う仕組みを整えています。弊社で取り扱う油剤や薬品は頻繁に価格変更が発生します。これまでは価格変更の度に、社員がデータベースに変更値を手入力しており、作業完了まで約36時間かかっていました。しかしRPAを導入したことで、従業員の作業時間は10分程度に!大幅な時間短縮につながりました。

RPAを導入した感想を教えてください。

森実:やはり一人ひとりの負担が大きく減りました。作業時間が削減されたのはもちろんですが、ワークシェアリングも進みましたね。

業務をIT化する準備段階として、各担当者の業務内容を把握するため業務の棚卸し作業が必要です。IT化に付随して業務の棚卸しが進み、「特定の人しか分からない仕事」が減ったのは大きなメリットでした。業務内容を社内で共有できた結果、普段の休暇や、出産・育児休暇が取りやすくなったと感じています。

煩わしい在庫管理作業もアプリにお任せ

在庫管理もアプリで行っていると聞きました。

森実:商品をバーコードで分類・登録できる在庫管理システムを導入しました。もともと製品の型番登録も従業員の手で行っていましたが、これが非常に大変な作業です。似ている型番であっても、1文字違うだけで性能や役割は全くの別物。間違えたときのリスクは非常に大きく、精神をすり減らしながら作業をおこなっていました。システムを導入してからは、ミスが激減したり、事務所にいながら倉庫の在庫を把握できたりと、作業効率が格段に上がりましたね。

IT化は作業ミスの軽減にも効果的ということですね。

森実:社員は人間ですから、心身の状態によってミスが起こるのは当然のことです。そもそも複雑な文字列を確認する作業は人間の得意分野ではありません。

ミスの対策として二重チェックをおこなう場合も多いと思いますが、「どうせ合っているだろう」と、ミスが見過ごされることはよくあります。それであれば、三重チェックに、と工数を増やしていたらキリがありません。人間が苦手とする業務を無理におこなうよりも、単純作業が得意なITシステムに置き換えたほうが明らかに効率的です。

反対に、ITに置き換えられない業務はありますか?

森実:人間の感情に触れるような業務は人の領域です。たとえば怒っている人がいたとしても、感情に向き合って誠実な対応をすると落ち着いてもらえますよね。心に寄り添えるかできるかどうかでお客様の満足度は変わるため、相談対応や提案などの対人業務は人でなければできないでしょう。またイレギュラー対応をしたり、新事業をスタートさせたりするときも人の出番です。

人でなくてもできる仕事はシステムに置き換え、IT化で削減できた分の時間を「人にしかできない仕事」に集中してもらえるよう、仕組みを整えていきたいと思っています。

IT化のキーパーソンは“保健室の先生”?

IT化を導入する際、社員の皆さまはどのような反応でしたか?

森実:高齢の社員やITリテラシーの低い社員もいますので 「やったことがないから、できるか分からない」、「新しいことを勉強するのが億劫」というマイナスな声もありました。

人は変化が嫌いな生き物です。安定している状態だからこそ変化を嫌うという状況がまさにありました。そのようななか、社員の不安解消のために活躍したのが“保健室の先生”です。

“保健室の先生”とは?

森実:学校では、教師とは別の立場で生徒の話を聞いてくれる保健室の先生がいます。同じように、上司や同僚ではないけれど、仕事の話を聞いてくれる存在が弊社の“保健室の先生”です。数年前から、社外相談室として専門家の方にカウンセリング業務をお任せしており、社内の愚痴や相談を社員が気兼ねなく話せる場を設けています。

話を聞いてもらうと、気持ちが楽になるように、自分の感情を思いきり吐ける場は誰にでも必要です。そして自分の気持ちを全部吐き出すと、人は自然と前に進めるようになると思っています。“保健室の先生”のおかげで、「IT化に対応しなければいけない」という社員のストレスを緩和し、スムーズに運用できたのではないかと思っています。

“保健室の先生”がIT化のキーパーソンになったのですね。

森実:相談内容のうち、業務改善に向けた意見など守秘義務に触れない部分は、会社側とも共有して見直しています。実際、“保健室の先生”に寄せられた意見をもとに、新たなシステムが導入されたこともありました。

当社では、事務スタッフが配送スタッフに配送指示を出しています。しかし、配送スタッフが渋滞に巻き込まれて大変なときに、状況を知らない事務スタッフから「30分以内にここへ向かってください」と指示され、不満を感じる場面がよくあったようです。

