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警察だって働き方改革、前例を破る副署長の挑戦 独自アイデアのフル活用で生まれた警察組織の新たな風

取材日:2023/07/12

事件事故に追われ、仕事は常に厳しく過酷…そんなイメージがある、警察。そんななか、働き方改革として、さまざまな工夫を凝らした施策により、警察組織に新たな風を吹き込んだ徳島県警察本部小松島警察署の元副署長にお話を伺いました。※本文内、一部敬称略

お話を伺った人

  • 川原卓也さん

    川原卓也さん

    徳島県警察本部

    刑事部捜査第二課総括情報官/(※元・小松島警察署 副署長)

この事例のポイント

  1. 忙しい警察組織の中から、副署長として働き方改革を推進
  2. 「週刊副署長」、「マイテージ」、独自の施策で楽しさを追求
  3. やりがいを感じられる警察の仕事、理想の働き方とは

「仕事が過酷」、イメージ払拭のため働き方改革を推進

川原さんが、働き方改革に取り組もうと考えたきっかけについて教えてください。

川原:副署長になる前、県警本部で警察官の採用を担当していたときの経験が、きっかけの一つです。

より良い人材を集めるにはどうしたらいいかを考える中で、当時、一般の人は警察官に対してどういうイメージを持っているのか考えていたんです。

小さい子どもにとっての「おまわりさん」といえば、正義の味方、ヒーローのような存在で、小学生くらいまではなりたい職業ランキングの上位にもランクインしています。それなのに、高校、大学といざ就職を考える年齢になると、実際の職業候補としては人気がなくなってしまう。

それは警察に対して、安全を守り、誰かの力になれる仕事という働きがいよりも、急な呼び出しや勤務時間、休みの不規則さといった激務のイメージが、先行してしまっているからだろうと漠然と感じていました。

確かに、厳しい仕事、という印象が強いかもしれないですね。

川原:今はだいぶ改善されましたが、当時の警察組織は実際に、休暇を取りにくい風潮はありましたし、厳しい働き方をしている人が多くいました。また、組織も上意下達のピラミッド型で、若い人が新しいことにチャレンジしたり、自分の考えで工夫をしたりしづらい雰囲気だったように思います。

そんな課題を感じていたときに、副署長として小松島警察署に異動になりました。警察署というのは、県民、市民と直接ふれあう機会が多く、身近な存在です。一般の方が持つ負のイメージを払拭するには、まずは現場の若い警察官が楽しくイキイキと働く姿を見せることが大切だと思ったんです。

若い人たちにもっと仕事の楽しさを感じて欲しい…そんな思いで、副署長として、署員の働き方改革に取り組むことを決めました。

警察らしくない?楽しめるアイディア満載の「週刊副署長」

取り組みの一つとして、「週刊副署長」というお知らせを毎週発行していたと伺いました。これはどのような内容だったのでしょうか。

川原:見た目は新聞のようなレイアウトで、第一号のトップ記事は「働き方改革宣言決まる、小松島警察署員で良かったと思える職場に」という見出しです。ちょうど県警本部から、毎年定期的に来る各署で働き方改革宣言を出してくださいというお知らせが出ていた時期だったので、それに合わせて署での働き方改革について記事にしました。

2020年の7月から翌年の3月まで全部で36回発行したのですが、働き方改革に関する内容だけではなく、仕事上のちょっとしたお知らせから、「今週のパワーワード」という歴史上の偉人等の名言を紹介するコーナー、「ぴーぷる・今週の人」という署員を紹介するコーナーなど、さまざまな企画を載せています。

「週刊副署長」創刊号より、一部抜粋したもの。※画像の一部を加工しています。

面白いタイトルですが、どうしてこのような名前にしたのでしょうか。

川原:特に深い意味はなく、みんなの意識を引くような、ちょっと変わった名前にしたいと思ってつけました。警察が出す定期的な発行物は、「〇〇便り」とか「〇〇通信」ばかりで、面白みに欠けるなと感じていたんです。最初は週刊にするつもりはなく遊び感覚でつけたタイトルなのですが、結果として名前の通り、週に一回発行することになりました。

周囲からはどのような反応がありましたか。

川原:読んだ署員からは、こんなの初めて見たとか、なんですかあれは(笑)とか、驚きの声がたくさん寄せられました。週刊副署長は、署員がアクセスできるオンライン上の掲示板に載せていたのですが、最初はあえて、ひっそりと目立たない場所にアップしました。副署長は署のNo.2のポジションなので、働き方改革をせよ、という上からの命令と受け取られないように、第一号は控えめにした方がいいかなと思ったんです。

