離職ゼロを叶えた「負の感情」を生まない職場改革 パート従業員の本音を吸い上げ、働きやすさのルール化を徹底

取材日:2023/05/19

大阪府摂津市の工場で、天然エビの輸入・加工・販売を手がける株式会社パプアニューギニア海産。10年前からパート従業員に「フリースケジュール制」を取り入れ、一時はピンチに陥った経営を好転させています。その背景や成果について伺いました。※本文内、敬称略

お話を伺った人

  • 武藤北斗さん

    武藤北斗さん

    株式会社パプアニューギニア海産

    代表取締役工場長

この事例のポイント

  1. 人間関係は放っておけばもめる。ルール整備で争いの芽を回避
  2. 工場長も毎日現場に入り、パート従業員の状況をしっかり把握
  3. 目指すのは、多様性があり、働く人が自分で選択できる組織

勤怠連絡は禁止!いつ出社してもいつ休んでもいい水産工場

御社のフリースケジュールとは、どういう制度ですか?

武藤:うちは水産工場ですが、工場で働くパート従業員は全員、いつ出社するか、いつ休みを取るか、何時間働くか、全部自分で決めています。それがフリースケジュールです。工場の稼働時間内であれば何時に来てもいいし、何時に帰ってもいい。しかも、その全てにおいて会社への連絡は一切禁止です。「今日休みます」とか連絡したら、僕から「ルールを破るな」と怒られるくらいです(笑)。

勤怠連絡が「禁止」とは、斬新ですね。いつから運用していますか?

武藤:約10年前の2013年7月にスタートしました。ただ、具体的なルールは段階的に変更しています。例えば導入当初は、それまでの曜日によるシフト勤務を「好きな日に週3、4日働く」というルールにしました。

勤務時間も「午前9時〜午後4時」など固定していましたが、あるタイミングで「時間を決めなくても業務は回る」と気づいた。それで、退社時間、出社時間も自由にしました。業務に支障がないのに従業員を縛っていた不必要な条件をどんどん排除しつつ、ルールを最適化した感じです。

具体的には、どんな現場なのですか?

武藤:僕を除いて社員3人、パート従業員23人の小さな工場です。フリースケジュールを導入したころは、パート従業員は10人ちょっとで子育て中のお母さんが多かったですね。冷凍の天然エビを2キロや5キロ単位で解凍してむきエビやエビフライなどの冷凍商品に加工するのがパート従業員のメインの仕事です。

パート従業員の平均的な勤務時間を教えてください。

武藤:働き方は、個人個人で本当にバラバラです。社会保険の加入が必要な人は週30時間以上の勤務を目指しますし、一方で、子どもの夏休みになると出勤を減らす人がいたり、本当に来たいときだけ来る人もいます。

ただ、最低限の勤務時間のルールを設けていなかったことで、長期間出勤しない人もいたりして...(苦笑)。久しぶりの出勤では作業を忘れていて、改めてレクチャーが必要になるといった業務に支障をきたすケースがあるなど、僕を含めて周りがモヤモヤした感情を抱えてしまったので、今は「月30時間以上は出勤する」というルールを加えたところです。

ライバル心あおる経営を一転、争いを生まない職場づくりへ

なぜ、大胆な職場改革が必要になったのですか?

武藤:正直、以前の工場は人間関係が最悪でした。従業員に派閥ができて、常に誰かが陰口を言うような状況だったんです。ただ、その原因は僕自身が作っていたと今なら分かりますね。工場の生産量を上げたいがために、互いのライバル心を利用するような管理をしていましたから。時給や立場にも差をつけたし、監視カメラもつけていましたね。

もともと工場は宮城にあったのですが、2011年3月の東日本大震災で流されてしまいました。大きな債務を抱えて再建のため大阪に移転。従業員を一新したのですが、やはり同じ状況になりました。しかも、宮城から1人だけ着いて来てくれた大事な社員まで愛想を尽かして辞めてしまったんです。

それが2013年6月。ピンチでした。「本気でどうにかしなければ」という覚悟を持って僕自身が現場に入り、1か月間従業員と個別面談することから改革をスタートしました。

個別面談でどのような発見があったのですか?

武藤:職場で何を感じているか、不満は何かを聞く中で、「連絡なしで休めたら楽だろうな」とふと感じたんです。それは僕自身にも言えること。それまでも「子どもが発熱したので休んでいいですか?」と言われたら当然許可していたのですが、仕方ないと思う反面イラッとする自分も感じていた。どちらにしろ休ませるなら、お互いにストレスがない方がいい。それで、フリースケジュールの発想が出てきました。

職場改革で得たいものは何でしたか?

