社員幸福度を高めることで良質なカルチャーを醸成 社内に“Happiness”をもたらすCHOの仕事とは?

取材日:2023/05/30

ウェディングプロデュースなど、人々に幸せを届ける事業を展開する株式会社スペサンは、社員の幸福度を高める取り組みを行うことで、組織全体の成果を底上げしています。「社員の幸せ」を追求する背景や狙いについて語っていただきました。※本文中、敬称略

お話を伺った人

  • 佐藤佳織さん

    佐藤佳織さん

    株式会社スペサン

    CHO

この事例のポイント

  1. 全社施策であっても、「個人」を意識してアイデアを創出
  2. 自社の「幸福度改善」「文化醸成」が法人向けサービスに

幸せを届ける人は幸せでいた方がいい

社内に幸福を届ける取り組みを始めたきっかけを教えてください。

佐藤:当社はウェディングプロデュースやサプライズプロデュースなどの事業を展開しているのですが、いずれもお客様を幸せにすることが目的です。

そのため、社員は常にお客様の幸せを第一に考えて仕事をしています。そんな様子を見ていて、学術的な研究で「幸せは連鎖する」という結果が出ていることを目にした記憶がふと頭をよぎり、お客様により大きな幸せを届けるためにも、まず自分たちが幸せを感じながら仕事をする必要があると、直感的に感じたのです。

例えば、ウエディングの仕事においては、その努力が報われるのは新郎新婦の笑顔を見られる瞬間です。もちろんお客様のために頑張るのは当然のことですし、お客様の笑顔は全てが報われる瞬間なのですが、そのような特別な瞬間だけでなく、日常の中で、働く幸せを感じられる機会が、もっとあったらどうだろうか、と考えるようになりました。

具体的にどのような取り組みをされたのですか?

佐藤:お菓子を配ったり、社内にメッセージを添えたお花を飾ったり。あとは、元気に挨拶するとか、意識して明るい色の洋服を着るとかですね。本当に最初は、取り組みとは言えないほどのことばかりです(笑)。

ただ、気づかない人もいるくらいの些細なことではあっても、私の小さなアクションで誰かが幸せを感じてくれたらいいなと思い、当時は「勝手にCHO」として続けていました。

CHOとは、どのような役割なのでしょうか?

佐藤:「CHO(Chief Happiness Officer)」です。

日本では、まだ耳慣れない役職ですが、欧米では従業員の幸福度を向上させ、自社の成長を促す役割の専門職として導入する企業も多い、歴とした役職です。

具体的には、従業員の働きやすさや満足度、会社へのエンゲージメントを向上させたり、組織の風土や文化を整えたりすることで従業員の幸福度を改善し、パフォーマンスを高める役割を担います。

欧米では、先進企業を中心に認知度が高まっており、当時は、グーグルをはじめとしたシリコンバレーに本社を構える企業が続々とCHOを取り入れていました。また、フランスでは、2015年にCHOのシンクタンクが設立され、アクサやミシュランなどの世界的有名企業が所属しています。

なるほど。ただ、世界的に機運が高まっていたCHOの役職とはいえ、当時の御社では、あくまで有志の非公式な活動だった中で、直面した課題などはなかったのでしょうか?

佐藤:おっしゃる通り、個人の非公式な活動で成果をあげるのは、限界があると感じました。実際に活動をしていても、「佐藤さんって、いい人だよね。」といった一言で終わってしまう。

その一方で、私自身、メンバーの幸福度と生産性には相関があると思っていたので諦めたくはなかったのです。

そこで、ボードメンバーをはじめ、全社を巻き込んだ施策にするため、従業員幸福度の改善が組織にどう貢献するのかを明確に示した上で、幸福度を可視化する必要性を感じました。

科学的なアプローチで幸福度や文化醸成度を可視化

そもそも幸福度は目に見えないものであり、可視化するのが難しそうです。どのように可視化されたのですか?

佐藤:まずは幸福度に関する論文を片っ端から読んで、計測方法を策定しました。現在こそ学術的な根拠が担保されている研究機関のサーベイがありますが、当時はそういったものが少なかったので、自分で作るしかないと。

論文を読む際は、幸福感や満足感を高めるうえで重要な要素について重点的に調べました。専門用語も多く、読むだけで一苦労でしたが……、さまざまな論文を読んでいると、本質的な主張には共通点があることもわかったのです。

一例として、自己成長を実感できる環境や周囲との信頼関係が幸福度を左右する重要な鍵になるといった点です。最終的には、そのような共通点を体系的にまとめて、設問項目と指標を整理し、独自のサーベイを作成しました。

その後、CHOとしての活動に対する、ボードメンバーや社員の皆さんの理解は得られたのでしょうか?