隅っこに掲載した割には、予想外に大きな反響があり、嬉しかったですね。

「どうやって笑わせよう」が制作のモチベーションに

拝見すると、かなり手間をかけてつくっているように見えるのですが、お一人で毎週制作するのは大変だったのではないでしょうか。

川原:かしこまって作ると、記事のテーマを考えるにも気を使ってしまい大変だったと思うのですが、自分の場合は次はどうやって笑わせよう、という意識で、どちらかというと大変さよりも楽しさの方が上回っていたように思います。

また、お伝えしたように副署長の前は採用担当の仕事をしていたのですが、その時にたくさんチラシなどを作った経験も役にたちましたね。

上級機関から各県に来る通達文書や警察内部のお知らせなどは、文字の大きさも一緒で、文章も長く、味気ないものになってしまいがちです。いわゆる公務員文書と言いますか、正確さや抜け漏れを防ぐことが重視されるので、読み手に伝わるかどうかという視点が不足していることが多いんです。採用のチラシは一般の方に見てもらうためのものなので、少しでも目を引くものにしようと、デザインなどを独自に勉強していました。

採用のチラシとは異なり、週刊副署長は内部向けではありますが、少しでも多くの署員に目を通して欲しいと考え、そのときに身に着けたデザインの知識などをフル稼働しました。こうした制作物を作り慣れていたことも、あまり苦にならずに発行を続けられた理由だと思います。

もう一つ、「マイテージポイント」という制度も作ったそうですね。

川原:はい。これは働き方改革に関する三つの柱を作って、それぞれ達成したらポイントを付与する、という制度です。 一つ目は通常の勤務日の定時退庁、二つ目が当直後の定時退庁、三つめが月に一回以上の有給取得です。特に当直勤務は、本来当直明けの昼になったら帰宅してよいのですが、出勤してきた人が仕事を始める時間と当直勤務が終わる時間が近いために、なんとなく帰りづらくなってズルズルと仕事を続けてしまう風潮があったんです。

必要な仕事がない時は、定時に帰ってもいいんだ、という風潮を根付かせたいと思い、この制度を作りました。ちなみに、マイテージというのは、航空会社のマイレージと定時退庁のMy(私の)定時をかけた駄洒落です(笑)。 

ポイントが貯まると、なにか特典があるのでしょうか?

川原:独断で始めてしまい予算もついていなかったので、オフィシャルに何か特典があるということはなく、自分の持っているちょっとしたお気に入りアイテム、例えば目の疲れを癒す、蒸気が出るアイマスクなどを、個人的にプレゼントしていました。

それから、週刊副署長に名前が掲載されるという名誉もあります(笑)。

心配する声もあったものの、最後まで毎週発行を完遂

警察組織の中では異色の取り組みだと思うのですが、反対の声などはありましたか。

川原:直接言われたことはないのですが、伝え聞く範囲では、警察で働き方改革なんて無理だろう、本来の業務が疎かになるのではといったネガティブというか、不安視されるような内部の声もありました。それから、いくら内部文書とはいえ、ふざけすぎると一般市民にお叱りを受けると心配する意見もありましたね。

そうしたご意見については、どのように考えていますか。

川原:当時、テレビや新聞などのメディアにも取り上げていただいたのですが、一般の方からのクレームなどはありませんでした。

ただ、警察組織での働き方改革の難しさについては、理解できるところもあります。事件捜査をしている刑事に毎日定時退庁せよと押しつけても、現実的ではないでしょう。

警察は部署によって仕事の内容や勤務状況が大きく異なりますし、働き方改革で一律に時間の枠を当てはめるのは難しいと自分自身も思っていましたから。

ただ、自分の業務は終わったのに上の人が残っているから帰れないとか、仕事がないのに長時間勤務するのが当たり前、という風潮はなくすべきですし、その点については周囲も納得してくれていたのではと思っています。

賛同してくれる方もいらっしゃったんでしょうか。

川原:もちろんです。自由にやっていいよと言ってくれた直属の上司である当時の署長や、署員など応援してくれる人たちの存在も、やり続ける原動力になりましたね。「こんな副署長は見たことない」と内部の人からも言われたのですが、正直、自分にとっては一番の誉め言葉です(笑)。

