名ばかり管理職とは?違法性や判例・対応策、管理監督者との違い
企業が労働基準法で定められた管理監督者の定義を悪用し、従業員に対して、残業代を支払わなかったり長時間労働を強いる事例が増えています。不当な扱いを受けている従業員は「名ばかり管理職」と呼ばれ、社会問題となっています。本記事では、名ばかり管理職とは何なのか、具体的な事例から問題点や対策案まで徹底解説します。
目次
名ばかり管理職とは?
名ばかり管理職とは、実際は労働基準法上の管理監督者に当てはまらないにもかかわらず、管理監督者と同じ扱いを受けている管理職のことを指す言葉であり、「みなし管理職」とも呼ばれています。
現場の管理職だからといってすべての管理職が管理監督者に当てはまるわけではありません。立場や職務上、十分な権限や職務手当が与えられていないにもかかわらず、管理職であるという理由で残業代などの割増賃金が支払われていない場合は名ばかり管理職である可能性があります。
名ばかり管理職が広まった背景
名ばかり管理職は、人件費を簡単に削減するために、労働基準法で定められた管理監督者の定義を企業側が都合よく解釈したことで広まりました。管理監督者とすれば残業代を支払わずに長時間働かせられるという誤った認識が、多くの従業員を苦しめています。
また、時代の変化につれて管理監督者の線引きが曖昧になったことも原因です。従来は管理監督者に該当する権限や職務手当を与えられていた立場でも、IT化によって多くの管理権限が本社や上層部に移り、現在の基準では管理監督者に該当しなくなるケースもあります。
このような線引きの曖昧さを悪用して、不当に労働基準法の規制から逃れるケースが多発しました。その結果、多くの労働災害や訴訟が起き、社会問題として世間に広く認知されるようになりました。
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名ばかり管理職と管理監督者の違い
労働基準法によると、管理監督者とは「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」のことです。(引用:e-Gov 労働基準法 第四十一条)
具体的には、以下4つの条件すべてに当てはまる管理職が「管理監督者」にあたります。
・労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務内容を有していること・労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な責任と権限を有していること
・現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないようなものであること
・賃金等について、その地位にふさわしい待遇がなされていること
[引用:厚生労働省都道府県労働局労働基準監督署『労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために』]
これら4つの条件のうちどれか1つでも当てはまらず、管理職として割増賃金が支払われていない場合は名ばかり管理職であると考えられます。
現場の管理職であっても一概に管理監督者として認められるわけではないので、定義について正しく理解することが必要です。
名ばかり管理職は「違法」
労働基準法上の管理監督者に当てはまらない管理職には、一般従業員と同様に、残業代などの割増賃金を支払わなければなりません。
名ばかり管理職として十分な権限や職務手当を与えていないにもかかわらず、管理監督者と位置付け、割増賃金の支払いを逃れることは違法であり、罰則(労働基準法 第百十九条)もあります。
[出典:e-Gov 労働基準法 第百十九条]
また、名ばかり管理職扱いをすることで、長時間労働が原因の労働災害や、残業代未払いなどが発生します。このような場合、訴訟に発展することも多く、違法性が認められれば企業の信用が大きく低下します。
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名ばかり管理職が生まれやすい環境
名ばかり管理職は、オフィス勤務の中間管理職や店舗型事業の店長など、一部の部署や事業所を任せられている従業員に起こりやすいという特徴があります。管理職であっても、現場レベルの権限しか与えられておらず、労働基準法の管理監督者とはいえないケースが多くあります。
また、職務手当が支給されていても一般の従業員と給与の差が少ない場合は名ばかり管理職にあたるでしょう。支給される職務手当に残業時間や職務内容が見合っておらず、さらに、管理監督者とされ残業代が支払われないことで、一般の従業員よりも給与が少なくなっているケースも見られます。