佐藤:そうですね。当時、従業員幸福度の高さと生産性については、定性的な研究結果が続々と出ていましたし、皆、感覚的に「そうだよな」と思う部分もあったのだと思います。

なので、「幸福度をどう可視化するのか」の信憑性がある程度担保できれば、説得は難しくないと思っていました。実際、納得してもらえて、晴れて「公式CHO」として認められる運びになりました。

現在は文化の醸成度も可視化されているそうですね。

佐藤:そうですね。こちらも論文ベースで計測方法を構築し、理念浸透度、理念体現行動表出度、心理的安全性の3つの項目を定期的に計測して、その結果を、タイムリーに対策へとつなげています。

たとえば、理念浸透度が下がっていたら、共感度が高められるようなワークショップを実施したり、ディスカッションの場を設けたりするなどですね。また、心理的安全性が低下しているメンバーについては、個別にヒアリングを行うこともあります。

もちろんサーベイ結果のみを注視するのでなく、元気がなかったり、つらそうな様子を目にしたりして声をかけることもあります。ただ、そのような主観でのマネジメントを補完する意味でも、データでの裏付けは役に立っていますし、今のところ、当社では大きな問題はなく、数値は良好ですね。

CHOとしてエンゲージメントを高める取り組みを続々と推進

公式CHOの役職に就いた矢先に、コロナが流行し始めたと伺いました。どのような影響がありましたか。

佐藤:正直、当社の主要事業であるウェディングプロデュースやサプライズプロデュースは、コロナによる大打撃を受けたため、当社も一時期は休業をせざるを得ない状況になりました。

休業期間中も、社員同士でオンライン交流するなど、個別でコミュニケーションをとっていたので関係性は良好だったのですが、それでも不安は募りましたし、休業が明けても、完全リモートで週2~3日のシフト勤務など、仕事をしたくてもできない状況でした。

社員の仕事に対するモチベーションや会社へのエンゲージメントが低下するのは当然だったと思います。

そのような状況でどのような取り組みを行いましたか?

佐藤:コミュニケーションを活性化させるためのオンラインイベントやラジオ企画など、様々なコミュニケーション施策を行ってきましたが、最も力を入れたのは理念浸透施策です。ちょうどコロナ禍に、理念を刷新したという経緯もありますが、自分たちがどこを目指し、何をすべきなのか?が明確になることは、やりがいの創出やエンゲージメント向上につながると考えました。

メインの施策は、週1回のワークショップ。当社の理念は、VISION、MISSION、IDENTITY、CONCEPT、VALUEという5つの要素から成るのですが、それぞれの概念について議論を重ねることで、組織全体の認識にずれが生じないよう、理解の解像度を高めていきました。

また、ワークショップと並行して、会社のイメージキャラクターを作るプロジェクトの立ち上げも行いました。キャラクターを作るためには、自社が大切にしている価値観や「らしさ」を深く理解する必要があるため、その過程で理念浸透や自社のカルチャーを明確にすることができます。最終的に「スペさん」というキャラクターが誕生しています。

全社的な施策も、「個人」をイメージしながらアイデアを創出

さまざまな取り組みをされたのですね。

佐藤:そうですね。本当にいろいろな施策を実施しました。理念を形成する要素の1つであるVALUEは5つあるのですが、すべて英語で覚えづらく、言葉にもしづらいので、略すことで流通しやすい形に変換しました。

たとえば、「Make Others Happy(期待を超えて、幸せを届けよう)」は「アザハピ」。「Full Of Creativity(遊び心を忘れず、豊かな想像力を発揮しよう)」であれば「フルクリ」という風に。

また、言葉だけでは愛着が持てなかったり、記憶に残りにくかったりすることも考慮して、視覚的に理念をイメージできるように、各バリューにイメージカラーやイメージアイコンを設定しました。社員が色を見れば反射的に特定のバリューを思い浮かべられるように工夫したのです。

とてもユニークですね。アイデアはどのように生まれてくるのでしょうか。

佐藤:伝えたいメッセージや目的を定めた上で、それらを具体的な施策に落とし込む際には、特定の人の顔を思い浮かべて、この人だったら何を楽しいと感じるだろう、と考えながら施策を検討しています。