武藤:争いを生まない環境です。僕は人間を基本的に信用しておらず、放っておけば争いが起きると思っています。争いの火種は何らかの「負の感情」。それを徹底的に取り除くことが職場改革の目的です。だから、僕を含む全従業員の本音を軸に、フリースケジュールだけでなくパート長の廃止、時給の一律化、辛い作業を申告する「嫌い表」などを導入しました。「負の感情」とは、辛さや苦しさ、不必要な緊張、モヤモヤといったものですね。

改革で大事なのは「結果」より、一緒に知恵を出すプロセス

前例のない取り組みでしたが、不安はありませんでしたか?

武藤:フリースケジュールは驚かれますが、実は、僕自身は気楽に始めたんです。「全く人が来なくなることはないだろうから、やってみよう」という感じでした。実際、始めて1か月経たないうちに「問題なく来る」と分かったので、週に何日というルールを「1か月12日以上」と緩和。それも2か月後には撤廃し、退社時間の自由化、出勤時間の自由化と拡充していきました。

会社の再建がかかる中、勇気がありましたね。

武藤:たぶん僕は、「失敗」の基準が一般的な考えと違うのかもしれません。出てきた結果に対して、成功か失敗か判断するのではなく、みんなで「どうすれば良くなるか」を考え始めたところでほぼ成功だと捉えます。一緒に知恵を出していく中で組織が強化される。そこを重視しているから、結果は怖くない。怖いものがあるとしたら「何も動かないこと」です。

ルール作りはパート従業員を含む全員で話し合ったのですか?

武藤:最初はパート従業員も入れていましたが、そのやり方は全く平等じゃないことが分かりました。結局テーブルが大きくなると、「声を上げられる人」が強くなる。平等な意見交換にはならないんです。それに気付いて1対1の面談で意見を吸い上げました。最終的には、僕を含め現場に入っている社員3人のミーティングでルールを作っています。

「自分で選べる」を拡充した結果、誰もが働きやすい職場に

実際、どのような変化があったか教えてください。

武藤:出勤時間が自由になったことで「家庭の雰囲気が朗らかになった」という声がありました。遅刻という概念がないので、子どもが朝ぐずっても落ち着いてから来てもらえる。職場で謝る必要もない。子育て中でも安心して働けます。ただ、最近は子育て中の女性の比率が減ってきているんですよ。

それはなぜでしょうか?

武藤:障害がある人や引きこもっていた人が「ここなら働けるかも」とうちを見つけて、応募してくれることが増えたからです。面接すると、今まで働けなかった理由は「同じ時間に出社することがむずかしい」「朝起きられないことがある」という話。たったそれだけの理由で就職できなかったわけですね。

でも、うちの工場だったら何も問題がない。いつ来るかは自分で選べますから。実際、みんな一生懸命に働いてくれています。工場にとっても非常にプラスです。

なるほど。働きやすさの間口が広がったわけですね。

武藤:誰かに特化した働きやすさではなく、みんなにとって働きやすい、多様性がある組織になったと思います。特に強みを感じたのはコロナ禍でした。完全にいつも通りのルールでやって全く問題なく営業できましたから。

学校が数か月休校になった時期もありましたが、子育て中じゃない人はいつも通り来たし、子育て中の女性も在宅勤務になった旦那さんに子どもを任せて午前中だけ働く、というような選択ができた。多様性があり、自分で選択できる組織は、イレギュラーな事態への対応力があると実感しました。

人件費大幅減、求人費ゼロ。10年でピンチ抜け出し経営好転

ところで、フリースケジュールで欠品などの問題は起きませんか?

武藤:全く起きません。今は毎日10名程度が平均して出勤しています。一番少なくて5、6人。多くて15、6人。みんなそれぞれの都合があるので、全員がそろうことはありませんが、かといって誰も来ないというのもありません。現場の調整は、人が少なければ解凍するエビの量を減らすだけですし、作業内容は1人で完結するので、いつ誰が来ても、来なくても、全体の業務に支障がない状態です。

いつ無断欠勤してもいいルールなのに、業務に支障がないのは意外でした。

武藤:僕からするとその捉え方に違和感があります。パート従業員を選んでいる人は、正社員としては働きづらい事情があるわけです。でも収入が必要だから働き口を求めているわけですよね。

だから「自由に来ていいよ」と言われると「いつ働こうかな」と考える。逆にシフト制でガチガチに固めると「いつ休めるかな」とマインドが後ろ向きになる。うちの工場の実績では、自由にした方が出勤率が上がりました。

工場の雰囲気はどうですか?

武藤:「自由な職場」という印象が一人歩きすると、「好きなことだけやる職場」と思われるかもしれませんが、実際は完全に違います。月に1回提出する「嫌い表」で申告した作業はしなくていいのですが、それ以外は自分で考えて動き、最適な作業が求められます。現場はピリッとしていますよ。互いに干渉し合うことなく自分で選んだ作業にコミットできるので、非常に効率的です。

「自分で選ぶ」環境は、作業に対する責任感と高い生産性にもつながっている。

会社にとっても明確なメリットがありましたか?