これに加え、自身の勤怠への裁量がない場合も名ばかり管理職であると考えられます。具体的には、出退勤時刻や労働時間を企業側に決められていたり、決められていなくても決まった時間に出勤、退勤せざるを得ない状況にある場合を指します。
このように、管理職でありながら権限や職務手当、自身の勤怠への裁量がない場合は労働基準法における管理監督者には当てはまらず、名ばかり管理職となっている可能性があります。
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名ばかり管理職の判例
ここでは、名ばかり管理職によって訴訟に発展した判例について解説します。
判例1「日本マクドナルド事件」
日本マクドナルド事件は、管理職扱いを受けていた直営店の店長が、「自身は労働基準法で定める管理監督者には当たらない」として、過去2年分の割増賃金の支払いなどを求めて起こした訴訟です。
東京地裁は2008年、「店長は労働基準法の定める管理監督者には当たらない」として店長の訴えを認めました。
店長が管理監督者に当たらないと認められた具体的な理由は以下の3つです。
- 店長の職務や権限は店舗運営に限られたものであり、経営者と一体的な立場であるとは認められないこと
- 店長自ら出勤しなければ店舗運営ができない時間帯が多く、長時間労働が常態化しており、店長自身の労働時間に関して自由裁量性がない状況であったこと
- 支給される手当が不十分であり、管理監督者といえるだけの待遇がされていないこと
日本マクドナルド事件は有名企業の訴訟問題であったため、名ばかり管理職が世間に広まるきっかけとなりました。
判例2「育英舎事件」
育英舎事件は、人事管理を含む管理業務全般の事務を担当していた営業課長が、未払いの割増賃金などの支払いを求めて起こした訴訟です。札幌地裁は2002年、「営業課長は管理監督者に当たらない」として企業側に未払いの割増賃金の支払いを命じました。
営業課長が管理監督者に当たらないと認められた理由は以下の3つです。
- 企業の営業に関する会議に出席していたが、この会議は社長への諮問機関であり、営業課長自身は決定権限を持っておらず、経営への参画を示すものではなかったこと
- タイムカードに出退勤の記録が求められるなど、勤怠管理がされていたこと
- 給与などの待遇が管理監督者にふさわしいものではなかったこと
判例3「コナミスポーツクラブ事件」
コナミスポーツクラブ事件は、支店長が時間外労働に対する未払いの割増賃金などの支払いを求めて起こした訴訟です。第一審だけではなく高裁判決(2018年)でも「支店長は管理監督者に当たらない」として、支店長側の請求が認められました。
支店長が管理監督者に当たらないと認められた理由は以下の3つです。
- アルバイトの採用・解雇に当たって上層部の決裁が必要、物品の購入に上層部の許可が必要など、支店長には企業の事業経営に関与するだけの権限がなかったこと
- 出退勤をシフトカードで管理されており、また、人手不足によりシフトに入らざるを得ない状況であったため、勤怠に関して裁量があったとはいえないこと
- 給与面で管理監督者にふさわしい待遇がされていなかったこと
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名ばかり管理職の問題点
名ばかり管理職は労働時間の規制から外れることで残業代が支払われないため、無理な働き方をせざるを得ない状況に陥ります。
ここでは、名ばかり管理職の問題点について解説します。
長時間労働
長時間労働が発生しやすい環境では、人件費削減のため、名ばかり管理職の労働時間が不当に長くなりがちです。
残業の多い従業員を名ばかり管理職にし、労働時間の規制から外して働かせることで、企業側の長時間労働に対する問題意識が下がります。
また、現場管理を任されている名ばかり管理職は、人手の足りない時間は自らフロントに立つなど、休みなく働かざるを得ない環境に置かれていることもあります。
このように、名ばかり管理職は無給残業や休日出勤を余儀なくされ、長時間労働が発生しやすい状況にあります。
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残業代の未払い
企業が残業代の支給を不当に免れるために、従業員を名ばかり管理職扱いすることがあります。
実際の勤務形態が労働基準法の管理監督者に当てはまらないにもかかわらず、本来支給されるはずの残業代が名ばかり管理職には支給されません。
その結果、職務手当をもらっていたとしても、労働量や職務に見合った給与がもらえていない場合があります。
給与が一般従業員と比べて低い
名ばかり管理職は残業代が支払われない代わりに職務手当が支給されています。しかし、この職務手当が十分に支払われていないケースがあり、場合によっては職務手当そのものが支給されていないこともあるでしょう。