“保健室の先生”が配送スタッフの話を詳しく聞いていくと、「自分の状況が事務スタッフに伝わらなくて困っている」「自分の現在地をしっかり把握してほしい」と感じていたことが分かりました。互いの業務状況が不明確であることが原因で、スタッフ同士に軋轢が生じている会社の問題点が浮かび上がったのです。そこでGPSを活用した位置把握システムを導入。配送スタッフの居場所が明確になったことで、お互い気持ちよく仕事ができるようになりました。

さまざまな問題解決のために必要なのは「見える化」だと思っています。位置情報システムの導入は、“保健室の先生”のおかげで「感情の見える化」ができ、悩みを解消させる手段としてIT技術が活躍した事例でした。まさに人×ITの力で働きやすさが実現しましたね。

67歳の社員が舵を取りシステム実装をスタート

組織のIT化は、社内のどなたが舵を取って推進されたのでしょうか?

森実:方向性を決めたのは私ですが、システム導入時にはIT担当となるリーダーを選出して実装を進めていきました。もちろん専門的な部分は難しいので、専門家の方の支援を受けながらスタートしました。

よく驚かれるのですが、ITリーダーに選ばれたのは若手スタッフではなく、67歳のスタッフです。 ITリテラシーが特別高かったから任命されたのかというと、そうではありません。実は「ITに強くない社員が理解できるようになれば、ほかのスタッフも全員理解できるようになるのではないか」という会社の思惑がありました。そのおかげで、ほかのスタッフに教える際も「何が分からないのか」に共感しながら教えることができ、結果的にスムーズな実装につながりました。

ITが不得意な方に対してはどのような指導をしましたか?

森実:社員の気持ちを高められなければ組織は発展しません。そのため、無理に会社の方針を強制するのではなく、一人ひとりに合わせたKPI設定をしています。

トップダウンで進めるやり方もあると思うのですが、それでは社員のWell-beingにはつながりません。私たちは、歩みの遅い人に対しても「無条件全肯定」することを大切にしています。もし進捗が2割程度なら、まずはその状態を受け入れ、どうしたら3割、4割と成長できるかを個別に考えます。全体設計と個別の伴走を同時に行うことが必要です。

KPIを達成するために工夫していることはありますか?

森実:KPI達成の動機付けとして、ITシステムの利用率によって給与やボーナスを上げる人事考課制度の整備に取り掛かっています。それぞれのレベルに合わせて査定表をスピーディーに入れ替えていく予定です。ITが不得意な方であっても「IT化に挑戦してみたい」と思える仕組みを日々考えています。

IT化に対する認識の違いをどのように埋めていくかは難しいものです。たとえば、社内での情報共有ツールとしてグループウェアを導入しているのですが、利用率の差がどうしても出ます。自分のスケジュールを細かく入れる方と全く入れない方に分かれてしまうのです。ITツールの活用に対する共感を得られるよう、引き続き取り組んでいきたいと思います。

IT化の先にある楽しい未来をイメージ

IT化を進めたことで、社内の雰囲気は変わりましたか?

森実:業務の負担が減ったことで、精神的に明るくなった印象を受けます。システム導入前は「今後どうなっていくのだろう」という不安が強かったのですが、実装を進めるうちに「この方向で間違いないな」という感覚をスタッフ一同実感できました。

今後どのような組織づくりを目指しますか?

森実:社員一人ひとりが変化に対応できる会社になりたいと思っています。世の中は目まぐるしく変化しています。今回はたまたまIT化に対応しましたが、世の中から電気がなくなり、アナログ体制に変化させる時代が来ないとも限らない。「持続可能」をキーワードに、どのような変化にも主体性を持ってチャレンジできる組織を目指したいです。

IT化に踏み切れない企業へアドバイスをお願いします。

森実: IT化を進める第一歩は、導入のメリットを社員がイメージできることだと思います。IT化の目的が「会社だけが儲かるため」だと社員は面白くないものです。「賃金アップを達成するために、ITシステムを使って生産性を上げようと思っている」というように、ストーリー性を持って今後の見通しを伝えることが大事だと思います。

IT化を進めて感じたのは、システムを入れたから文化が変わるわけではなく、どのように実装を進めるかで新しい文化ができるということ。導入のプロセスを、まるで結婚式のイベントを作るような感覚で楽しむことが大切です。社員の感情に向き合いながら、スモールスタートでも一歩ずつ進めていくのがよいのではないかと思います。

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