武藤:完全にプラス効果で、一時は倒産寸前まで追い込まれた状況を抜け出せました。分かりやすいのは人件費。2013年当初、パート従業員の人件費はおよそ年間1200万円だったのですが、2016年は800万円まで削減。会社の売り上げは変わらなかったので、実質400万円の増益です。年商1億円規模の会社なので、これは大きい数字です。

人件費が減った理由は単純で、人が辞めないから。従業員のスキルが上がり、新人教育の手間もないので品質も効率も上がったというわけです。

従業員が辞めなくなったのは大きな成果ですね。

武藤:2019〜2022年は誰も辞めませんでした。その後、夫の転勤というやむを得ない退職はありましたが「こんなところで働きたくない」という理由は今のところゼロ。これは多くのパートさんを抱える企業の経営者からしたら驚くような結果だと思いますし、水産工場では奇跡に近いなと感じています。離職がないうえ、うちを見つけて応募してくれる人も増えたので、求人費も10年間ゼロです。

重要なのはルールの完璧さではなく、ルールを作るプロセス

理想の職場づくりのポイントは何ですか?

武藤:本当に従業員が欲しているものは何なのか、これを追求していくことです。だから、あえて言いますが、フリースケジュールを導入するかどうかが重要ではないんです。うちの工場の場合、従業員が欲する働き方がそこだったというだけ。どうしてフリースケジュールをやろうと思ったのか、どういうプロセスを踏んで導入したのか、そこが職場づくりのカギだと思っています。

カギは、現場の声を徹底して拾い上げるということでしょうか?

武藤:みんなの意見を軸にする。ここがブレてはいけません。素晴らしいルールを僕が思いついて導入しただけではうまくいかない。従業員にとっては押し付けられているだけですから。ルールが完璧かどうかよりも、どういうプロセスで作ったのか、誰が作ったのか、それが重要な気がします。それと同時に「みんなで変えたルールは守る」「ルールを見直すプロセスも守る」ことも徹底するべきポイントですね。

現場と意見が違うことはありませんか?

武藤:ありますよ。例えば、僕は「職場での挨拶は絶対だ」という考えで生きてきた人間です。ただ、従業員の中に「挨拶がしんどい」という人がいた。そこで、辛い作業を洗い出すための「嫌い表」に「挨拶」を入れました。すると、まさかの4人くらいが工場での挨拶を「したくない作業」として選んだんです(笑)。だから、今では挨拶せずに入ってきて、挨拶せずに帰る従業員もいます。

挨拶まで自分で選べるんですね。その結果どうなりましたか?

武藤:それが、とても雰囲気が良くなったんです。振り返って考えると、誰かが嫌々する挨拶ほど感じの悪いものはないですよね(苦笑)。だったら「挨拶なし」を選べるルールを作った方が、どれほどみんなにストレスを与えないか。これは革命的な気づきでした。どうやったら、大切な挨拶を職場に徹底して組織を良くするかって考えがちですが、逆だったんですから、ある意味、衝撃ですよ。

組織全体も「変化し続ける状態」を受け入れること

これからの展望を聞かせてください。

武藤:思いはシンプルです。この10年で以前に比べると非常にいい状態になりました。でも完成形はないと思っているので、常により良い状態を探し続けていきます。その過程の中で、次第に会社の規模が大きくなるならそれでよし。もし、大きくならず今のままならそれでもよし。ただ、今やっていることを争いなく続けていきたい。それだけです。

まだまだ変化し続けるということですね。

武藤:今の従業員が働き続けてくれたとしても、それぞれの生活は「子どもが学校を卒業した」「夫が仕事を辞めた」と変化していくでしょう。組織のルールも、現場の事情に合わせて変えるべき。今は成果を出せているフリースケジュールも、「やめた方が働きやすいね」という話になったらもちろん変えます。

2013年以降ずっと変化していますし、とどめるつもりはありません。固定すると、ルールに人の働き方や考え方そのものをはめ込むことになる。変化しなくなったら、いい組織にはならないと思います。組織全体が「変わっていくんだ」という気持ちを持っていることも重要です。

工場長として武藤代表が大切にしたいことは何ですか?

武藤:現場に入ること。今でも午前の3時間は必ず入っています。いくら個別面談しても、日々の現場を知らなければ従業員の気持ちや状況を本当の意味で理解できません。そもそも現場に来ないリーダーに従業員は心を開かないでしょう。一人ひとりの本音を拾い上げ、多様な人が安心して働くためのルールづくりは、僕自身も実践しながら、その考え方をもっと広めたいです。

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