その結果、残業代を支給される一般従業員と比べて給与総額が低くなっている場合があります。労働量や職務に見合った給与が支給されていないため、管理職になることが減給につながってしまいます。
スキル・能力を伸ばしにくい
名ばかり管理職の業務は一般従業員と変わらないことが多く、役職に見合ったスキル・能力を伸ばしにくい傾向にあります。
また、長時間労働による疲弊で、目の前の業務をこなすことに精一杯となり、能動的なスキルアップ意欲も低下します。
その結果、管理職でありながら部下を管理・指導するマネジメント能力を身につけられず、今後のキャリアにも影響が出てきます。
ストレスから体調を崩しやすい
名ばかり管理職は長時間労働によって、身体的疲労が溜まりやすくなります。
また、残業代が出ない、一般従業員と比べて給与が低い、管理職でありながら一般従業員と同じような業務をしているといった状況が続くと精神的疲労も溜まります。
このように、心身ともに疲労やストレスが溜まった状態が続くと体調を崩しやすくなります。
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名ばかり管理職を防ぐための対策法
名ばかり管理職が生まれることにより、スキルアップ・成長の機会を奪ってしまうことになり、貴重な人材を失ってしまうリスクもあります。そのようなリスクを防ぐためにも、名ばかり管理職を防ぐための対策法について解説します。
管理職の待遇を把握する
管理職の待遇が適正であるかどうか確認しましょう。以下の場合は名ばかり管理職となっている可能性があります。
- 管理職の給与総額が一般従業員と比べて低い
- 管理職になったことで以前より支給される給与が減った
- 役職手当が職務に見合わない額しか貰えていない
- 職務手当が実質残業代として支払われている
該当する場合は、管理職の待遇を見直すようにしましょう。
労働時間を確認する
管理職に労働時間や時間管理の裁量権があるかどうか確認しましょう。以下の場合は名ばかり管理職の疑いがあります。
- 出退勤時間が決められていたり、実質決まった時間に出退勤せざるを得ない状況にある
- 労働時間が決められていたり、タイムカードなどで管理されている
- 遅刻や早退をすると賃金が減給されている
- 自身の裁量で労働時間を決められない
該当する場合は、勤怠への裁量が持てるような制度に改善が必要です。
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管理職権限を確認する
管理職に与えられた権限が限定的なものではなく「経営者と一体の立場にある」といえるほどの重要性があるかどうか確認しましょう。以下の場合は現場のリーダーであっても、名ばかり管理職である可能性があります。
- 自身の部署や店舗の意思決定権はあるが、事業の中核を担う経営方針には関与できない
- 経営に関する重要な会議に参加できない
- 採用の決定権がない
- 部下の評価や労務管理に関われない
該当する場合は、管理職の権限を見直す必要があります。
評価制度を確認する
管理職の評価制度が適正であるかどうか確認しましょう。
- 管理職の評価基準が明確ではない
- 評価の過程と、最終評価について納得のいく説明がなされていない
該当する場合は、評価制度を見直す必要があります。
人事管理体制を把握する
名ばかり管理職は、管理職だけではなく企業の社内体制そのものに問題がある場合があります。働き方や賃金、採用、評価体制、教育体制など従業員が不当に扱われている部分がないか確認するようにしましょう。
また、労働基準法の管理監督者に該当する管理職は事業経営上重要な権限や職務を持つため、本来はごくわずかな従業員しかなれません。多くの従業員が管理職扱いを受けている場合は、人事管理体制を見直すべきです。
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名ばかり管理職が取るべき3つの対応策
自分自身が名ばかり管理職であった場合、どのように対応すれば労働環境や待遇を改善できるのでしょうか。
ここでは、名ばかり管理職が取るべき3つの対応策について解説します。
1.企業ときちんと話し合う
自分が名ばかり管理職であると思ったら、まずは企業側と話し合いましょう。経営陣や人事担当者が現場の実態を知らない可能性や、労働基準法上の管理監督者について正しく理解していない可能性があります。
企業側が話し合いに応じるようであれば、できるだけ穏便に解決できます。現状を説明し、今後の対応策を話し合って決めることで、労働環境や待遇の改善が見込めます。
2.外部に相談する
企業が話し合いに応じない場合は、外部に相談しましょう。証拠とともに労働基準監督署に相談すれば、企業に調査や指導が入り、労働環境や待遇の改善が見込めます。
また、相談しない場合でも、企業側に「労働基準監督署に相談します」と伝えるだけで、話し合いに応じるようになることもあるでしょう。