みなさんの後押しがあって、なんとか36号、副署長として在籍している間は出し続けることができました。

警察の仕事は素晴らしい、それぞれが理想の働き方を

週刊副署長やマイテージポイントなどの施策を通じて、川原さんは署員の皆さんにどのようなことを伝えたかったのでしょうか。

川原:働き方改革に関して言うと、もっと自由に、それぞれ自分にあった働き方をしていいんだよ、ということを伝えたいと思っていました。仕事が落ち着いていたら休みを取ってもいいし、逆に休みを取れと言われたからといって無理に休む必要はありません。ある程度裁量をもって自分で仕事のペースを決めていくことが、大切だと思っています。

働き方に関してだけではありません。本来必要なことは何かを自分で考えて、自分の裁量でこれまでと違うやり方を試したり、新しいことにチャレンジしたりできる環境は、若い人が仕事の楽しさを感じる上で必要なことだと思っています。

お伝えしたように、警察は上意下達のピラミッド型の警察組織なので、上の指示通りに働く、決められた通りにするという体質が根強く残っています。何かに取り組む際も、去年はどうしていたのか、他の署はどうしているか、上の意見を聞いてみよう…という考えがまず浮かびがちです。

副署長の自分がこれまでにない施策を打ち出したり、これまでの枠組みからちょっと外れた週刊副署長を作ったりすることで、そうした体質を改善し、若い署員が自由にいきいきと仕事ができる雰囲気づくりにつながればいいな、という思いがありました。

実際にこの施策を通じて、署員が変わったなと感じた点はありますか。

川原:小さなことでいえば、いろいろなことを話してくれるようになりました。自分がフラットな雰囲気を作り出すよう意識して、週刊副署長でも自分のことをちょっと面白おかしく紹介したり、やわらかい紙面づくりを心がけたりしていたので、少しは効果があったかなと感じています。

警察組織だと上が絶対という意識が強すぎて、それが悪いベクトルを向いてしまうと失敗や問題があっても上に報告はしないとか、嘘がない範囲で言い方を変えるといった、コミュニケーション不全につながってしまいます。

そうした雰囲気は、解決を遅らせて、下手をするとより大きな問題に発展しかねないので、署員が何かあった際に気軽に報告してくれることは仕事の上でプラスだと思います。それを、正直というかそのまま上に課長や副署長や署長に伝えてくれるようになりました。

もちろん、大きな事件事故や災害現場など、上下の指揮命令系統が確立されていることが必要な場面も警察には多々あります。うまく使い分けるというか、臨機応変に必要な対応ができるようになることが大切ですね。

業務時間などに変化はありましたか。

川原:休みの日数や残業時間については、正直、1年間という短い期間では劇的に変化させることはできませんでした。警察署の中でも、例えばいつ事件が起きるかわからず計画的に仕事をするのが難しい刑事課と、内部で庶務的な仕事をする課とでは、そもそも働き方が異なります。そのため、どの課が平均何日休みをとったなど、数字的なものはあまり求めないようにしていました。それよりも、仕事がないときは帰っていい空気や、働き方の濃淡を自分で考えられる土壌づくりなどを目指したつもりです。

それぞれ当時の小松島警察署の署員の人が、今後警察組織の中で仕事をしていくなかで、今回の取り組みが心のどこかにひっかかってくれていたらいいなと思っています。

川原さんにとって、理想とする働き方とはどのような形なのでしょうか。

川原:個人的な考えですが、仕事とプライベートをそんなにきっちり分けて考えない方が、うまくいくのではないでしょうか。

休みの日に仕事をする、という意味ではなく、仕事かプライベートかという二項対立にしてしまうと、仕事が楽しくないもの、辛いものになってしまうと思うんです。そうではなく、特に若い世代は、仕事も楽しく、プライベートも楽しくと、もっと欲張りでいいと感じています。

仕事のやりがい、働きがいという点に関しては、警察の仕事は本来とても高いポテンシャルを持っています。全ての仕事は社会に役に立つものですが、警察は特に世のため人のためになっているとダイレクトに感じることができる、素晴らしい仕事です。そこに、仕事のやりがいイコール楽しさみたいな部分を、それぞれが自分なりに見出してくれると嬉しいですね。

ただし、楽しさ、面白さはずっと働きづめだと見つけにくくなってしまいます。全く寝ていない、休んでいない頭では、いきいきと働くことも楽しさを感じることもできないはずです。しっかりと働くためにも充実した休日を送って、やりがいを持って仕事に打ち込むときは打ち込む、そんな働き方が理想ではないでしょうか。

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