たとえば、話を聴くだけの研修が苦手な社員がいるとしたら、楽しんで研修を受けてもらうためにはどうすればよいか考えます。その社員がゲーム好きなのであれば、ゲームを取り入れた研修をやってみよう、となるわけです。

全社向けの研修であっても、受け取る相手はあくまで個人ですから、つくり手視点ではなくどこまでも受け取り手視点で施策を作るのが、刺さる施策をつくるコツだと思います。

人事評価にも、理念を浸透させる仕組みを取り入れているそうですね。

佐藤:はい。理念の体現度を人事評価に組み込んでいます。理念に沿った行動、プロセスを評価することで、お客様からの承認や、売上などの結果でしか評価されないといった状況を回避しています。

それまでは、結果以外の部分をどのように賞賛すればよいかわからなかったという状況でした。頑張っているから褒めたいと思っても、具体的な褒め方がわからなかったのです。評価基準ができてからはバリューに照らし合わせて、社員同士でプロセスを賞賛し合うような文化が生まれましたね。

社内幸福度向上の取り組みを法人向けサービスに

これまでの社内幸福度向上の取り組みや、文化醸成の取り組みを法人向けサービスとしてリリースしたと伺いました。

佐藤:そうですね。良質なカルチャー醸成を支援するプログラム「Cultive(カルティブ)」というサービスをリリースしました。サービス内容としては、組織開発コンサルティングとインナーコミュニケーションの制作会社を合体させたものをイメージしていただくとわかりやすいかもしれません。

サービスの特徴は、カルチャーづくりに伴走しながら、実際の施策実行までワンストップでサポートできる点です。文化醸成は、カルチャーモデルの設計だけしても実効性は担保されません。その後、適切なタイミングで最適な施策を実施することや、それらの結果を踏まえて、中長期的な運用調整をすることが重要となるのです。

これは当社自身が、さまざまなトライアンドエラーを繰り返して、従業員の幸福度改善や文化醸成を実現してきたからこそできることだと考えています。

当社では、ワークショップの設計・ファシリテートやイベントプロデュース、クレドカードやカルチャーブックといったツールの制作などのすべてを行っています。

どのような企業がCultiveのサービスを求めているのですか。

佐藤:理念を浸透させる研修を行ったり、カルチャーを醸成する施策を打ち出しても、効果が出ないうえ、原因を究明できなくて悩んでいらっしゃる企業が多いですね。

顧客属性は2つに分かれるのですが、1つはカルチャー強化が競争優位性を高める点を理解していて、そこに対する投資を惜しまない企業。社員数は数百人から数千人規模です。

もう1つは小・中規模のベンチャー企業です。創業からスピード感をもって事業成長を遂げてきた一方で、急激に社員数が増加したため、あらためて理念や価値観を言語化したり、浸透させたいというニーズからご依頼をいただくことが多いです。

Cultiveを提供した企業の事例を教えてください。

佐藤:ビジョンやミッション、バリューといった理念体系が整理されていないという課題を抱えていた営業会社さんがいらっしゃいました。まずは理念の策定から着手して浸透度を高める支援を行ったのですが、実際に、私もお話させていただく中で、社員の方々の使う言葉が明らかに変わってきました。

普段の会話の中で自然と、「バリューにそぐわないからやめておこう」、「方向性がバリューに合致しているから諦めずにこのままやり切ろう」といった言葉が出てくるようになり、意思決定の判断基準の統一や、スピード感の向上が見られました。この変化を目の当たりにした時は、思わず頬がゆるみましたね。

"カルチャーが強い"から勝てる組織へ

事業面での今後の展望を教えてください。

佐藤:Cultiveの事業を通じて、多くの企業のカルチャー醸成に貢献していきたいですね。理由は、カルチャーへの投資は、特に中小企業においては、まだまだ啓蒙段階にあり、取り組んでいる企業が少ないからです。重要度が高いと認識している企業でも、緊急度が低くて手つかずの状態になっているケースもあります。

たしかに、カルチャーは目に見えるものではないので、費用対効果を検証するのが難しいかもしれません。企業にも予算があるわけですから、二の足を踏む気持ちもよくわかります。

ただ、実際にカルチャー醸成を支援している企業の事例を見て、身近でその効果を実感しているので、多くの企業にカルチャー醸成に取り組んでほしいですね。

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