労働基準監督署に相談しても改善しなかった場合や、法的手段に出る場合は弁護士に相談しましょう。企業側とのトラブルの間に弁護士が入ることで、解決に向かって迅速に進められます。
3.退職・転職を検討する
名ばかり管理職問題が起きる企業はブラック企業である可能性が高いかもしれません。話し合いなどで解決に向かうこともありますが、業務の合間を縫って労働環境や待遇の改善のために活動することが難しい場合もあるでしょう。
そのような場合、心身の健康を保つためにも、退職や転職を視野に入れることも大切です。違法な労働環境や待遇を理由に退職した場合、雇用保険上では「会社都合退職」となるため、給付制限を待たずに失業手当を受給できます。
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名ばかり管理職が残業代を請求する4つの方法
もし、自分自身が名ばかり管理職であった場合、未払いの残業代をどのように請求すればいいのでしょうか。
ここでは、名ばかり管理職が残業代を請求する4つの方法について解説します。
1.企業と直接交渉する
今後も在職の意思がある場合、まずは企業と直接話し合うようにしましょう。経営陣や人事担当者が実態を把握していない可能性や、労働基準法上の管理監督者について正しく理解していない可能性があります。
話し合いの際は、自身が労働基準法上の管理監督者には当てはまらないことを説明し、今後は各種割増賃金を支給してもらうように交渉しましょう。
ただし、未払いの残業代は時効により、2020年4月1日以前に発生した賃金は過去2年分、2020年4月1日以降に発生した賃金は過去3年分までしか請求できないので注意が必要です。
企業側が話し合いに応じ、自身もある程度譲歩できるのであれば、穏便に早期解決することもできます。
2.内容証明郵便を用いて請求する
退職後に交渉する場合は、本来支払われるべき残業代を計算し、内容証明郵便を用いて請求しましょう。
内容証明郵便とは、いつ、どんな内容の文書を、誰から誰に送ったのかを郵便局側が証明してくれるサービスのことです。
内容証明郵便は、自分で作成し、送ることもできますが、弁護士に依頼して弁護士名で送ることもできます。トラブルへの発展を危惧する場合は、費用はかかりますが弁護士に相談することもおすすめです。
3.労働基準監督署へ申告を行う
残業代未払いの証拠や違反事実があれば、労働基準監督署に相談し、企業に指導してもらうこともできます。
労働基準監督署とは、企業が労働関連法を守っているか監督し、問題がある場合は指導や調査をおこなう厚生労働省の機関のことです。
残業代未払いの確実な証拠があれば、正確な残業代の計算もしてくれます。また、匿名で申告を依頼でき、費用もかかりません。
労働基準監督署の指導が入れば多くの問題は解決に向かいますが、証拠や違反事実がない場合など相談しても動いてくれないケースもあります。相談先の一つとして利用しましょう。
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4.裁判所を通して訴える
交渉がなかなか進まない場合や、企業側が交渉に応じない場合は、法的手段で解決することになります。請求方法は「労働審判」と「通常訴訟」の2種類あります。
労働審判は原則3回以内の審理で終わらせるため、通常の裁判よりも短い期間での解決が期待できます。審判が確定すれば強制執行できる法的効力もあるため、多くの問題は解決します。
通常訴訟は労働審判中に異議が唱えられ訴訟に移行した場合や、初めから訴訟を選んだ場合におこないます。未払いの残業代に加えて、同額の付加金や遅延損害金も合わせて請求できるため、確実に未払い賃金を取り戻したい場合に有効です。
訴訟に発展すると、法的な専門知識が必要になり、解決まで半年〜1年以上かかる長期戦になるため、弁護士に相談するといいでしょう。
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名ばかり管理職について理解して被害を防ごう
名ばかり管理職は、従業員の心身の健康を害するだけではなく、訴訟に発展すれば企業の大きなイメージダウンにつながります。
経営陣や人事担当者が気づいていないところで名ばかり管理職が生まれているケースもあるので、現場の実情を把握することが大切です。
また、自分自身が名ばかり管理職に該当する場合は、企業との話し合いや、外部機関を頼ることで解決するようにしましょう。
今回ご紹介した名ばかり管理職の判断基準や問題点、解決策を参考に、不当な扱いを受ける従業員が生まれないように労働環境や社内制度を整えましょう。もし、名ばかり管理職が生まれている場合は、すみやかに解決することが大切です。
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